第87話
更に2回の野営を挟み、俺達はとうとう最下層の15階層に到達した。
此処までに何度も戦闘を行なったが、全員無事だ。流石はS級冒険者だ。
流石に多少の疲労の色は見えるが、行動に問題は無さそうだ。
この階層は広大な一部屋のみとなっており、奥に灯りが見えた。誰かが居るのだろうか。
「真っ直ぐあの灯りを目指す。皆、遅れないように」
フィーラウルさんの指示に従い、全員が歩を進める。
灯りに近付くと、其処には用途不明な機械…魔導具?があり、低い稼働音を発していた。そして。
「もう少しだったのによ…。もう嗅ぎ付けたか。ったく、面倒くせぇ」
魔導具に寄りかかっていた男が立ち上がる。上背は普通でやせ型、ぼさぼさの白髪は老人を思わせるが、その顔は青年だった。
「その発言、この迷宮の魔素濃度上昇の犯人、という認識で良いか?」
「ああそうだ。あと数日もありゃ魔物が溢れ出すんだが。此処に張っていて正解だったなぁ。邪魔すんなら排除させて貰うぜ」
戦闘の意思を感じ取り、皆が武器を構える。その瞬間。
一番近くに居たガラールさんが、一瞬で刻まれた。バラバラになった部位が地面に落ちる。
これは他の皆に相手をさせてはいけない。俺はそう判断し、一気に距離を詰める。
「時流遡回帰陣(クロノス・レトロアクティブ)!」
同時にフィーラウルさんが魔法を唱える。
逆再生のようにガラールさんの血液や部位が集まり、元通りの姿になった。
だが魔法を唱え終わると膝を付いた。噂通り魔力消費が凄まじかったのだろう。
「凄ぇ魔術士が居るなぁ。…っと、次の相手は嬢ちゃんか?」
俺の一撃を剣で受け、不敵な笑みを浮かべる。そして受けたままの剣を大きく振り払う。
俺は数メートル後方に飛ばされる。対人では今までに受けた事の無い程の膂力。そしてあの速さ。
「…何者だ?」
俺は思わず問うていた。
「あー、先日までは実験体23号って呼ばれてたな。今は何だっけか…そうそう、実験成功体1号だ。今日限りだが宜しくな」
「実験の成功例か…どんな実験だ?」
「見て判んねぇか?…人体の強化だよ。簡単に言やぁ、人から変異体を生み出す実験だ。そして俺がその成功例って訳だ。上の領域に到達した気分は最高だぜ?失敗して死んだ他の実験体の事なんざ、忘れちまう位になぁ!」
そして襲い掛かる連撃。俺はカタナで受け続ける。
「成程な…。皆、後はユートに任せよ。手出し無用だ」
魔力ポーションで少し回復したのか、フィーラウルさんが皆に告げる。
「ですが、流石に1人では厳しいのではないですか?」
「いや、邪魔になるだけだ。それに奴の言っている事が本当なら、問題無い。上の領域に到達したと言っていたがな、更に上の領域が間近の者に通用するものか」
その言葉を受け、皆が俺達の戦いを見守る。一挙手一投足を見逃さないかのように。
…さて。俺は未だ奴の連撃を受け続けていた。だが奴の表情には、焦りの色が見え始めていた。
「どういう事だよ!?何故俺の剣戟を受け切れる?」
俺はその問いには答えず、冷静に攻撃を受け流す。
変異体は魔素を過剰に取り込んだ魔物の事だ。つまりは人に魔素を過剰摂取させ、同様に変異した者なのだろう。力は増しているが、身体は大きくなっていないようだ。
増したのが力とレベルだけなら、幾ら剣速が増しても技量はそのままだ。
ならば俺が負ける道理は無い。
俺は連撃の合間を縫い、徐々に反撃を加えて行く。
傍目には俺が攻撃を受け続けているだけに見えるだろうが、段々と奴の身体に傷が付き、血が流れ始める。
痛覚が鈍っているのか、奴はそれでも連撃を続けている。
…そろそろ決着を付けよう。
「獄炎螺旋撃陣(ヘル・スパイラル)!」
俺は近距離で魔法を放つ。直後に広がる爆炎。
「ぐふぉっ!」
爆風に吹き飛ばされる奴を追い越し、無防備な首を一閃。胴体から首が離れた。
そして地面に首が転がり落ちた所で、カタナを鞘に納める。
…もう動き出す気配は無い。変異体と言えども、異常な生命力などは保有していないようだ。
俺はフィーラウルさんに駆け寄り、告げた。
「止めを刺しました。…大丈夫ですか?」
「…流石にな。魔力欠乏は久しぶりだ。さて、私は魔導具を調べる。皆は他に何か無いか、周囲を調べてくれ。ユートは休んでおけ」
「判りました、お言葉に甘えさせて頂きます」
俺はそう言い、その場に腰掛ける。
そして暫く経った後、皆が集まって来た。
「魔導具は魔素を龍脈から吸い上げ、この迷宮に撒いていたようだ。停止は出来たが、再起動されては困るのでな、証拠として持ち帰る。…時空魔法で運べるから、安心しろ」
流石にあれだけ重そうな魔導具だ、運ばなくて良いのは助かる。
そして他には、特に何も見付からなかったようだ。奴の私物もあったが、水や食料だけだったようだ。
「良し、魔導具の収納も完了した。今日は此処で野営をし、明日から帰還を始める」
フィーラウルさんの言葉に皆が従い、野営の準備を始める。俺もフィーラウルさんには休んでいて貰い、準備を行なった。
なお奴の死体は既に魔法で焼却済みだ。風魔法で匂いも飛ばしてある。
そうして、最下層での1日が終わりを告げた。
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