第84話
「どうぞ。こちらが新たな冒険者証になります」
応接室にて、フィーリンさんから差し出された冒険者証を受け取る。
「それでだ、近々出す予定の依頼の内容について、説明させて貰おう」
そう言い、フィーラウルさんが説明を始める。
「北部の国境近くに、覇王の迷宮と呼ばれるダンジョンがある。其処の魔素濃度が急激に増していてな、魔物が飽和状態に近付いて来ておる」
「飽和、ですか。依頼は間引きですか?」
「簡単に言えばな。だが覇王の迷宮は、S級パーティでないと踏破が難しいダンジョンだ。なので依頼のランクに制限を設けたのだ。このまま放置して置くと、時を経たずに魔物が外に出て来る恐れがある。あまり時間的余裕が無いのだ」
「そこで、S級の方々は迷宮に入り魔物の間引き、そして魔素濃度の上昇の原因を探って頂きます。また私達とA級の方々で、魔物が外に出て来た際の備えをする予定です」
フィーリンさんが後を継いで説明した。それならばS級のみという話も納得が行く。
だが、俺は気になった事があるので聞いてみた。
「他のS級は皆、パーティで参加するんですよね?俺だけ単独での参加ですか?」
「心配するな。お前は俺と組んで貰う。2人だけだが、他のS級パーティに引けは取らぬ」
そうフィーラウルさんが言う。単独でないのは助かるが。
「実力は間近で見たので、其処は心配していませんが。…統括が突貫するんですか?」
「客観的に見ても、私とお前が最大戦力だ。ならば重要な任務に据えるのは当然だろう?どちらにしろ、魔素濃度上昇の件でも私は役に立つのでな」
「そういう事でしたら、宜しくお願いします」
「うむ。…ああそうだ、当日は初めから竜人体に成っておけよ。そんな生易しいダンジョンでは無いからな」
此処まで念を押されるのだ、相当強い魔物が居るダンジョンのようだ。
「それで、具体的な日程は決まっているんですか?それによって、一度帰るかどうか判断したいんですが」
「数日中に依頼を出し、集まり次第出発となる。S級パーティには連絡用に遠話石を持たせているからな、事前に調整は進めている。問題が無ければ3組のパーティが参加予定だ」
するとフィーラウルさんは、銀の装飾の付いた遠話石を差し出して来た。
「お前の分だ。他の石と区別する為、装飾されている。持っておけ」
「判りました」
俺はそれを受け取り、鞄に入れる。
「そういう訳でな、問題無ければ街に滞在して居てくれ」
「承知しました。それまでの間は、のんびりさせて貰います」
俺はそう言い、席を立った。
ギルドの外に出ると、シアンが馬車と共に待っていた。
「あ、お疲れ様です。昇格は無事済みましたか?」
「ああ。だが近々に依頼が出されるそうだ。俺はこのまま街に滞在するから、悪いけどシアンだけで戻ってくれ。皆への説明も頼む」
「そうですか、判りました。他に何かお伝えする事はありますか?」
「んー、いや、特に無いな」
そう答えると、シアンは微妙な顔をした。
「せめて奥様方には何か無いんですか?余計なお世話かとは思いますが」
「そうだな、依頼は只の間引きだから、心配しないで待っていてくれ、とかか?」
「…まあ良いでしょう、伝えておきます。では私は戻りますので、お気を付けて」
「ああ。後は頼んだぞ」
俺はそう答え、馬車を見送る。
…さて。俺は早速、目的地へと歩き始めた。
暫くして、シェリーさんの家に到着した。
家政婦さんへの依頼は継続しているらしく、家は以前の状態を維持していた。
俺は扉をノックし、呼び掛ける。
「シェリーさん、居ますか?ユートです」
すると間を置かずに扉が開き、シェリーさんが出て来た。
「おお、久しぶりだな。元気だったか?」
「お陰様で。ギルドの依頼の関係で数日滞在するので、挨拶に伺いました」
「依頼…ああ、覇王の迷宮の件か」
「ご存じなんですか?」
「フィーリンからな。ついでにS級への昇格試験の話もあったんだが、面倒なんで断った。…ユートは昇格したって事か?」
「ええ先程」
「そうか、あの後も弛まず鍛えているようで、安心したぞ。…良い時間だな、取り敢えず昼飯を食べに行くか」
そう言ってシェリーさんが歩き出す。俺は後を付いて行った。
そして、かつては毎日来ていた定食屋へ。以前と同じメニューを注文する。
「さて。貴族になったかと思ったら、活躍してあっさり昇爵した所までは知っているが。他に何か変わった事はあったか?」
「あー、実は最近、婚約しまして」
「何だと!?…また年下が結婚して消えて行くか。春は遠いな…」
「…何を黄昏ているんですか」
そう言えば、初対面の時に結婚がどうとか叫んでいたな。鬱屈とした何かが溜まっているのだろうか。
シェリーさんの表情が絶望から元に戻り、尋ねて来た。
「で、相手は誰だ?」
「アンバーさんと、その妹のアルトです」
「…その顔で2人同時とはな。いつか背中を刺されるぞ」
「後ろ暗い事は何もしていないんですが。てか顔が何ですか」
「ああ、姉妹を2人同時に手を出す鬼畜には見えない、と言っている。褒めているぞ」
「それ褒めてないでしょう。何か棘がありますね」
「マスター、酒をくれ!」
飲まなきゃやってられない、という意思表示か。
そうして、昼食は騒がしく過ぎて行った。
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