第81話
今朝早くに、侑人様はデルムの街へと出発されました。今回は普段外に出ていないとの事で、シアンさんを一緒に連れて行きました。
その日の夜、皆お風呂も済ませた時間。私達はアルト様に呼ばれて部屋に集まりました。
女性陣が集まるその場で、アルト様が話し始めました。
「そんな訳で、私と姉様は無事ユートに抱かれたわ」
…何故それを皆に報告しているのでしょう。アンバーさんの話は既に魔王城で聞きましたが。
既にお二人とも侑人様と婚約されているので、そういう行為をされるのもおかしな話では無いのですが。
アルト様の話は続きます。
「ユートは今ギルドの用件で出かけているけど、戻って来た頃には結婚披露パーティの準備を始めるわ。そうしたら、あまり日を置かずにパーティ実施となるでしょう」
そう言うと、私達を見回しました。
「だから、ユートの第3・第4婦人になりたい人が居たら、言って頂戴。今ならパーティにも間に合うわ」
つまり、他にも侑人様と結婚したい人が居れば、言うようにとの事でしょうか。
「以前にも申しましたが、私は興味ありません」
エストルムさんが片手を挙げ、言います。
「私も尊敬はしていますが、恋愛感情はありません」
リューイさんがそれに続きます。
「そもそも、私が混ざっているのが意味不明ですが」
シャルトーさんが申し訳無さそうに言います。
既に婚約している2人を除くと、此処で意思表明をしていないのは2人。私と楓ちゃんです。
先に楓ちゃんが手を挙げます。
「あの、流石に未だ結婚とか考える年齢じゃないと、自分は思うんですが…」
「ユートの居た国は、その辺りが遅いし謙虚よね。悪い事じゃないけど、今居るこの世界の基準で考えた方が良いわ」
アルト様はそう言うと、表情を緩めました。
「でもまあ、もっと時間を掛けて考えたいのなら、それで良いと思うわ。カエデは焦らずにしっかり気持ちを確かめなさい」
そう言うと、私の方を向きます。
「エスト、お願い」
「はい」
するとエストルムさんはテーブルの上に、沢山の手紙を置きました。
「…これは何ですか?」
「モエミ宛の縁談よ」
「…縁談、ですか?」
「中には見合いを飛び越して、直接結婚や養子縁組をお願いして来てる手紙もあるわ」
「何でこんなに、私に…?」
アルト様はふぅ、と一息つくと続けました。
「元聖女と言う肩書は、貴女が思っている以上に凄いものよ。この国で言えば王族ね。その肩書を得られるのなら、大抵の貴族は子を差し出して来るわ」
「でも、私は…」
「そうね。貴方自身としては、王国の一般市民。そういう認識でしょうね。でも周りの見る目は違うわ」
アルト様はそう言うと、手紙ごとテーブルをばん!と叩きました。
「選びなさい。政略結婚か、恋愛結婚か。勿論政略結婚が不幸とまでは言わないわ。でも恋愛結婚がしたいのなら、巻き込まれないようにするべきよ」
「恋愛結婚が…出来るんですか?」
「出来るわ、ユートとならね。それを正式に発表すれば、縁談も無くなる。万々歳じゃない」
アルト様は自信満々に答える。私より年下なのに凄い。隣で同じ表情をしているアンバーさんが気になるけど。
「でも、侑人様自身がどう思われるか…」
「其処は気にしなくて良いわ。私と姉様が何とかする。大事なのは貴女の気持ちよ、モエミ」
そう言われ、私は一生懸命考える。
侑人様は恩人だ。正教国に囚われていた私を助けてくれた。国としては兵を追い払うだけで良かったのに。精霊も取り除いてくれて。
そして私を部下にしてくれた。もし私を受け入れてくれなければ、私は何処かの貴族の養子にでもなっていたのだろうか。
助けてくれた姿、普段の姿、仕事の時の姿、訓練の時の姿。思い起こせば、私は侑人様を目で追っていた。
理由は良く判らないけど、応援してくれる人が居るのだ。自分の気持ちに素直になろう。
「私は…侑人様と、結婚したいです」
「良し。言質は取ったわ。モエミは第3婦人ね。姉様、ユートが戻って来るまでに、作戦を練るわよ」
「…任せて」
本当の気持ちを言った事が理由なのか、とても晴れやかな気持ちです。本当にその通りになるのか不安だけど、信じよう。
「ぶえっくしょい!」
馬車の中で、俺は盛大にくしゃみをしてしまった。
「大丈夫ですか?最近涼しくなってきましたからね、体調には気を付けて下さいよ」
「んー、朝の水浴びが悪かったのか?まあ大丈夫だろ。で、そろそろじゃないか?」
俺がそう言うと、シアンが窓から顔を出す。
「そうですね。デルムの街にも大分近付いて来ました。もうじきですね」
「そうか。ギルドは久しぶりだな。にしても、いきなりS級っておかしくないか?」
「何か事情があるのでしょう。新魔王を倒した第2の勇者で、正教国との戦争を回避した英雄ですからね。ランクが見合っていないとか苦情が来たんじゃないですか?」
「なら良いけど、わざわざ試験を受けろってのが気になるんだよな」
「確かに、特権でランクを無条件で上げた方が話が早いですよね」
「まあ行ってみれば判るか」
俺はそう言い、馬車の窓を流れる景色を眺めていた。
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