第72話
アイリさん達に会いに行くと、部屋は何やら異様な雰囲気に包まれていた。
見ると、珍しくバランタインさんが竜人体になって部屋から出ている。その向かいには、知らない女性が居た。
俺は2人の邪魔をしないように、そっとアイリさんに声を掛けた。
「アイリさん、お邪魔してます…」
「あらユート、いらっしゃい」
「えっと…これ、どういう状況です?」
俺は2人の方を指差し、訪ねる。
「バランの同族が訪ねて来たのよ。で、何か頼み込んでるようなんだけど、バランが断ってる、って所ね」
「同族…竜族ですか」
俺はその女性を見やる。所々が跳ねた水色のショートヘア、何となく民族衣装のような装いをしている。女性にしては背は高く、俺と同じ位だった。
すると、バランタインさんが俺に気付いた。
「おお、ユートではないか。どうした?」
「どうも。所用で魔王城を踏破したんで、ついでに挨拶に寄らせて貰いました」
俺はそう答えたが、女性の目線が痛い。思い切り睨まれている。俺のせいで話を遮られたと思っているようだ。
「で…、そちらの方は?」
俺は話を戻し易いように、その女性について話を振ってみた。
「うむ。彼女は水竜王に従う者だ。名をシャルトーと言う」
「シャルトーだ。今はバランタイン殿と話をしている。邪魔をしないでくれ」
シャルトーと呼ばれた女性はそう返して来た。気が強いのか、それとも焦っているのか。
「それで、どうしても力を貸しては貰えないのか?同族の危機だぞ!?」
「くどいな。我はもう外には出ぬと決めておる。間接的に協力は出来るが、直接手は出さぬ」
具体的な話は判らないが、バランタインさんに手を貸して欲しいようだ。竜族が八大竜王を頼るって、相当な大事では無いだろうか。
「…そうだ、ユートよ。代わりに手を貸して貰えぬか?」
「…え?いやちょっと待って下さい。バランタインさんに頼るような問題なら、俺の手に余りますよ」
「いや大丈夫だ。詳しくはシャルトーから話を聞いてくれ」
バランタインさんはそう言うと、彼の部屋に戻ってしまった。
残された俺とシャルトーさんの目線がぶつかる。
「…力になれるか判りませんが、話を聞かせて貰っても良いですか?」
「…ああ、聞いてくれ」
俺達は居間に集まり、シャルトーさんが話し始めた。
「先日、水竜王様が代替わりしてな。先代様の娘が新たな水竜王様になったんだ」
「…ちなみに先代は?」
「存命だ。だが隠居と称して山奥に引っ込んでしまわれた」
何か状況としてはバランタインさんに似ているな。
「でだ。随分と箱入りで育てられていたのでな、竜族らしからぬ弱さなのだ」
「…弱いって、竜族の基準でって事ですか?」
「…いや、人族なら中堅の冒険者パーティに負ける程度だ」
ちょっと待て。いくら何でも弱いにも程があるぞ。
「自分の知識では、竜族は精霊と同等と聞いていたのですが…」
「皆と同じように狩りをしていれば、幼いうちに精霊と同程度にはなるんだ。だが彼女は…狩りをした事が一度も無い」
「なら別の者を水竜王にすれば良いのでは?」
フィーリンさんがそう問う。だがシャルトーさんはかぶりを振った。
「先代様のご指名でな。しきたりにより覆す事は出来ん」
八方塞がりだな。俺は核心を尋ねた。
「それで、どうして欲しいんですか?」
「彼女を住処から引っ張り出し、鍛えて欲しいんだ。私達が幾ら言っても聞かないのでな、同格以上のバランタイン殿ならと思ったのだが…」
それでバランタインさんにお願いしに来たのか。
「他の八大竜王にお願いするのは?」
俺はそう尋ねる。が。
「所在の判る方には既にお願いし、断られたのだ。後は居場所が判らぬ方のみ」
思ったより危険は無いが、思った以上に面倒な話だな。仮に俺が行って効果があるのだろうか。
「バランタイン殿の推挙だ、何かあるのやも知れない。ユート殿と言ったな。一先ず水竜王様に会って貰えないか?」
藁にも縋る思い、とはこの事だろうか。
まあ、バランタインさんにはお世話になりっぱなしだ。多少は恩を返せるかも知れない。
「判りました。成果は確約出来ませんが、取り敢えず受けさせて頂きます」
「そうか!有難う!」
シャルトーさんは嬉しそうだ。
「ですが、一度村に帰り、仲間に話をさせて下さい。同行願えますか?」
「良し。付いて行くぞ」
そうして俺達は、シャルトーさんを連れて村に戻る事になった。
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