第71話
フィーリンさんの話によると、変異体はそもそも発生自体が極小確率の為、それこそ気にしても仕方無いとの事だった。
その為、治療を終えた俺達は探索を継続する。特にトールとリューイは、今後引き摺らないよう問題無く戦闘出来る事を実証するべきだ。
進みがてら、フィーリンさんが話し掛けて来る。
「それにしても、予想以上の強さでした」
「ええ。びっくりしましたね」
「いえ、変異体もそうですが、私が言っているのは貴方の事です。最大戦力は若干過大評価かと思っておりましたが、事実でしたね」
個人的には、竜人体を充てにして欲しくは無いのだが。だがそのお陰で助かったのも事実だ。やはり使い所で躊躇うべきでは無いな。
「…今の状態でも戦力として数えられる位、頑張りますよ」
俺はそう返し、話を切り上げた。
その後は特に問題無く進む事が出来た。懸念だったトールとリューイの2人も、戦闘では逆に奮起している。余程一撃で倒されたのが悔しかったようだ。これなら大丈夫だろう。
後は九鬼さんの魔力残量が心配だが、本人曰く「未だ大丈夫」との事だった。その言葉を信用し、進行を継続している。
そして15階に到着する。そろそろトールとリューイが苦戦する頃なので、前線の動向に注意する。またフィーリンさんとアンバーさんには継続して阻害魔法を放って貰おう。
暫く進むと、見慣れない白いスライムが増殖していた。毒々しさは無いが、わらわらと群がっているのが気持ち悪い。
「ホワイトスライムですね。粘液が接着剤や固化剤として使われます。核を破壊してから時間を置かずに回収すれば大丈夫です」
フィーリンさんが教えてくれる。成程、用途は広そうだ。だが粘液なので、回収方法がネックか。
「空の水袋があるから、これに回収しよう。トール、リューイ、それに九鬼さん。核を狙って倒してくれ」
俺が指示を出し、3人が動く。メイスでも衝撃が届けば核を破壊可能だ。訓練を兼ねて、3人だけで倒して貰おう。
間も無く最後の1体が倒されたので、俺は急いで粘液を回収する。手触りがねばねばして気持ち悪い。やはりこういう感触は慣れない。
さて。トールとリューイは問題無いが、九鬼さんは身体を動かすのに慣れていないのか、疲労の色が濃い。訓練とは言え、近接職と魔法職とでは求める物が違う。次は戦闘に出さず、休ませる事にしよう。
進行を開始したが、今更ながら左腕が気になる。治癒魔法でも服は元に戻らないので、左だけ袖無しなのだ。仕方無いので上着と鎖帷子を脱ぐ。シャツの左袖も無くなっているが、長袖よりはマシだろう。
左腕を見ると、傷口は全く見当たらない。最上級の治癒魔法の威力を実感する。神経や血管まで綺麗に繋がる仕組みはさっぱりだが。九鬼さんには感謝だな。
という訳で、俺は早速感謝の気持ちを伝える。
「九鬼さん。治癒魔法のお陰で傷口も残ってない。有難う」
「あ、いえ、それが役割なので当然です。むしろ、役に立てて嬉しいです」
九鬼さんはそう答えると、何故か思案顔になった。そして言葉を続ける。
「…あの、私はユート様の部下なんですよね?」
「ん?そうだけど」
「…なら、さん付けは止めませんか?」
確かに、俺の部下は九鬼さんを除いて全員呼び捨てだ。なら、九鬼?何か変だな。
「…じゃあ、萌美、で良いか?」
「は…はい!」
九鬼さ…いや、萌美は何故か嬉しそうだ。本人が喜んでいるなら良いだろう。
ふと視線を感じ振り向くと、アンバーさんがジト目をしていた。何だろう。アンバーさんも呼び捨てにして欲しいのだろうか。
まあ、そうして欲しければ直接言って来るだろう。俺はそう判断した。
その後も階層を順調に進み、野営を挟んで19階まで辿り着いた。
トールとリューイは苦戦しているが、致命傷を負う程度では無い。もしもの時は飛び出せるようにし、基本的には任せている。良い訓練にもなるだろう。
逆に萌美は後方に留まって貰っている。流石に接近戦は荷が重い。治癒に専念して貰う。
フィーリンさんとアンバーさんは安定している。やはり実力差が大きい。アンバーさんは兎も角、フィーリンさんもそれ以上の実力がある。ギルドの副マスターは伊達では無い。
この階層では、俺も数で不利な際には度々前線に立っている。自身の修行にもなるので、集中して戦いを続ける。
流石に深層だけあって、貴重な素材が多い。需要に対し供給量が少ないのだろう。中でも武器に転用出来る素材は需要が大きい。冒険者だけで無く騎士団や兵士も良い装備を求める。
だが流石に武具そのものを村で生産するのは難しいので、虹糸と同様に二次素材としての生産品が狙い目だ。
そうすると、ダークサーペントの鱗やジャイアントマンティスの前足などは、武具にする前段階までの加工でも充分価値がある。ただ小隊長であるトールとリューイでも苦戦するので、一般兵が相手にするのは無謀だが。
しかし、一般兵でも相手取れるようになれば強さは充分。生存率も上がり、精強な兵と呼べるのでは無いだろうか。魔王城を踏破する一般兵…理想だな。
時間は掛かるだろうが、目指すべき所が見えた気がする。一般兵を使い捨てにするつもりは無い。仮に戦争に駆り出されても、全員生き残るのが理想だ。今の規模なら何とか育成可能だろう。
人の命が掛かっているので不謹慎だが、何となく育成シミュレーションを想起する。
などと考えている間に19階も踏破し、20階に到着した。
最奥に着いたらアイリさんの居る21階に降り、転送陣で脱出する。
なので最奥を目指し進むが、流石に全員疲れて来ている。特にトールとリューイはレベルを考えれば健闘しているだろう。
なので此処では、俺が基本的に前線に立つ。
出て来る魔物を、フィーリンさんのアドバイスを聞きながら倒して行く。相手が複数でも問題無い。バランタインさんの訓練と変わり無いのだ。
この辺りは大型の魔物が多く、当然ながら素材も嵩張る。貴重であるのは確かなのだが、そろそろ運べる量にも限界がある。
「素材目当ての場合では、運搬専門の人を雇う場合もあります。魔物から守る必要はありますが、効率的ですよ」
フィーリンさんがそう話す。低ランク冒険者の稼ぎ口としては一般的らしい。また上位ランクの者の戦いぶりを見る事で、良い刺激にもなるそうだ。
ただ事故も無視出来ない程度には多く、最悪の場合は逃走の際の囮にされるらしい。良い話ばかりでは無いのだ。
俺には兵が居るので、運び屋を雇う必要は無いだろう。
そうして、暫くして無事最奥に到着した。
俺はスタウトさんから預かっていた宝玉を用い、下層への階段を出現させる。
折角此処まで来たので、脱出する前にアイリさん達に挨拶だけでもして行こう。
俺はそう考え、21階への階段を降りた。
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