第65話
俺は、都へと戻って行く正教国の大軍を眺めていた。九鬼さんは俺の隣で横になっている。
そうしていると、森の方から兵が数十人出て来た。ゲリラ戦を仕掛けていたライドウ領主の兵だろう。
俺はその中に領主の姿を見付け、声を掛けた。
「ライドウ領主、ご無事で何よりです」
「…兵が引き揚げて行くようだが、何事かね?」
「詳細は後でお話しますが、教主との交渉の結果です。表向きは聖女の命の危機とされています」
此処で色々と経緯を話して、引き揚げ中の兵に聞かれるのも面倒だ。
すると領主が口を開いた。
「君は私の事を知っているようだったか、何処かで会ったかな?」
「あー、こんな見た目ですが、先日謁見させて頂きましたユート子爵です」
王国に戻れば色々と説明が必要なので、俺は正直に話した。
「俄かには信じられんが…まあ納得しよう。それで、隣で寝ているのは?」
「聖女です。私が引き取りました」
俺がそう答えると、領主は驚愕の表情を浮かべる。
「…もしや、1人で正教都を攻めたのですか?」
「はい。教主との謁見後に潜伏し、出陣後を狙いまして」
「…そうか。実は私は、此度の遅延策で果てるつもりであった。多勢に無勢だからな。だが子爵のお陰で助かったようだ。…有難う」
領主はそう言い、頭を下げた。他の兵達も頭を下げている。
ふと気が付くと、正教国軍は既に引き揚げたようだった。
「頭を上げて下さい。それよりも、これからどうなさるのですか?」
ゲリラ戦に徹していたので、領主だと言う事はバレていない筈だ。亡命せずとも身の安全は図られるのでは。
「…既に正教国から心は離れました。予定通り亡命をさせて頂きます」
「判りました。では行きましょうか」
俺はそう言い、九鬼さんを抱き上げる。全力で走れば夜明け前に国境に着くが、領主達を置いて行くよりは、一緒に行った方が良いだろう。
念のため宿場は避け、街道から離れた所で野営をし、街道を進んだ。
そうして数日、昼頃には漸く国境に到着した。だが。
「…どうやって抜けましょうか?」
此処までは考えていなかった。無理矢理抜けると、問題になるだろうか。
そんな事を考えていると、王国側の砦から数人、人が近付いて来た。
アルトにアンバーさん、俺の部下達。それに第1騎士団長のメイヤさん。
そして一番後ろには、この場に似つかわしくない人が居た。
「…国王様」
バリアス=フォン=アーシュタル国王、その人だった。
俺の呟きが聞こえたのか、領主達が膝を付く。それを見て、俺も急いで膝を付いた。
「危急の場である。面を上げよ」
国王の言葉に従い、俺達は顔を上げる。
「正教国の兵が間近に迫っていたが、突如引き揚げて行った。理由を述べよ」
「…端的に言えば、私が教主を脅し、兵を引き揚げさせました」
俺は正直に答えた。だが、かなり意味不明だろう。
「…そうか。詳細は後で聞かせて貰う。…そちらの者は?」
視線を向けられ、領主が答える。
「はっ。元ザイアン領主、ヨーク=ライドウと申します。部下共々、貴国への亡命を希望致します」
「報告にあった者か。遅延策、ご苦労であった。我が国は其方を受け入れよう。処遇は追って沙汰する」
「感謝致します」
領主は深く頭を下げた。残るは…。
「それで、そちらの女性は?」
国王の視線は、俺の抱える女性に向いていた。九鬼さんは未だ目を覚ましていなかった。
「彼女は正教国の聖女です。精霊と融合され道具のように使われていたので、教主に精霊を分離させ引き取りました」
「何と…!大義であった、ユート子爵よ」
国王は俺のこの姿を知っているようだ。ケビンさん辺りから聞いていたのだろうか。
「ですが分離時の衝撃で、未だ目を覚ましておりません。急ぎ治療をお願いします」
「判った。こちらに連れて参れ」
こうして国境を越え、何とか王国に戻る事が出来た。
その後、治療の甲斐があり九鬼さんは目を覚ました。
今後について本人の意思を尊重した所、俺との同行を願い出たので、正式に俺の部下として引き取る事になった。
またライドウ元領主は、伯爵位で王国に召し抱えられる事になった。
そして正教国だが、公式に聖女の逝去が告知された。理由は急病となっている。葬儀は大規模な国葬になるとの事だ。
これで暫くは正教国も軍事行動を起こさないだろう、という見解で王国は一致した。警戒は必要だが、危機的状況は脱したと言える。
だが俺には、別の危機が間近にまで近付いていた。
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