第64話
九鬼さんは、辛うじて口を開いた。
「…死にたくは、ないです。…でも、今私は生きているんでしょうか?精霊に苦しんで、教主の言いなりで…」
他人である俺が怒りを覚える程の絶望だ、本人には苦しみ以外の何物でも無いのだろう。
そこで俺は1つ、気になっていた事を尋ねる。
「精霊を融合させられるのなら、分離もさせられると思うんだが…。その辺りはどうなんだ?」
「…教主には一度聞いてみましたが、答えてくれませんでした。精霊を操るには、この杖が必要です。でも私は、敵を認識させる以外の使い方を知りません」
「…なら話は早い。一緒に聞きに行こう」
「…え?」
そう。手がかりが教主だけなら、その教主に聞けば良い。隊列の一番後ろに居たから、何とか追い着けるだろう。
「という訳でだ。今から教主を追い掛ける。九鬼さん、身体能力に自信は?」
「え?…何かレベルは上げさせられましたけど、身体能力に自信は無いです…」
「んー、じゃあ仕方無い。我慢してくれ」
俺はそう言うと、九鬼さんを抱き抱える。その瞬間、負った傷に痛みが走る。
「っ痛う…」
「あ、あの、じっとしていて下さい…」
九鬼さんはそう言うと、俺に手を翳す。
「上位回復陣(ハイ・ヒール)」
放たれた魔法により、俺の傷がどんどん塞がって行く。痛みも消えて行った。
「こ、これで大丈夫な筈です…」
「有難う。良し、じゃあ行くよ」
俺はそう言い、窓を開ける。教主に追い着くのが先決だ。他の事に構ってはいられない。
今の身体能力なら行ける筈だ。俺は思い切り窓枠を蹴り、向かいの建物の屋根に飛び乗る。
「うひゃああああああ!!」
物凄い悲鳴が聞こえるが、後回しだ。そしてそのまま屋根伝いに、都の出口を目指した。
都を出て街道を走る。時間からすると、今日の進軍は終えて野営をしている頃だろう。そうすると、逆に進軍時よりも護衛が多く、囲まれ易そうだ。
仕方が無いので、野営の位置を確認したら少し離れ、こちらも休む方針に切り替える事にした。
暫く歩を進めると、街道を少し外れた所で、空が赤く照らされているのが見える。恐らくあそこが野営地だろう。
「良し、じゃあ明日の進軍開始まで待つから、寝心地は悪いだろうけど休んでくれ」
俺がそう言うと、九鬼さんは疲れていたのか直ぐに横になった。
…さて、俺は念の為野営地を確認して来よう。
野営地に近付くと、多くの兵の姿が見える。その中に、一際大きいテントが視界に入った。あそこが教主の居場所か。
俺は他の場所を見回し、食料の置き場を見付ける。
気配感知で周囲を探り、食料置き場から幾つか食料を拝借し、元の場所に戻った。
そして翌朝。少し体が痛いが睡眠は取れた。
俺は起きて来た九鬼さんに、昨日拝借したパンと干し肉を渡す。朝食だ。
「あ…、有難う御座います」
俺も同じ物を食べ、野営地の様子を見る。そろそろ進軍を再開するようだ。
見る限り、ライドウ領主は未だ手を出していないようだ。ならばタイミングを合わせるか。そうすれば教主の護衛も更に手薄になるだろう。
進軍速度は徒歩と変わらないので、此処からは九鬼さんにも自分で歩いて貰う。一定の距離を空け、進軍の後を付いて行く。
そうして昼が近付いた頃、急に前方が騒がしくなった。どうやら街道脇の森から狙撃を受けているようだ。狙いは…教主か。
これが恐らくライドウ領主の策だろう。教主を狙ったゲリラ戦。無視して進まれたら策の意味が無いが、どうやら敵は少数と見て、撃退してから進軍する腹積もりのようだ。
どうやら頃合いだ。
「九鬼さん、行くよ」
「は…はい」
俺達は歩いて軍に近付く。自国領内だからなのか、後方を警戒している様子は無い。…どの道、不意打ちをするつもりは無かったので関係無いが。
そして充分に軍が見渡せる距離まで近付いた。兵は皆森の方を向いている。
教主は…居た。櫓の上で、盾持ちの兵に森側を守らせている。
「おーい、教主様ー」
俺は教主に声を掛ける。すると俺の声に気付き、教主がこちらを向く。
「何者じゃ、今それどころでは…聖女様?何故此処に!?」
そう言うと兵を連れ、こちらに近付いて来る。
「む…?その気配、そうか。それが本当の姿か。しかし聖女様を連れ出すとはのう、戯れが過ぎようぞ」
「単刀直入に言う。彼女から精霊を引き剥がす方法を教えろ。でなければ我が守護する者達の敵と見なし、手加減はしない」
「ほう…?どうすると言うのじゃ?」
…嫌な話だが、見せしめが必要か。俺は森に入ろうとしている兵の方を向いた。
「獄炎螺旋撃陣(ヘル・スパイラル)!」
俺の口元に巨大な魔方陣が描かれ、火属性の最上級魔法が発動する。
螺旋を描く青白い炎は、森の近くに居た兵達を悉く薙ぎ倒して行く。そして弧を描いて隊列の前方に着弾し、大爆発を起こす。
「その魔法…竜族か!?しかもこの威力…精霊共を倒して此処に来たか…」
教主が驚愕の表情を浮かべる。効果は充分だったようだ。
俺はカタナの切っ先を教主に向け、告げる。
「もう一度言う。彼女から精霊を引き剥がす方法を教えろ。断るのなら、今此処で開戦だ」
今の魔法の威力を見れば、周囲の兵では防げないのが判る。そうなれば、次に狙われるのは自分だと教主も気付くだろう。
「…教えれば、引くのか?」
「実際に精霊が引き剥がせれば、国に戻るつもりだ。そちらも兵を引かせるのが条件だが」
「…判ったわい。聖女様、こちらに」
教主が手招きする。九鬼さんは警戒しているようだが、俺はその背中を押し、促す。
おずおずと九鬼さんが教主に近付くと、教主は杖を持ち、呪文を唱える。
そして先端の光り始めた杖を九鬼さんに翳すと、何かがブレて九鬼さんの身体から抜けて来る。
俺はすかさずカタナを振り、出て来た風の精霊を両断する。また悪用されては堪らない。
「一撃とはのう…相手が悪かったようじゃな」
教主がそう言うと、九鬼さんが意識を失い、倒れる。
「精霊を分離した衝撃で、気を失っているだけじゃ。じきに起きるじゃろうて」
教主はそう言うと、兵に向かい声を張り上げた。
「皆の者!!聖女様に命の危機が迫っておる!急ぎ都へ戻るぞ!!」
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