第63話

 俺は久しぶりに竜人体になり、念のためと持って来ておいた服に着替えた。元々着ていた服は、シアンが探して来た者に着せ、影武者に仕立てる。

 これで親善大使の者は全員が国に戻ったと思うだろう。後の事は皆に任せ、俺は宿を裏口から出た。

 このまま安い宿を取り、この正教都に潜伏するのだ。


 それから6日後、正教都で軍事パレードが行われた。

 整然と歩を重ねる大軍。その最後尾には、教主と聖女が櫓に乗り、手を振っていた。沿道に並ぶ住民からの歓声が響く。

 そして翌日、出陣の触れが出された。目的は『アーシュタル王国との国境近くに現れた、強大な悪魔を討伐する』事とされていた。戦の後にでも、王国側が邪魔をして来て戦闘になった、とか言い訳をする気だろうか。

 正教国の兵が進軍して行く。一般兵、傭兵、修道兵、荷駄隊、そして最後尾に教主が備える。全軍が都を出るまでかなりの時間が掛かった。

 この大軍に、ライドウ領主はどのように遅延策を行なうつもりなのか。ゲリラ的に荷駄隊か教主を狙うしか無さそうだが。タイミングは自領を抜ける時か。

 だが、そちらを気に掛けている場合では無い。俺は夜を待ってから、足を本殿に向けた。


 本殿前は少数の兵が常駐しているようだった。こちらは1人だ。可能な限り騒ぎは起こしたくない。希望的観測ながら、裏口に回ってみる。

 裏口は更に兵が少数だ。2人が常駐している。

 撃退後に交代要員が来ると直ぐにバレるので、次の交代まで路地裏で待つ。

 そうして暫く後、交代要員が来て兵が入れ替わる。これで当分は次の交代要員は来ないだろう。

 俺はそっと死角から近付き、1人目の首をカタナで落とす。2人目に気付かれる前に首を突き、絶命させる。

 嫌な事をしている気分になるが、これは戦争だと割り切る。どの道、上手く気絶させる技術なんて持っていない。

 この本殿の兵を全滅させるつもりでいたが、進軍を見て考えを変えた。

 恐らく、聖女は出陣せずこの本殿に残っている。可能なら聖女を確保、無理なら止む無く討つ。境遇に同情しておいて非情だが、俺にも優先順位がある。

 本殿に入る。中は驚くくらい静かだ。恐らく応接室のあった区画の何処かに、聖女は居るのだろう。記憶を頼りに進んで行く。

 そして区画に着く。気配探知で人の気配を探る。…数名が居るので、その中で圧倒的な気配に向けて進む。

 辿り着いたのは、椅子の無い礼拝堂だった。奥には見慣れた女神像が鎮座している。そしてその前に、彼女が居た。

 豪奢な白い修道服を身に纏い、大きな宝石が付いた杖を持っている。そして彼女の両側に漂う存在。身体の半分透けている『それ』は、人の形をしている炎と水だった。…これが精霊か。

「教主様の言う通り、やって来ましたか…見知らぬ人よ」

 姿が変わっているから、俺だとは判らないのだろう。

「恨みはありませんが、討たせて頂きます」

 そう言い、彼女が俺に杖を向ける。すると両側の精霊が俺に向かって来た。

 精霊は初見だ。どういう戦い方をするのだろうか。

 そんな事を考えていると、聞き取れない叫び声が同時に響いた。

「***********!!」「###########!!」

 そして炎の精霊からは炎の礫が、水の精霊からは氷の槍が降り注ぐ。

 見た限りでは初級~中級程度の魔法に見えるが、実際の威力が判らない。俺は回避に専念する。炎の礫は避け、氷の槍はカタナで弾く。

 しかし密室で炎を使わせるとは。と火事の心配をしたが、延焼する気配は無い。戦うつもりで選んだ場所だと言う事か。

 炎の方はカタナで弾けないので、先に炎の精霊を狙う。新魔王クアール以来、2度目の本気を出す。

 瞬時に間合いを詰め、カタナを一閃。その瞬間に俺と精霊との間に、大きな炎の塊が生まれる。

 俺はカタナを止め、後ろに間合いを取る。その直後、引き起こる大爆発。

 自爆技に見えるが、精霊は無傷のようだ。自分の属性には絶対的な抵抗力があるようだ。

 ふと右耳を過る風切り音。俺は急ぎ伏せる。その頭上を水の刃が通り過ぎ、部屋の壁を抉る。

 魔力に余裕があるとは言え、今の状況はじり貧だ。多少の被弾は覚悟して、1体減らす事に集中するしか無いか。

 俺はカタナを構え、息を整える。狙いはそのまま炎の精霊だ。

 またも瞬時に間合いを詰める。炎の精霊は同様に炎の塊を生む。

「業火爆砕陣(インフェルノ・バースト)!」

 炎には炎。ダメージは入らないだろうが、炎の塊を打ち消す。そして水の精霊と射線の重なる位置に回り込む。これで水の精霊からの横槍は入り難い筈だ。

 カタナを一閃。それと同時に炎の精霊も手を伸ばし突いて来る。

 身を屈めながらの俺の一撃は、炎の精霊を両断していた。だが俺も左肩を突かれ、服が破れ血が噴き出る。

 激痛に襲われるが、気を抜いている場合では無い。俺は直ぐに水の精霊に向き合う。丁度、また氷の槍を生み出していた。

 回避の動きが痛みで鈍る。なのでカタナで弾く事に傾注する。暫くすれば身体強化の魔力量で自己治癒するだろうが、そんな事を言っている場合では無い。

 既に闘いの音は外に響いているだろう。残りの兵が此処に押し寄せる可能性がある。長引かせるのは得策では無い。

 炎の精霊と同じなら、接近時に範囲攻撃をして来るだろう。ならば先手を取る。

「もう一度、業火爆砕陣(インフェルノ・バースト)!」

 魔法を放ってから、一気に間合いを詰める。予想通り、防御の為に広範囲魔法が準備出来ていない。

 カタナを一突き、頭部を狙う。精霊の頭が水風船のように弾ける。

 だが胴体から氷の槍が飛び出す。迎撃が間に合わない。

「はあっ!!」

 カタナを横に一閃、槍を数本迎撃しながら胴体を切り裂く。落とせなかった槍が右の脇腹に突き刺さる。

 俺は氷の槍を引き抜き、一息つく。血だらけの満身創痍だが、急所は避ける事が出来た。

 俺は彼女に向き直る。

「精霊を…2体、倒せるなんて…。何者ですか…?」

 彼女は怯えていた。次は自分だと思っているのだろうか。俺はお構いなしに歩を進め、彼女に近付く。

 距離を詰める毎に、彼女の怯えの表情が色濃くなる。ここまで来て何もしないという事は、攻撃手段を持っていないのか。属性の適正が無くとも、融合している精霊の力は使えると思っていたのだが。

 彼女の目の前まで辿り着き、俺は口を開いた。

「見た目が変わってて判らないだろうが、俺は紬原 侑人だ。…九鬼さん、1つ答えてくれ」

 俺は一拍置き、続けた。


「君は死にたいか?それとも生きたいか?」

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