第62話

 俺は今、豪奢な応接室に1人座っていた。

 あの後、ある神官に呼び止められた俺は、案内されるがままに此処まで来ていた。皆は本殿の入口近くで待って貰っている。

 暫し待つと扉が開き、謁見の間で見たのと同じ2人、教主と聖女がやって来た。そして俺の向かいに座る。

 わざわざ俺1人を呼び止めて直接会うとは、どういう意図があるのだろうか。

 早速とばかりに、教主が口を開く。

「手間を掛けさせて悪いのう。大使殿とは是非、直接話がしたくてな。こうして呼び付けさせて貰ったのじゃ」

 白髪の老人は、その予想される年齢に反して、非常に元気そうに見えた。恐らく80歳は超えているだろう。だが眼光は強く輝き、心身の堅強さが感じられた。

 片や聖女は、その若さの割に生気が感じられない。眼は死に、ただ下の方を見つめている。ケビンさんの言っていた洗脳という言葉が頭を過る。

「アーシュタル国王も、面白い事をするの。実績よりも実力か。裏が透けて見えるが、今更じゃろうて」

 教主はそう言い、口角を上げる。この物言いからすると、こちらの意図を理解した上で受け入れたという事か。

「…暫し席を外すでな。聖女様とお話でもしていて下され」

 教主はそう言うと、部屋から出て行った。

 …この状態の聖女と会話が出来るのだろうか?まあ良い。もし可能なら何かしら情報を得られるかも知れない。

「…俺の事を、覚えているか?」

 俺はそう尋ねる。すると聖女の眉が一瞬動く。聞こえてはいるようだ。

「俺は紬原 侑人。12番目に転移した。君は…5番目だったか?」

「…はい。九鬼 萌美(くき もえみ)です。…聖女を、やってます」

 掻き消えそうな声。どう見ても、自ら望んで今の立場に居るとは思えない。正直、助ける事も出来ないが。聖女を攫ったら、それこそ戦争の大義名分になる。

 俺が更に何か尋ねようとした時、背後から教主の声が聞こえた。

「…転移者か。やはりのう」

 教主はそう言うと元の席に戻り、言葉を続ける。

「早く吐いてくれて助かったぞ。廊下で待つのも辛い齢なのでな」

 そして低く響く、くぐもった笑い声。

「…謁見した時に、隔絶した存在感は感じ取れたのでな。何やら隠蔽しておるようだがの」

 俺の中にある、竜玉の事を言っているのか。それで警戒し、転移者であるかを探った訳か。

「…良く判りましたね。この状態では魔力量以外は普通の筈なのですが」

 色々と情報を聞き出す為、俺は敢えて事実を話す。

「そりゃあの。同等の存在と接している時間が、雲泥の差じゃて」

「同等…竜種、それか精霊ですか」

「察しが良いの。…そう、精霊じゃ。我が国は女神様の元に在り、精霊と共に有るのじゃ。その結晶こそが、この聖女様じゃよ」

 気のせいでは無かったのだ。新魔王クアールと対峙した時にも感じた、あの存在感。彼女から感じる『それ』を。

「例え転移者でも、恩寵だけでは弱い。それはお主も感じておろう。だからこそ、聖女様は精霊と融合したのじゃ」

 …確かに。ケビンさんは隠密としては優秀だが、戦えば俺が勝つ。楓は言わずもがなだ。転移直後に死んだ者も居る。恩寵だけでは他を圧倒出来ない。

「…そんな事をして、彼女は大丈夫なのか?」

 俺はそう問う。精霊との融合が可能なら、転移者、それも聖女に拘る必要は無いのではないか。

「…普通の人間なら、魔力が暴走して身体が吹き飛ぶじゃろうて。だが聖女様は違うのじゃ。壊れそうになる度に、自分で癒せるからの」

 教主はそう言うと、にたりと笑い、聖女は更に目の色を無くす。

「…痛みは?」

「痛みが無ければ、壊れている事に気付かんじゃろ」

 ならば彼女は、度々訪れる崩壊の痛みに耐え、自らを癒し続けているのか。

 彼女との関わりは薄いが、思わず怒りがこみ上げて来る。だが怒りに任せる状況で無い事は理解している。俺はぐっと堪えた。

「そういう訳でな。聖女様の偉大さを感じてくれたかの?自己犠牲と癒しを司る、正に歴代最強の聖女様じゃ」

 教主はさも誇らしげに呟く。そして席を立ち、俺の肩に手を置くと、一言吐き捨てた。

「じゃからの、諦めて我が国に屈するが良い」

 そうして聖女も席を立ち、応接室には俺だけが残された。思わず調度品を壊したい衝動に駆られる。だが大きく息を吐き、その気持ちを拭い去る。

「…皆の所に戻ろう」

 そう呟き、俺は席を立った。


 皆と合流し、一先ず宿に向かう事にした。本殿内での情報収集も考えたが、今の俺では全員を明確な敵として見てしまいそうだ。そのような心理状態では、まともに情報収集は出来ないと判断したのだ。

 宿に行くと、ケビンさんが待っていた。情報収集より先に、俺達の方の結果を聞きに来たのだろう。

 俺達は部屋に集まり、情報を共有する事にした。

「…という訳で、一言だが教主からは明確な害意が向けられた。王国に攻めるのは間違い無さそうだ」

 俺は端的に、教主との話をした。聖女の件も一緒に話しておいた。

 ケビンさんが呟く。

「…最早、情報収集をしている場合では無さそうですね。直ぐに国に戻り、戦の準備を行なうべきです」

 確かに、これ以上は兵の全容等の調査になるだろうが、今となっては調べれば対応できる物でも無い。それよりも早く準備し、国境沿いに進軍させる必要がある。

 そこで俺は、1つの策を考えていた。実行するならこのタイミングしか無い。

「…シアン、急ぎ1人雇ってくれ。俺と似た体形・風貌が理想だ」

「…何をお考えです?」

 シアンがそう返す。まあ当然だろう。

「策がある。実行するなら今しか無い。上手く行けば、正教国の進軍を止める事も可能だ…と思う」

「どのような策ですか?賛同するか否かは、その内容によります」

 ケビンさんがそう聞いて来る。

 俺は口を開き、答えた。


「俺はこの正教都に残る。戦争が始まったら、別動隊として本殿を攻める」

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