第61話
宿を出た俺達は、馬車に乗り正教都へと向かう。
街を出て少し経った頃。ケビンさんが話し掛けて来た。
「実は昨夜、領主の手の者から接触があり、この手紙を置いて行きました。私は先に内容を確認させて頂きました。どうぞ」
そう言い、俺に手紙を渡して来る。このタイミングで話を出したのは、周囲を警戒しての事か。
俺は早速、受け取った手紙を開いてみた。
アーシュタル王国親善大使 ユート=ツムギハラ子爵殿へ
出発を早める可能性を考慮し、夜中に失礼かとは思いましたが、この手紙を出させて頂きます。
既に感づいておられるかと思いますが、我が国は現在、戦争の準備の真っ最中です。
子爵殿との会話にて、アーシュタル王国が我が国を警戒している事、そして可能なら戦争を避けたい事を感じ取りました。
私の発言があまりに露骨だったかと思われますが、常に私の周囲には教主の手の者が探りを入れており、迂闊な発言が出来ない状況です。なので教主の指示通り、戦力を探る事に終始させて頂きました。
今の我が国は、攻める方向を探っています。可能な限り手薄な国を攻め、初戦で圧倒的勝利を収める。そしてその成果は聖女、ひいては女神による物だと宣伝する。そうして領地と布教の拡大に正当性を持たせる狙いがあります。
私は言わば厭戦派です。そして宗教を他に押し付けるような行為にも、嫌悪感を抱いております。
私の先祖であり初代ライドウ家当主は、異世界からの転生者でした。そして初代の持っていた宗教観や国の在り方について、代々受け継がれて来ました。その教えが、今の正教国は間違っていると断じています。
もしアーシュタル王国との戦争となった場合、私は正教国の軍に対し遅延策を仕掛けます。その間に王国軍には進軍頂き、更には1軍を正教都に差し向けて下さい。防衛の軍は残っていない筈です。
正教国軍を留めている間に正教都を落とせば、兵を引かせる筈です。そうすれば圧倒的勝利も得られず、暫くは大人しくなる筈です。
停戦後、私は王国への亡命を希望致します。既に家族は王国内に逃がしてあります。処遇はお任せします。
なお、この手紙を読み終わりましたら、是非燃やして下さい。正教都で発見される訳には行きませんので。宜しくお願いします。
「…ケビンさんは、どう思いましたか?」
俺は頭の中を整理する意味も込め、ケビンさんに尋ねる。
「この手紙の内容が真実なら、現状や領主の発言など一通り筋が通ります。この手紙自体が策である可能性も考えましたが、リスクや影響に対し得られる成果が明らかに乏しいです。以上から、私は内容を信じる事としました」
確かにこの内容は、今までに得た情報を補填している。裏付けが取れた形だ。もしもこれが策で、その成果が読み切れていないのだとしたら、最早策士として圧倒的だ。
ならばこの手紙の内容を信じるしか、戦争に勝つ道は無さそうだ。
「…そうですね、私も信じます。と言うか、信じるしか無さそうです」
俺は正直に、そう答える。
「王国の当面の動きは変わらないから、追加の連絡は不要かな?」
「そうですね。次の連絡は、教主との謁見の後で良いでしょう。その際にお伝えしておきます」
「宜しく頼みます。…それにしても、別動隊は俺達になりそうだな」
「そうなんですか?」
リューイが疑問を返して来る。
「実際にこの地に出向いてて、これから正教都も実際に見るからな。領も国境沿いだから先んじて行動開始出来る。俺達が正教都を目指すのがベストだ。…って、まさか王様、此処まで読んで俺を親善大使にした訳じゃないですよね?」
「可能性の1つとしては考慮されているかも知れませんが…。流石に穿ち過ぎでは?」
ケビンさんにそう言われ、一先ず納得する。疑っていたらきりが無さそうだ。
「良し。じゃあアンバーさん、お願いします」
俺は手紙をアンバーさんに手渡す。
「…了解」
アンバーさんは馬車から身を乗り出す。
「火炎球(フレア・ボール)」
手に持った手紙が炎の玉に包まれ、燃え尽きた。
夕方には宿場に到着し1泊。そして翌日の午前中には正教都に到着した。
大きな塀が街を囲う。その大きさは王都よりも大きそうだ。
衛兵の指示により、一直線に本殿に向かう。門から真っ直ぐ伸びる道の先、大きな建造物が見える。
近付くにつれ、それが教会である事が判った。ザイアンの街で見た物とも比べ物にならない大きさだ。…この都は、本殿を中心に広がっている。全ての中心がこの本殿なのだろう。
馬車は本殿前に止まり、俺達は馬車を降りる。今回は相手が教主という事もあり、全員が礼服に着替えている。
修道服を着た人に案内されて中に入る。其処には荘厳な世界が広がっていた。
何となく、転移前のあの空間を思い起こす。そして目の前には、今までで一番大きな女神像。
宗教が全ての中心となると、こうなるのか。
そのまま真っ直ぐ、大きな扉の前まで案内される。
そして扉が大きく開かれた。
両側に立ち並ぶ人は皆修道着で、見事に白一色だ。そして階級順だとすれば、階級が上になる程に金色の刺繍が増えるようだ。
暫く歩みを進め、兵が並ぶ手前で止まる。正面には老人と若い女性が座っている。
俺達は膝を付き、顔を伏せる。そして俺は口を開いた。
「此度はアーシュタル王国の親善大使を務めさせて頂いております、ユート=ツムギハラ子爵です。教主様のご尊顔を拝謁し、畏敬の念に堪えません。此処に、我が国よりの親書と寄進料をお納めさせて頂きます」
そう言い、俺はシアンから受け取った箱を前に置く。
兵が箱を受け取り、教主の前まで持って行く。教主は書簡を開き、内容を確認する。
「…うむ。アーシュタル国王の思い、しかと受け取った。喜んでおったと国王には伝えてくれ」
「畏まりました。必ずや」
俺がそう返すと、教主と少女は立ち上がり、奥へ引き上げて行った。
俺達も立ち上がり一礼、扉へと戻る。これで一先ず表向きの役目は終了だ。
…それにしても。あの少女が転移者…聖女なのだろう。何となくだが見覚えがある。だが明らかに目に光が無かった。まるで人形のようだった。
ケビンさんは既に馬車を預け、情報収集に動いているだろう。俺も許される範囲でこの本殿を回り、情報を集めよう。そう考えた時。
「失礼、大使殿」
何者かが、俺に話し掛けて来た。
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