第58話
その日、村には来客があった。王家隠密のケビンさんだ。俺達は早速、執務室でケビンさんからの話を聞く事にする。
この場には俺とアルト、エストさんにシアンが居る。
早速とばかりに、ケビンさんが口を開く。
「王家より、ユート子爵様に指名依頼を出させて頂きます。…正教国の調査です」
確かに此処は正教国に接しているが、他国の調査とは具体的にはどういう内容なのだろうか。俺はケビンさんに聞いてみる。
「調査とはまた、漠然としていますね。詳細を教えて貰えますか?」
「はい。王家としては、表向きは親善大使としてユート子爵様に正教国へ赴いて頂きます。そして実際の目的は、正教国が聖女を得た事で侵略行為を行なう可能性があるかどうかの調査になります」
「侵略行為、ですか?」
「はい。過去に幾度か、正教国は他国を侵略しています。その際、必ず聖女を得てから行動を起こしています。我が国が別の国との緊張度も高まっている現在、これは大きな不安要素です」
ケビンさんは深刻そうな表情を浮かべる。確かに過去に実績がある以上、現在の状況は不穏だろう。
「調査にあたり、親善大使を務められる身分と、自分の身を自分で守れる実力の両方が必要だと考えました。そして候補に挙がったのが、ユート子爵様とスタウト子爵様の2人でした」
スタウトさん達は既に村を発ち、依頼遂行の為に旅をしている最中だ。なので必然的に俺に依頼が来た、という事なのだろう。
「それで、具体的には何をすれば?」
「まずは正教国に正式に赴き、親善大使としての職務を全うして頂きます。その間に私は正教国に潜伏し、調査を開始します。その後、ユート子爵様には正教国の重鎮との交流を進めて頂き、表からの調査をお願いします」
「成程。内容は判りましたが、然程危険があるようには思えませんが?」
俺がそう問うと、ケビンさんが答えた。
「正教国は非常に情報が出て来ない国です。私の調査も失敗に終わる可能性があります。そうなった場合、口封じの為に私もユート子爵様も正教国に狙われるでしょう。失敗した場合は無事正教国を脱出する事。その為に実力も必要だと判断しました」
…思った以上に危険な任務のようだ。だが、王家からの指名依頼という事は勅命依頼なのだろう。そうすると断るという選択肢が無い。受けるしか無いのだ。
「…判りました。その任務を受けさせて頂きます。何か他に注意事項はありますか?」
「親善大使という表向きの理由がある以上、体裁を整える必要があります。具体的には、ユート子爵様に同行する文官と護衛が最低でも1名ずつ必要です。私は居ないものとお考え下さい」
「そうすると、…文官はシアンだけだから確定か」
俺はシアンの方を向き、答える。
「えぇ…。確かに文官は私しか居ませんけど。ご主人様の部下の中で、一番弱いんですよ?」
「まあ何かあったら全力で守るから、其処は諦めてくれ。…後は護衛か。トールかリューイのどちらかか?」
「親善大使としての役目があるなら、リューイの方が良いでしょうね。トールじゃ礼節に欠けるわ」
アルトがばっさりと言い放つ。まあ事実なのだが。だが役目をこなさないと、その後の交流も上手く行かないのも事実だ。
「それと、姉様も護衛として同行させて。勇者パーティの一員というのは箔になるわ」
「本人が良いなら問題無いが…。まあアルトの言い分も納得できるしな。それで行くか。アンバーさんへの確認は頼んだ」
これでメンバーは決定した。後は日程か。
「それでは、急で申し訳ありませんが明後日に出発とさせて頂きます。既に王家からの貢ぎ物と書簡、それに馬車は準備してありますので」
「了解です」
こうして、正教国へと赴く事が決定したのだった。
そして2日後。
館の前には既に馬車が用意してある。外装には王家の紋章があり、非常に豪華だ。またケビンさんは御者として潜入するようだ。
同行するのは俺とアンバーさん、シアンとリューイの4人だ。謁見の際の礼服も荷物で用意してある。
アルトとエストさん、それにトールには不在の間の事をお願いしておく。
こうして馬車は正教国に向け出発した。国境は西の方角だ。
現在の正教国との外交関係は、良くも悪くも無いそうだ。正教国からの布教を止めはしないが、獣人差別は受け入れないスタンスの為、その位置に落ち着いてるようだ。
しかし国家間の関係にまで関わるようになるとは。喜ぶべきかは微妙だが、少なくとも王家からは悪く思われてないようだ。
シアンはケビンさんから受け取った工程表を確認し、説明を始めた。
「国境を越えた後、道中で4度宿泊します。1泊目と4泊目は宿場ですが、2・3泊目は街のようです。一応、観光の時間も取られているようですが、領主への謁見が本題のようです。国境沿いの領ですから、警戒しているようですね」
確かに、国境沿いの領は戦争となれば、先鋒にも防衛の最前線にもなる。何らかの情報を持っていると考えるのは妥当だろう。
そしてシアンは言葉を続ける。
「4泊目の明けの移動で、正教都に到着します。同日のうちに教主への謁見となります。それ以降は、可能な限り滞在して情報収集です」
今回の依頼は、寧ろ其処からが本題だ。
「一応、重要そうな人物のリストが付いています。可能ならこの者達との交流を図る事になりますね。あちらが我が国の情報を欲しているなら、向こうから接触を図ってくる可能性もありますが」
「其処は出た所勝負だな。実際に謁見してみないと、空気感も判らないしな」
「それで、私とアンバー様は一貫して護衛という立場での同行で、問題ありませんか?」
リューイがそう訪ねて来る。
「ああ、それで問題無い。交流は俺の役目だ。というか、もし直接向こうが接触して来たら、対応はせずに俺に話してくれ」
「畏まりました。では、そのように対応します」
「…判った」
「逆にシアンは、単独で対応が必要な場合もあるかも知れない。文官同士での折衝とかな。その時は、余計な情報は出さないように注意してくれ」
俺は念のため、シアンに釘を刺す。
「承知していますよ。同行している文官が窓口業務だけでは、怪しまれますしね。裁量の範囲で対応します」
「良し。…今回の依頼、最低限の達成条件は無事帰る事だ。情報収集の為に危ない橋を渡る必要は無い。どうしてもそういう行動が必要な場合は、俺とケビンさんで対応する。心得てくれ」
俺は念を押す。勅命依頼だが、命を張る所では無い。王家としても最悪の可能性を考慮しているだけで、事を荒立てたい訳では無いのだ。
「それじゃ、今後の工程管理もシアンに任せる。判らない所がある場合は、直接ケビンさんに確認してくれ」
「了解です。承りました」
そうして、遂に正教国との国境に到着したのだった。
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