第57話

 魔法職4名の訓練は、アンバーさんにお願いする事にした。

 そして訓練初日。俺はその訓練を見学させて貰った。時空魔法がどういう物か知りたかったのだ。

 楓を除く3名は、既に初級魔法は習得している。なので魔法書を用い、中級魔法を扱えるよう訓練を開始した。

 対して楓は、時空魔法を使うのは初めてだ。恩寵により直ぐに扱えるようになりそうだが。

 アンバーさんが楓に対し、魔法書を見せながら説明している。するとアンバーさんが直ぐに楓から離れ、俺の所に来た。

「…見ただけで、直ぐに使えるみたい。…興味があるなら、対象になって」

「対象?」

「そう。魔法の効果対象。害は無いから」

 アンバーさんにそう言われ、俺は楓の前に行く。直接相手に攻撃する類の魔法では無いようだ。

 楓は真剣な表情で、俺に向けて手を翳す。

「では、行きます。…遅速鎖(スロウ・チェイン)」

 魔法が発動し、俺の身体を半透明の鎖が絡め捕る。

 俺は身体を動かしてみる。…体感で速度が7割程度になっている感じだろうか。鎖自体に魔力が込められているようで、俺よりもレベルの低い者なら、もっと速度が落ちるだろう。

 などと考えていると、魔法が解除され鎖が消える。以前にも話にあった通り、魔法の維持にも魔力を消費するようだ。戦闘中なら一瞬でも効果は大きいだろうが、中々使い処を選ぶようだ。

「…どうだった?」

 アンバーさんに問われ、俺は答える。

「対強敵用だな。レベル差があっても効果はあるから、充分有効だろう。ただ雑魚にはあまり意味が無いな。育成支援なら有りかも知れないが」

「そう。…楓、ちゃんと聞いておいて」

「大丈夫です」

 アンバーさんは、平行して魔法の使い処を楓に教えているようだ。

「…じゃあ次」

「はい。…歪曲視(ディスト・アイ)」

 2つ目の魔法が発動する。俺の見る景色がぐにゃり、と歪む。今度は視界の阻害魔法か。これは酩酊状態とでも表現すべきか。流石に気持ち悪い。

 俺は目を瞑り、気配感知で周囲を確認する。どうやら魔法の影響は受けていないようだ。

 そして1つ目と同様に、魔法が解除される。

 俺は口を開いた。

「用途としては1つ目の魔法と同じだな。注意点としては、視界のみ阻害するから目に頼らない魔物…蝙蝠系とかか?そういう相手には効果が無いな。ちなみに対人なら効果大だが、逆に剣筋が読み難くなるかも知れないな」

「そう。…なら、遠距離なら有効」

「成程…。判りました」

 楓はメモを取り、アドバイスを書き残しているようだ。

「…じゃあ次」

「はい。…雑音波(ノイズ・ウェーブ)」

 3つ目の魔法が発動する。…脳に静電気が纏わり付くような、不快な感覚。…ああ、思考の阻害魔法か。これはストレスが溜まる。

 先程の視界阻害と違い、目を瞑っても関係無い。脳が活動している限り、影響を受けるようだ。

 ふと魔法が解除され、思考の靄が消える。

「…効果が一際見え難いな。思考を鈍らせるのなら、寧ろ奇襲の時に有効か?反応を遅らせて倒す、とかな」

「ん…、確かに使い道が難しい。ユートは一番不快そうだったけど」

「嫌がらせ目的なら、一番効果が大きかったしな」

 それにしても、初級の時空魔法はどれも阻害効果だ。上手く使えば有効だろうが、中々扱いが難しい。

 俺はアンバーさんに尋ねてみる。

「時空魔法は、全部阻害の効果なのか?」

「…魔法書を見る限り、違う物もある。例えば1つ目の魔法の逆の効果…速度上昇とか。…上の級になる程、特殊性が増すみたい」

「例えば?」

「…有名なのは、時間を巻き戻す魔法。魔力さ足りれば、死者も元に戻せる。…死んだ直後に使ったとしても、膨大な魔力が必要だけど」

 それはまた、使い勝手の悪い魔法だ。魔力が少なければ、一瞬前に戻るだけか。それなら、動きの阻害と速度上昇の魔法が主力になりそうだ。

「…それにしても、やっぱり魔力消費が大きい。時空魔法は一区切りにして、水魔法を覚えた方が良い」

「はい…。多分、もう1つ唱えたら魔力が無くなりそうです…」

 アンバーさんの方針に、楓がそう答える。

 そうして、其処からは楓は水魔法を覚える事になった。恩寵はあくまで時空魔法のみに作用するようで、水魔法を直ぐに使えるようにはならなかった。但し、魔力の循環や集中は既に時空魔法で体感しているので、普通よりは早く覚えられるようだ。

 他の3人は放置気味で申し訳無いが、3人とも時空魔法の特殊性は理解しているらしく、この状況を納得しているようだった。不満を持たないのは有難い。

 俺にとっては同列の部下なので、今後はあまり楓を特別視しないよう注意しよう。もし特別扱いする必要があるなら、その立ち位置も変える必要がある。

 なので俺は早速、他の3人の中級魔法の覚え具合を確認する。今日のうちに1つでも使えるようになれば大したものだ。使えなくて当然。その辺りを説明し、焦らないようアドバイスする。

 そうして数日の後、全員が中級魔法を1つは覚える事が出来た。トールとリューイとの話し合いで、アラクネ狩り参加の条件として「魔法職は中級魔法を1つ以上扱える事」としていた。なので今後は4人も狩りに参加する事になった。

 各隊で小隊長を除き9名1組、うち1名が魔法職という編成だ。今後もし更に増員するなら見直しが必要かもだが、現状ではバランスが取れている。他の村への巡回もこの編成で行なう事になる。

 なお育成支援での経験を踏まえ、魔法職も武器を所持するよう指示してある。楓はそのまま槍を所持する事になった。他の3人もそれぞれ、武器の扱いを実際に見て決定した。

 村の統合の件はアルトに一任しているので、俺はこのまま兵の訓練・強化を中心に進める事にする。

 優先して行なうべきは、新兵に身体強化を覚えて貰う事だ。俺自身の経験もあり、まず身に付けるべき基礎に当たる。身に付けたら、魔力が続く限り維持する。今ではアルトだけでなく、トールやリューイも実践している訓練法だ。


 こうして、兵の訓練・強化は着々と進んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る