第56話

 灰色の毛色をした狼の姿、体長は2メートル程。もっと下層で出会ったダークウルフの下位種、グレーウルフだ。それが計3体。

「アルトが1匹、俺が1匹、アンバーさんは足止めを!」

 俺は素早く指示を出す。

 俺とアルトはそれぞれ手近の相手に向かい、残った1体にアンバーさんが魔法を放つ。

「…風旋縛(ウィンド・バインド)」

 ダークウルフよりも弱いからか、アンバーさんの魔法で完全に動きを止める。

 その間にアルトは前足による爪の攻撃を避け、通り抜け際の胴体を両断する。

 俺も爪の攻撃を後ろに避け、直ぐさま突きで脳天を貫く。これで残り1体。

 俺はアンバーさんの魔法で動きを止めた1体の、前足を2本とも両断する。

「楓!」

 俺の呼び掛けに楓は一直線に突進し、グレーウルフの喉元を突き刺す。すると、グレーウルフは一鳴きの後、息絶えた。

「うぅ、嫌な感触です…」

 楓が呻く。俺も同じ感想を抱いたのだが、遥か昔に思える。

 ふと気になり、俺は楓に尋ねる。

「楓は、こっちの世界に来て何日だ?」

 楓はうーん、と唸りながら答えた。

「多分ですが、1月は経っていない位です」

 その答えに、俺の疑問は確信に変わった。やはりこの世界に来るタイミングが、人によって違うようだ。

 俺がこの世界に来た時点で、既に聖女の件がスタウトさん達にまで伝わっていた。俺よりも早くに、聖女がこの世界に来ていたという事なのだろう。

 場合によっては、未だこの世界に来ていない人も居るかも知れない。特に何か対処が出来る問題では無いが。


 楓のレベルが30を超えたので、道中で身体強化を教え始めた。魔力の感知と循環だ。初級魔法にも通ずる技術なので、今のうちに覚えておいた方が良い。覚えれば敵も倒し易くなるだろう。

 実際に教えてみると、直ぐに身体強化まで行なえるようになった。これが恩寵の力の一環のようだ。ただ今の全力で身体強化を行なえば、確実に直ぐ魔力切れを起こすので、魔力量の調整を教え込む事になった。

 そうして教えながら歩いていると、アラクネが通路の先に1体居た。上層から降りて来たのだろうか。

「ひぃっ!?」

 楓が怯えた悲鳴を上げる。俺はもう慣れたが、巨大な蜘蛛の姿は生理的な嫌悪感を抱くのだろう。

「俺は左、アルトは右。ひとまず足を全て落とすぞ」

「了解」

 アルトの返事を受け、同時に駆ける。一番前の足だけは高さが先ず違うので、其処を先に落とす事にする。その前足の一撃を避け、カタナを切り上げ切断する。

 そして側面に回り込み、横薙ぎに一閃。残りの足を切り落とした。

 これでアラクネは身動きが取れない。糸も後ろから出るので問題無い。

「楓、身体強化をして、頭を狙え」

「は…はい!」

 そう返事をし、楓がアラクネに突っ込む。今までよりも鋭い突き。既にシアンよりも強そうな印象を受ける。

 その一撃で槍先はアラクネの頭を突き抜ける。その身体が一度びくん、と跳ね、動きを止めた。

「うぅ…、気持ち悪いです…」

 やはり生理的に駄目か。まあどの道、訓練の一環で定期的に狩りに来るのだ。自然に慣れるだろう。

 程々に時間が経過したので、一度休憩にする。楓が初めてなのを考慮しての対応だ。実際、少し疲労の色が見える。

 ついでにアンバーさんにお願いし、各属性の魔石を出して貰う。楓に時空魔法以外の属性があるかの確認だ。

 楓に魔石を持たせると、青色の魔石が光を放った。

「…水属性。水や氷を操る。野営に便利」

 野営に便利とは、水汲みが不要という事か。それを言ったら、土属性で竃を作り、火属性で火を起こし、風属性で火力を上げる事が出来る。全属性が扱えると便利だ。

「そうなると、水魔法の魔法書も?」

「ああ、入手しといた方が良いだろう。扱えて困る事も無いしな」

 戻ったらシアンに追加で頼んでおこう。

「あの…」

 楓がふと口を開く。

「侑人さん…いえ、ご主人様は貴族になられていて活躍されてますが、他の転移者の方もそうなんですか?」

「んー、把握している限りだと、正教国の聖女が一番有名か。他にはこの国の隠密に1人、会った事は無いけど王都で料理人をしている人が1人。あと、最初に転移した人は既に死んでるらしいよ。…誰か気になる人でも?」

「いえ、ただ自分はかなり不幸だったのかな、って思っただけです。今は逆に運が良かったのだと思っていますけど」

「まあ、聞く限り恩寵も万能じゃないしな。1人で魔物に遭遇したら其処で終わりだ。死んでないだけマシだろ」

「はい、そう思います」

「この国で奴隷になったのも、運が良かったわね。他の国なら、どんな扱いをされていたか知れないわ」

 アルトが付け加える。確かに奴隷の扱いの悪い国なら、心身に傷を負っていただろう。

「ま、今は立派な俺の部下の1人だ。胸を張って頑張ってくれ」

「はい!」

 楓の元気な返事を聞き、安心する。


 こうして10層を回り、魔物を倒す事を5日程続けた。その間、平行して他の3名の魔法職の者も混ぜ、育成しながら実力も把握しておいた。

 そして楓を含む魔法職4名の基礎は充分と判断し、これから魔法の訓練を行なう事にした。

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