第55話

 他の村の視察から戻って数日後。スタウトさん達が村を出発した。アルトからの話にあった通り、アンバーさんだけは村に残る事になった。

 出発間際に皆から「頑張れ」と励まされたが、どういう意味だったのだろうか。貴族として不慣れだろうけど頑張れ、という事か。

 アンバーさんは役割として、魔導具の生産やメンテナンスを担う事になった。師匠であるミモザさんから、ある程度は学んでいるそうだ。どうしても手が付けられない場合は、王都に居るミモザさんを呼ぶ事になる。

 そして更に数日後、兵舎の建築が完了した。最初に建築した物と同形状である事、それに兵を動員した事で早期に完了する事が出来た。

 後は増員する兵の確保だが、シアンにより既に手配済みで、完成の数日後には村に計18名が到着した。

 今の小隊の構成を崩さないよう、今回も男女比を同じにしてある。

 という事で、前回同様の受入れの挨拶等を行なった。…のだが、其処で1つ気になる事があった。

 兵に不向きそうな、一際背の低い黒髪の少女。何となく見覚えがある。転移者の1人だった筈だ。

 俺は横に居るシアンに尋ねる。

「なあ、あの一番背の低い女の子。兵には不向きそうだが、大丈夫なのか?」

「ああ、彼女は魔法職として採用しました。今回は各隊2名ずつ、魔法に秀でた者を採用しています」

「そうか。手間を掛けさせて悪いが、この後執務室に彼女を呼んでくれるか?」

「?…はい、判りました」


 執務室には俺とアルト、それにシアンと1人の少女。あと手が空いたとかでアンバーさんが居る。

 まずは俺の方から口を開く。

「…確認だが、12人の転移者の1人で間違い無いか?」

「はい。私も貴方の事は見覚えがあります。…柳 楓(やなぎ かえで)と言います。14歳です」

「紬原 侑人だ。この世界ではユート=ツムギハラ。君の雇い主になる。…質問だが、何故奴隷に?」

 俺がそう尋ねると、楓は顔を俯かせながら答えた。

「この世界に来た時、場所は街の近くでした。街に入ろうとしたんですが、お金が無くて税金が払えなくて。仕方なく数日掛けて宿場に行きました。でも働き口なんて無くて。空腹に耐えられなくて、結局無銭飲食で捕まってしまいました」

 その話を聞いて、やはり俺は運が良かった、と言うより恩寵により助かったと思う。助けてくれる人が居て、お金も手に入れる事が出来たのだから。

「無一文で住居も無いという事で、奴隷になりました。恩寵が魔法に関する事でしたので、魔法を使った事は無いけど、魔法に適正があるとアピールしました」

 成程。それで今回の採用条件に引っ掛かったという事か。しかし実際に魔法が使える事を確認せずに採用して良かったのか?とも思うが、結果オーライか。

「それじゃ、恩寵の内容は?」

「『時空魔法の極み』です。難度を問わず時空魔法が扱えるそうなんですが、その魔法自体を覚えてないので、使えません…」

 時空魔法とは初耳だ。4属性魔法と、バランタインさんが使う召喚魔法は知っているが。

 すると、アンバーさんが口を挟んで来た。

「…時空魔法は、難易度が高くて用途も選ぶから、使う人自体が少ない。って師匠が言ってた。でも上手く扱えれば強い、らしい」

「ニーズ自体が少ないのか。魔法書は存在するのか?」

「一応売ってる。入手自体は可能」

「そうか。…シアン、時空魔法の魔法書を可能な限り入手してくれ。出来れば初級だけでも急ぎでな」

「判りました。直ぐに手配してきます」

 シアンはそう言い、席を外す。急ぎの案件だと理解したのだろう。

「…という訳でだ。魔法書はこっちで入手する。手に入り次第訓練だ。アンバーさん、手を貸して貰えますか?」

「…任せて。基本は一緒。ただ話を聞く限りだとレベル1だろうから、魔力が直ぐ尽きる。育成支援が必要」

「アラクネ狩りだけじゃ足りないか?」

「…時空魔法は効果持続に魔力を消費し続ける、らしい。なら訓練で消費する魔力も、他の比じゃない」

「なら、まともに訓練出来るようになるまで、俺達で育成支援するのが早いか?流石にまたバランタインさんに頼るのも、気が引けるし」

「…それがいい。協力する」

「良いんじゃない?折角だから私も協力するわ。良い訓練になるし」

 アルトも同意する。これで方針は決まったか。

 俺は楓に向き直り、言う。

「という訳でだ。まずは俺達で楓のレベルを上げる。そして魔法書が入手出来次第、魔法の訓練に移る。以上だが、何か質問は?」

「あ…いえ、大丈夫です。宜しくお願いします!」

 こうして、楓育成計画が発動した。


 そして翌日。俺達は転送陣を使い魔王城9層に飛び、其処から10層に降りた。

 メンバーは俺とアルト、アンバーさん、それに楓の4人だ。領主代行であるアルトが頻繁に不在にするのはどうかと思ったのだが、今はエストさんだけでも回せる状況らしい。なら俺が口を挟むのも無粋だろう。

 楓は緊張しているようだ。この世界に来たばかりの俺と同じような状況なのだから、当然か。

 一応、楓にはシアンが使っていた槍を持たせてある。魔物に止めを刺す為だ。間合いの大きい武器の方が安全だろう、という配慮だ。

 少し進むと、楕円形の物体が1匹、道を阻む。スライムだ。

 緑色の粘性の身体が蠢き、その奥に核が見え隠れする。スライムは核を潰せば倒せるので、まずは核に届くまで身体を削るのがセオリーだ。

「火炎爆(フレア・ボム)」

 初撃で止めを刺さないよう、アンバーさんが初級魔法を放つ。爆発でスライムの身体が弾け、壁に粘液がへばり付く。

 核が大分露出したので、俺が後ろに回り込み、スライムの身体にカタナを突き刺す。カタナは床に刺さり、スライムの動きを阻害する。

「良し。楓、真っ直ぐこの核を突くんだ。腕じゃなくて、身体全体で突っ込め」

 楓は見ての通り力が弱い。腕の振りだけでは核を壊せない可能性が高い。

「は…はい!」

 楓はそう返事をし、槍を持った身体ごとスライムに突撃する。

 パキン、と何かが砕ける音が響く。スライムの核が槍の一突きでひび割れた。

「あ…、何か身体がピリピリします」

 楓がそう呟く。俺が初めて魔物を倒した時と、同じ感想だ。

「魔素を取り込んでる証拠だな。…1体ずつなら問題無さそうだ。複数居た場合は、まず数を減らすか。安全第一で」

「そうね。残り1体になったら、楓が倒せるように調整しましょう」

「…任せて」


 こうして、俺達は10層を更に進んで行った。

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