第59話
街道にある国境には2つ小さな砦があり、王国側には王国の兵が常駐、正教国側には正教国の兵が常駐していた。
まずは王国側の兵に話を通し、王国側の砦を通過。次に正教国側の兵に話を通し、正教国側の砦を通過する。面倒だが、国境が解放されていない国家間はこんな感じなのだろう。
国境を抜けても、いきなり景色が変わるものでは無い。せいぜい常駐兵の装備の見た目に差がある程度だ。
ふと御者席に居るケビンさんから声が掛かる。
「公式に申し入れ済みですので当然ですが、国境は問題無く通過出来ました。このまま本日宿泊する宿場まで移動します」
「了解です。宜しくお願いします」
俺はそう答える。特に止められもしなかったので、王国からの通達はきちんと国境にも届いていた、という事なのだろう。
そして道中は何も無く、宿場に到着した。何かあっては困るのだが。
立場もあり、宿は高級な所へ。そして男性3人、女性2人の2部屋に分かれる。
高級だからなのか食堂は無く、食事が直接部屋に運ばれて来た。だがケビンさんは情報収集の為、安い方の宿の食堂に向かった。
流石に高級なだけあり、食事は豪華だし部屋にお風呂も備え付けられている。タライに井戸水を汲まなくて良いのは助かる。
俺とシアンは食事を取りながら、今後について話をする。
「それで、明日着く街って何か情報はあるのか?」
「名前はザイアンの街。街としてはそこそこ規模は大きいです。この宿の受付で観光ガイドが売られていたので、入手しておきました。…観光としては街に隣接する湖と、教会があります」
「湖は兎も角、教会か。正教国らしいが」
「どうやら正教国で一番古い教会のようで、正教会発祥の地と言われているようです。今では正教都に教会本殿がありますが」
「なら入信するつもりは無いが、折角だし教会だけは見ておくか」
「そうですね。2泊しますし領主との謁見を除いても、時間は充分ありますので」
それなら楽しみにさせて貰おう。神社仏閣巡りは観光の定番だ。
そして俺達が風呂も済ませた頃、ケビンさんが戻って来た。
「具体的な情報はありませんでしたが、戦争の可能性については噂されていました。特に過去の戦争経験者が、同様の空気を感じ取っているようです」
「…それは随分ときな臭くなって来ましたね」
「ええ。街ではもっと具体的な情報が得られるかも知れません。私は街では夜を除き不在にしますので。情報は夜に共有させて頂きます」
「了解です。気を付けて下さい」
俺はそう返し、今日は眠りに付いた。
そして翌日。宿場を出て、街に向け出発する。街には本日中に到着の予定だ。
俺はケビンさんからの情報を、アンバーさんとリューイに伝える。少し不安を煽るようだが、情報共有は大事だ。
アンバーさんからは、リューイの肌が綺麗だと言う情報を貰った。…いや、その情報は要らないんだが。
シアンは昨日入手した観光ガイドを読み耽っている。酔わないのだろうか。
ふと外を見ると、兵と頻繁に通り過ぎる。隊では無く1~2名だが、街道の治安維持だろうか。
暫くすると、街道の先にザイアンの街が見えてきた。街よりも大きな湖も見える。まだ遠目だが、景観は良さそうだ。
そして街へと入る。此処でもすんなり入れたので、情報周知は徹底されているようだ。
時間はもう夕方なので、宿へ直行する。湖沿いの方が地価が高いのか、高級な宿が立ち並ぶ。その中には例の教会もあった。
今日は前を通り過ぎるだけだが、それでも教会の大きさが実感出来る。そして独特の荘厳な雰囲気が伝わって来る。
宿に到着すると、早速ケビンさんが街に出る。情報収集に向かったようだ。
俺達は昨日と同じ部屋割りで、食事とお風呂を済ませる。やはり高級宿は部屋での食事がデフォルトのようだ。
そしてケビンさんが宿に戻って来た。お酒の匂いが少しするので、酒場に行っていたようだ。
「領主による武器矢玉の買い付けと、兵の増強が進められています。この分ですと、恐らく明日の謁見で探りが入るでしょう。もし情報を出すのなら、警戒する程度に誇張して下さい。油断させる方向ですと、開戦を早める恐れがあります」
「此処まで来るともうクロか。後は対象が王国かどうかですね」
「そうですね。今の情報だけでは、派兵の為の準備でしかありませんので、未だ判断は出来ません」
王国が敵国となる場合、アルトの領が最前線となる。真っ先に攻められるのだ。城も砦も無いので、防衛も儘ならない。戦うには不向きな領だ。
ケビンさんは言葉を続ける。
「後は、正教都で近々大々的なパレードが行われるようです。恐らくは聖女の正式なお披露目でしょう。民を鼓舞する狙いがあるようです」
「…聖女は未だお披露目前だったのですか?大分前に情報は流れていたようですが」
「ええ。聖女が来たタイミングで、正教国より情報は周知されています。ですが民の前に出す準備として、今まで教育を施していたのでしょう。…洗脳とも言い変えられますが」
「穏やかじゃないですね。でも確かに、転移直後に民の前に出ても、オドオドするだけか」
「女神から授けられた聖女ですから、正教国にとって大事な統治の道具です」
事実なのだろうが、ケビンさんの発言は所々辛辣だ。同じ転移者としての思いもあるのだろう。俺も道具として使われるのは御免だ。
「明日は朝から情報収集に出ます。また同じ頃に報告させて頂きますので」
ケビンさんの報告は終わり、俺達は眠りに付いた。
そして翌日。午後からは領主との謁見となるので、ケビンさんを除く全員で今のうちに教会を見に行く。
教会の外壁の白色と、湖の青色とのコントラストが美しい。映像でしか知らないが、モナコの街並みを思い出す。
教会の中に入るには、入場料代わりの寄進料が掛かるようだ。金額は決められていないので、支払いはシアンに任せる。俺よりは相場を知っているだろう。
中に入ると、高い天井に太い柱、そして日の光を取り込むステンドグラスが目に付く。そして真正面には大きな石造が置かれていた。
近付いてみると、その姿に見覚えがある。転移の時に見た、女神エフィールだ。此処までしっかり似た造形をしている以上、転移者が造ったのか、それとも転移者で無くとも女神に会った者が造ったのか。
だが、これではっきりした。正教国は女神信仰だ。教義に女神の意思が反映されているかどうかは兎も角。女神自身はこの世界への、転移者以外の干渉を避けているように見えたが。
まあ、今色々考えても詮無い事だ。俺はそう割り切り、教会内を見て回った。
そして午後。俺達は謁見の為に、領主の館に向かった。
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