第53話

 1刻の後、トールとシアンが疲労困憊の体で扉から出て来た。特にシアンは最早死にそうに見える。

「うぅ…、流石だぜバランタイン殿」

「だから…苦手だと…何度も…」

 俺の時は此処までにはならなかったので、バランタインさんはやり方を変えたのか、それとも興が乗ったのか。

 とにかく、今度はアルトとリューイの2人を連れて扉に入る。

 俺はバランタインさんに、2人について聞く事にした。

「お疲れ様です。どうでしたか、あの2人は?」

「うむ。トールの方は身体能力の素養が高かったのでな、効率良く鍛えられたと思うぞ。シアンの方は、本人が何度も言っていた通り、こういった事には不向きだな。まあ最低限は鍛えられたと言うべきか」

「そうですか。まあ狙い通りなので問題無いですよ。…それで、次はこの2人をお願いします。2人ともある程度は鍛えてますので、先程のシアンみたいな事は無い筈です」

「判った。任せておけ」

 俺はその返事を受け、部屋を出た。まずはトールとシアンを労ってやろう。



「さて、改めて自己紹介をするか。我が名はバランタイン。八大竜王が一柱、黒竜王である」

 巨躯を晒す漆黒の竜が口を開く。改めてその威圧感に身が震える。

「クリミル伯爵が三女、アルト=クリミルと申します。領主代行をしております。また、ユート様には剣の師匠として私を鍛えて頂いております」

「リューイです。主様…ユート子爵様に小隊長として仕えております。トールの同僚になります」

 私、そしてリューイが自己紹介をする。

「そうか。アルトにリューイだな。2人はトール程度と見て良いのか?」

「魔法を使わなければ、トールが頭一つ抜き出ております。魔法も可でしたら、ほぼ互角といった所でしょうか」

 バランタインさんの問いに、リューイが答える。その評価は私も同意見だ。

「そうか。ならばレッサーデーモンから始めても問題無かろう」

 そう言うと、レッサーデーモンが計6体現れる。名前は知っているが、見るのは初めてだ。

「3体ずつだ、見事倒してみよ。問題無ければ、数を増やして行く」

 そう言われ、私とリューイは距離を離す。1人3体。1人で魔物を複数体相手取るのは初めてだ。だが私は理解している。師匠の訓練は人との1対1だけでなく、複数の相手を考慮した教え方だ。常に全方位を意識し、対峙する為の剣の振りと身のこなし。それが求められている。

 私はカタナを構え、身体強化の魔力を高める。

 私が強くイメージするのは、暗殺者に襲われた時。意識を失うまでの間に見た、あの闘い方。一瞬の隙を突き、1人ずつ無力化して行く姿だ。

 その時、3体が同時に襲い掛かって来る。気配感知も全開にする。死角からの攻撃を防ぐ為だ。

 同時に3体と対峙するのは不利なので、2体は躱す。攻撃を避け、弾く。そして3体目の攻撃を低く躱し、左脇に潜り込む。

 カタナを一閃。1体の胴が両断される。

 素早く振り向き、残りの2体と向き合う。1体が飛び出して来たので爪を躱し、胸を突く。

 そして素早くカタナを抜き、最後の1体へと間合いを詰める。口から吐き出される炎を右に避け、抜き去り際にカタナを振り抜く。

 首が胴体から離れ、床へと落ちた。

 3体全てを倒したが、集中力を切らさずに身体を向け、まだ息があるかを確認する。師匠は残心と言っていた。…問題無さそうだ。

 ふと横を見ると、リューイが3体目を土魔法で倒した所だった。師匠により、魔法は遠距離重視との指導がリューイにはされていた。両手剣の片手を離すので、近距離では隙を見せる事になるからだ。

「ふむ。トールの初戦よりもスムーズだな。ユートも最初はジャイアントラット3体からであった。それに比べれば良いスタートだ。中々良く鍛えているようだ」

「有難う御座います」

 バランタインさんの言葉に、私はそう返答する。師匠の強さの出発点は此処なのだ。それを改めて実感する。

「では、徐々に数を増やして行くぞ。あちらでの1刻は、こちらでの10日間だ。しかと覚悟せよ」

 先程、師匠より事前に話を聞いていたので驚く事は無かったが、本当に時間の経過が違うようだ。そんな事前情報も無く放り込まれたトールとシアンは、どう思ったのだろうか。考える余裕も無かったか。

 そんな事を考えている間に、今度はレッサーデーモンが計8体出現する。

 考えるのは後にして、私とリューイは再度武器を構えた。



「つーか…10日間ぶっ続けとか、流石は竜王様だな」

「流石とか言ってる状況じゃ無かったですよ。唯一嗜んでいた槍術もやっぱり通用しないし、お陰で中々倒せないし。トールさんとの差が開く一方でしたよ」

 トールは誉め、シアンは愚痴ていた。まあシアンは仕方無いだろう。完全に素人だったのだ。多少なりとも育成支援を受けていた、当時の俺とも差がある。

「しかし、これを2週間とか、親分も凄えよな。良く耐えられたもんだ」

「まあ…生きる術を得る為に必死だったからな。でも有意義だったろ?」

「ああ。自らを鍛えるのは楽しいからな」

「そんなものですかね…」

 俺とトールの考えは近しいが、シアンは真逆だ。兎に角訓練が苦痛のようだ。苦手だと繰り返していたのも頷ける。

「シアン、厳しいなら代わりに俺が参加するけど?」

「いえ。求められている最低限には到達しないと、申し訳が立ちません。やらせて貰います」

 俺の提案をシアンが断る。そこまで言うなら任せよう。

「まあ、この1刻が過ぎればまた参加だ。しっかり休んでおけよ」

「俺はもう問題無いぜ。何時でも大丈夫だ」

「なら、暫しの休憩を謳歌させて貰います…」

 そうしてシアンは仮眠を取り始めた。文官を鍛えようと言うのだから、俺の無茶も大概だが。

 そうして休んでいると、扉からアルトとリューイが出て来た。トールとシアンの時よりも疲弊はしていないように見える。

「師匠、戻ったわ」

「主様、只今戻りました。…シアンは大丈夫ですか?」

 シアンは仮眠のつもりが熟睡している。余程身体を使って来なかったのだろう。

「お疲れ。シアンは仮眠してるだけだから大丈夫。2人は平気か?」

「ええ。決して楽とは言えないけど、有意義だったから」

「そうですね。自分が成長している事を実感します。それが何よりの励みになりました」

 2人はそう感想を漏らす。どうやら自分達の為になったようだ。

「よし、じゃあまた俺達の番だな。シアン、おい起きろ。出番だぞ」

「う…えぁ?あ、もう時間ですか…。じゃあ行って来ます…」


 そうして俺達は、トールとシアンを再度見送った。

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