第52話

 訓練にトールとリューイが混ざり始めてから、気になっていた事がある。

 アルトのレベルは以前の申告で81。今は身体強化により少し上がっているかも知れないが、100は超えていないだろう。

 対してトールはレベル183、リューイは165だ。レベル差が倍近くある相手に互角のアルトが優秀だとも言えるが、逆に言えば強さのファクターは経験・技術、身体強化の魔力濃度、そしてレベルだ。前の2つは兎も角、最後のレベルについては、早急に上げる手段を俺は知っている。

 ならば今後の事を考え、実力の底上げとしてレベルの向上を図るべきだと思ったのだ。

 そう考えた俺は早速バランタインさんに相談し、許可を貰った。

 そして翌日。俺は訓練の際に提案してみた。

「成程。確かに確実な実力の底上げです。良い案ではないでしょうか」

「ええ。それで主様に貢献出来るのでしたら、是非」

「俺も願ったり叶ったりだ」

 アルト、リューイ、トールの3人から同意を得られた。

 なので早速都合を付け、魔王城に出立する事にした。丁度スタウトさん達が滞在している今は、良いタイミングだろう。

 エストさんにも不在の間の指示を出し、万事問題は無い。

 だが1人、露骨に不満を漏らす者が居た。

「…前にも言いましたが、私は武芸には不向きなんです。自覚してます。なのに何で此処に居るのでしょうか?」

 それはシアンだ。今回のレベル上げの対象者に選ばれ、不満らしい。

「そうは言うが、この世界で生きる為に最低限の強さは必要だろう。なら丁度良いじゃないか」

 俺はそう答える。魔物が居るこの世界は、元居た日本よりも危険だ。ならば死に難くする努力は必要だと思うのだが。

「諦めなさい。師匠に仕えている以上、それ以上の愚痴は不敬よ。男らしく腹を括りなさい」

 アルトがばっさりと切り捨てる。こういう時は正論で有無を言わせないので助かる。

「つーか、親分がタダで育ててくれるってんだ。役得じゃねえか?」

 トールはシアンには気安い。俺の直属として同列の同僚だし、同性だからだろう。敬語を使わなくて良い相手には、話し易いというのもあるだろうが。それにしても、親分は止めて欲しいのだが。

「まあ職務に不要な力だと言うのは判りますが、無駄では無いでしょう。それに以前には暗殺者が入り込んだ事もあったと聞いています。最低限の身を護る術は、持つべきでは?」

 リューイが言い聞かせる。本人の意思も多少は汲んでくれるタイプだ。三者三様、これでバランスが取れているという事か。

「…判りました。どの道、拒否した所で方針は変わらないようですし。ただ、指導して下さる方をがっかりさせないかが気掛かりですが」

「んー、其処は平気じゃないか?別に素質も何も無い俺でも大丈夫だったんだし。俺が誇れるのなんで魔力量位だぞ」

「いやそれ充分でしょう。しかも実力で爵位を得ているんですから、素質はあったんだと思いますよ」

「其処は同意ね。この間も言ったけど、師匠は自己評価が低いわ。弟子が誇れるよう、もっと自信を持ちなさい」

 そうアルトに諭される。慣れたのか、表向きの敬語はもうトール達の前でも使っていない。

 …俺にとって最初の師匠であるバランタインさんに会えば、俺の自己評価も納得するだろうか。


 転送陣に到着し、俺達は魔王城の21層へと移動した。

 其処にはアイリさんとマーテルさんが待っていた。

「久しぶりねえ、ユート。…今日はその姿なの。残念だわ」

「お久しぶりです、ユート様」

 其処へアルトが前に出て、口を開く。

「初めまして。アルト=クリミルと申します。以前に虹糸のアイデアを頂き、有難う御座いました。お陰様で、領の運営を軌道に乗せる為の資金を得る事が出来ました」

「クリミル…あぁ、アンバーちゃんの妹さんね。大した事じゃないから気にしないで。間引きにもなったし、持ちつ持たれつよ」

「そうですか。ご配慮頂き、感謝致します」

 アルトが改めて頭を下げる。それだけ助かった、という意思表示だろう。

「大丈夫よ。お礼にユートが一緒にお風呂に入ってくれるから」

 アイリさんの一言で、アルトが俺に冷たい視線を投げて来る。俺は慌てて、違うと手でジェスチャーをする。

「ああ安心して。ユートじゃなくてユートちゃんだから。女の子同士だから大丈夫」

「大丈夫じゃありません。…油断していましたが、ライバルですか?」

「あら違うわ。ふふっ。からかっているだけだから安心なさいな」

 アイリさんはそう言い、アルトの頭を撫でる。アルトは未だ疑っているようだが。

「…さて、バランに用事よね。勝手は知ってるだろうから、案内は不要でしょう」

 そう言い、2人は奥に引っ込んで行った。

「…それじゃ、こっちへ」

 俺は微妙になった空気から逃げるように、バランタインさんの部屋へ先導した。


 そしてバランタインさんの部屋へ着いた。

「お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだな。…後ろの者がそうか。面食らっているようだが、説明していなかったのか?」

「まあ百聞は一見に如かずって事で。アンバーさんの妹のアルトと、俺の部下のトール、リューイ、シアンです」

 俺はそう返し、後ろを向く。

「という訳で。こちらがバランタインさん。俺の師匠で、今回の指導に当たってくれる方だ。八大竜王だから、失礼の無いように」

 そう説明するが、皆呆然としている。サプライズ過ぎたか。

「それでだ、ユートよ。教え方はユートと同じで良いのか?」

 そうバランタインさんが訪ねて来る。

「ええ。ですが1人を除いて当時の俺よりも熟達してるので、実力を見て調整して欲しいです。シアンだけは素人同然なので、念入りに」

「判った。だが4人同時は多いな。2人ずつに分けられんか?」

「なら男女で分けましょうか。1刻、10日間毎で交換という事で」

「良かろう。では未熟な者を先にやるか。男達は残れ。女達はユートと共に外で待っていろ」

「はい。じゃあトール、シアン。頑張って。これ食料ね。…俺達は外に出てようか」

「「…え?」」

 トールとシアンの疑問符が重なるが、無視して外に出る。


 そして1刻が経過する間、俺はアルトとリューイに指導について説明して待ったのだった。

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