第51話
とある日の執務中。小隊長のトールとリューイより提案があった。
「午後の剣術指南に参加したい?」
「はい。一応兵役経験者として小隊長を務めさせて頂いておりますが、私達は未だ未熟です。是非私達も鍛えて頂きたく思います」
リューイが主となって説明をする。トールは敬語が苦手なので、こういう時に話をするのはリューイの役目になっている。
これは俺の一存では決められないな、と思い、アルトに視線を投げる。
アルトは少し思案の後、口を開いた。
「師匠は私の為に時間を割いて下さっています。私にとっても大事な時間です。なので、指導の合間で宜しければ許可しますが、それで宜しいですか?」
「はい、充分です。是非お願いします」
こうして、午後の剣術指南に2人が参加する事になった。
そして午後。トールとリューイ、そしてシアンが見守る中、アルトの剣術指南を開始した。
内容は以前から変わっていない。身体強化の訓練、手合わせ、問題点の復習が基本だ。
もう身体強化は魔力が続く限り、毎日続ける事を指導済みなので、きちんと維持出来ているかの確認に留まる。そうしたら次は手合わせ。基本的に俺が攻撃を捌き、明らかな隙が出来たら攻撃を加える。そして指導の後、駄目だった所の素振りや足捌きなどを繰り返させる。
俺の手が空いたので、トールとリューイの指導を始める。
まずは身体強化がどの程度出来るのか、実際にやらせて見る。確認してみると、リューイは魔力操作自体が得意らしく、身体強化も現在の魔力量では充分だ。
「魔法も土属性なら中級まで扱えます」とはリューイの言だ。中々器用なので、俺と同じ魔法剣士の方向性が良いのかも知れない。
片やトールは、魔力操作・身体強化は未熟だ。魔力量自体も然程多くは無いが、身体強化の未熟さは昔の自分を見ているようだ。しかし身体能力・戦闘能力自体は高いので、伸びしろが大きいとも言える。
なのでトールには徹底して身体強化の訓練をさせる。魔力感知までは出来ているので、魔力の展開と濃度強化を重点にする。
リューイは基礎は出来ていると判断し、手合わせを行なう事にする。
「それでは主様、宜しくお願いします」
「ああ。遠慮は無用だ。全力で向かって来てくれ」
そう言い、お互いに武器を構える。リューイの武器は両手剣だ。刀身は長いが、幅が狭い。威力を犠牲に軽量化し、剣速を優先しているのだろうか。
リューイが間合いを詰め、まずは突きが連続で放たれる。
俺はその全てをカタナで軽く弾き、軌道を逸らす。
「はあっ!」
突いていた剣先を一度引き、横薙ぎの一撃が放たれる。
俺は敢えて躱さずにカタナで受け止める。シェリーさんの一撃より圧倒的に軽いが、中々剣速は早い。
だがリーチが長くなる程、懐に入られると弱い。俺は素早く間合いを詰め、首筋に刃先を当てる。
「…参りました。流石です」
「いやいや、中々バランス良く鍛えている感じだ。ただ突きと比べて振りの隙が大き過ぎる。大振りを織り交ぜるには剣速が足りないな。もっと牽制になる振りが欲しい所だ」
「成程…。ご指摘、有難う御座います。それにしても、本当にお強いのですね。失礼を承知で申し上げますと、正直見た感じには強そうには思えなかったのですが」
「それは私もそう思います。師匠は自分の実力を過小評価しているのが原因では無いですか?」
アルトが一言付け加える。
「そうは言われてもなぁ。スタウトさん達と比べると未熟なのは事実だし」
「比較対象が勇者様達という時点で、上位者の証かと思いますよ」
アルトの一言に俺は悩む。他に比較対象になる人が居ないのだが。シェリーさんやミモザさんは更に上だし、アイリさん達の実力は把握していない。
そこへシアンが口を開く。
「子爵様は思った以上に実戦派なのですね。想像では、もっと振りの基本の型を徹底するのかと思っておりました」
「それは俺自身が実戦訓練ばかりやってきたからなぁ。基本の型なんて2の次で、敵を効率良く倒し続けてたから…」
「…訓練というレベルを超越していませんか?実績を鑑みれば、最早英雄育成機関ですよそれ」
「英雄かー。ピンと来ないなぁ」
「魔王殺しが英雄で無くて何なのですか…」
シアンに呆れられてしまった。所詮は結果論なのだが。
と、あまりアルトを放置するのも問題なので、アルトの様子を見る。黙々と指示した振りと足捌きを繰り返しているようだ。
「アルトは、今ならリューイと良い勝負をしそうだな。レベルはリューイが上だろうが、身体強化と基礎はアルトが上だろうしな」
そう言うと、アルトとリューイの目が光る。
「では、試してみますか?」
「そうですね。差し支え無ければ、是非」
という事で、突如アルトとリューイの模擬戦となった。
実力差がほぼ無いため一方が手加減出来ないから、念のためお互い木刀を使う事にする。木刀の両手剣は幅広だが、真剣よりは軽いから扱いは大丈夫だろう。
リューイが早速間合いを詰め、先程と同様に突きを放つ。アルトは俺と同様に、まずは受けに回るようだ。
複数放たれた突きを全てアルトは弾く。ちゃんと見えているようだ。
リューイは敢えて同様に剣を薙ぐ。アルトは受けるのは厳しいと判断し、バックステップで躱す。そして転じ間合いを詰め、お返しとばかりに突きを放つ。
リューイは半分程を剣で捌き、残りは体捌きで躱す。やはり両手剣は小回りが利かないのが弱点か。シェリーさんは別として。
アルトは上段から下段へと狙いを大きく取り、受けるリューイの隙を生もうとしている。だが戦闘経験の差か、リューイは問題無く受け切る。
此処で攻勢に転じるのか、リューイが剣を敢えて片手に構える。そして剣を担ぎ、駆けながら思い切り振り下ろす。
アルトは剣筋を予測し、半身で剣戟を躱す。と、リューイが左手で拳を繰り出す。アルトの隙を突く一撃。
だがアルトはその拳を右肘で弾き、その勢いでカタナを首筋に当てた。
「…参りました。お見事です、アルト様」
「いえ、私にとっても良い経験でした。やはり近しい実力の者との手合わせは、自分の実力を見返すのに必要ですね。機会がありましたら、是非次もお願いします」
「はい、喜んで。僭越ですが、次は負けません」
其処へトールが口を挟む。
「是非次は、俺も」
「ああ、身体強化の訓練と平行してなら、良いかもな。新兵も毎回何人か混ざると訓練の効率も良いかな?」
「…私へ費やす時間が減らなければ良いですよ、師匠」
俺の提案にアルトが一応の了解を出す。
こうして、訓練にはトールとリューイ、そして新兵も混ざる事になった。
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