第50話
俺達は無事村に戻って来た。スタウトさん達も暫くは休養を兼ね、この村の宿屋に泊まるそうだ。
早速、アルトと一緒にエストさんから不在の間の状況を聞く。が、一先ず問題は無いようだ。柵の改修も順調との事。
次に俺からの報告をする。叙爵された事、それに応じ兵を集める必要がある事が主だ。
その報告を受け、エストさんが口を開く。
「この村での徴兵は無理ですね。良くて2人程度でしょう。元々産業も無く、若者の減っていた村ですから」
「そうすると、やっぱり奴隷になるかしら。師匠、何か種族や見た目とかに希望はある?」
最近のアルトは、2人だけの執務の時で無くても、砕けた口調で話すようになった。公私は弁えているようだが、俺としては他人行儀じゃない方が嬉しいし、俺も畏まらずに済む。
「んー、反抗的で無ければ、特には無いな。ただ全員が素人だと大変だから、何人かは訓練された人が居ると助かる」
俺が付きっ切りで練兵する訳にも行かないのだ。ならば適任な人材を入れておくべきだろう。
「成程ね。なら10名1組を想定して熟練者を2名、新兵を18名。種族は問わず、年齢は若め。これで良い?」
「そうだな。それで行こう」
アルトの提案に乗る事にする。俺よりも詳しいのだ、任せた方が上手く行く。
「じゃあエスト、手配を頼むわ。資金は分配された報奨金もあるし、多少高めでも問題無いわ」
そう。今回の金貨1千枚は、皆で等分する事にした。1人あたり金貨125枚。日本円換算で6千万円以上。初期投資の為の資金としては、必要充分以上だ。
「あと併せて、柵の改修は後回しで良いから、兵舎の建築を急いで。新規の人員を受け入れる建物の余裕は、もう無いわ」
「畏まりました。今の人員でしたら20日もあれば、兵舎は建築可能でしょう。その他の物資の手配も平行して行ないますので、完成の時期に合わせて兵が集まるよう調整します」
「頼んだわ」
至れり尽くせりだ。俺の部下では無いのに、有能な人材が俺の為に動いてくれている。
…俺自身の為に、別に人材を確保するべきだろうか。ただアルト達に頼りきりになるのは、伯爵も望む所では無いだろう。
早速任せる事にはなるのだが、俺はエストさんに提案する。
「兵を集める際に、1人文官も欲しいのですが、可能ですか?」
「問題ありません。ユート様専属という事で宜しいですか?」
「はい。暫くは2人に頼らせて貰うしか無いのですが、自分も一応叙爵された身。ある程度は頼らずに出来るようにしないと、と思いまして」
結局は雇った人に頼る事になるのだが、2人に頼るのと自分の部下に指示するのとでは認識や扱いが違う。
「良い案ね。自主的な采配は必ず必要になるわ。でも私達との領の運営を蔑ろにしない事。其処を忘れて貰っては困るわ」
「弁えてるよ。自分の事だけに傾注はしないさ」
「ならいいわ。それと、指南役も継続中よ。それも忘れないでね、師匠」
「了解」
そうして、俺は20人の兵と1人の部下を持つ事になる。人選は任せきりだが。
以前通りの領地運営と剣術指南に日々を費やし、丁度20日が経過した。
エストさんの計画通り、兵舎は完成し寝具や家具も運び込まれ、準備は万端整った。
そして今俺の前には、計21名の人員が揃っていた。
18名が1列に並び、その前に3名。うち1名は文官だ。
隣に居るエストさんが説明を始める。
「ユート子爵様のご指示通り、人員を手配させて頂きました。若さと健康面で選んだ新兵が18名。兵役経験のある者が2名。そして商家で働いた経験のある者が1名となります。…ユート子爵様、ご挨拶を」
エストさんに言われ、俺は多少畏まった口調で話す。
「先程紹介を受けた、ユート=ツムギハラだ。先日叙爵されたばかりの新米子爵だが、国の為、民の為、その義務を成すべく皆に集って貰った。これから宜しく頼む」
なお、文言の監修はアルトだ。ならば問題無いだろう。
「では続きまして、アルト領主代行様」
「はい。…クリミル伯爵家の三女、アルト=クリミル領主代行です。未だ爵位はありませんが、後継ぎとして、ユート様と共に領地経営を学んでおります。ですので、直属の上司ではありませんが、色々とお願いする事もあるかと思います。ご承知おき下さい」
確かに、言い方を変えれば俺とアルトの合同軍なのだ。アルトの兵と一緒に動く事もあるだろうし、領の運営は一緒になって行なう。複数の指揮系統がある事は知らせておくべきだ。
「それでは皆、自己紹介を」
エストさんの言葉に従い、集まった人達が自己紹介を始める。
まず兵役経験のある2名。実質的な小隊長だ。1人目はトール。細マッチョな獣人の男性だ。片頬に刀傷があり、眼光も鋭い。2人目はリューイ。細身だが長身の女性で、長い銀髪が特徴的だ。
そして文官。シアンという名の男性。俺よりも年下だろう。黒髪のおかっぱで、片目にモノクルを付けている。他の者達と並んでいると流石に頼り無さそうに見えるが、エストさんの人選だ、問題無いだろう。
最後に、18名の新兵の紹介を受ける。丁度男女比が半々だ。男性部隊と女性部隊とで分ける感じか。流石に名前は覚え切れないので、後でエストさんにリストを貰おう。学校の先生の大変さを感じる。
そしてエストさんが最後に締める。
「では、兵達は当面は訓練を最優先とします。習熟の後、特別な指示が無い限りは村の警備と訓練を平行して行ないます。トール様とリューイ様は、小隊長として各隊の指導を。また私には定期連絡をお願いします。そしてシアン様は、早速ユート様に従って下さい」
その後、エストさんは兵舎など細かな説明の為に兵達に随伴。シアンは俺とアルトと一緒に執務となった。
早速、アルトがシアンに問う。
「それじゃ、まず得意分野や出来る事を教えて頂戴」
…圧迫面接だろうか。いや違うか。だがいきなり口調が変わり、面食らっているだろう。
「あー、議論に遠慮は邪魔なんでな。この場ではあまり畏まらなくて良い。そういう認識で居てくれ」
俺は一応フォローする。それで納得出来たのか、シアンが話し始める。
「では、改めまして。シアンと申します。17歳です。とある商家に奉公に出ておりましたが、取り潰しに遭いまして。私も親の借金が返せなくなり、奴隷になりました」
おお、いきなり不幸な身の上話だ。と言うか壮絶だな。身売り同然か。
シアンの話は続く。
「奉公の際に経理や市場調査など、基本的な事は学んでおります。また趣味の読書で軍学や兵法を多少は齧ってます」
「そうか。じゃあお金の管理や兵達の物資の手配とかは、任せても大丈夫かな」
「そうね。物資については後でエストから引き継いで頂戴。お金については師匠に任せるわ」
「…師匠、ですか?」
アルトの俺に対する呼び方に、シアンが問う。
「ああ。俺はアルトの剣術指南役でもあるからな。シアンも鍛えるか?」
「いえ、私は自分が武芸に向いていない事を理解しています。ですが、指南そのものには興味があります。拝見させて頂いても宜しいですか?」
「問題無いさ。なら早速、今日もやるから見物を許可するよ」
「有難う御座います!」
そうして今日は、シアンに見物されながらアルトの訓練を行なった。
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