第49話

 それから俺達は伯爵の屋敷に戻り、クリミル伯爵より主に俺に向けて、貴族についての説明をしてくれた。

「爵位とはこの王政国家である我が国に於いて絶対であり、しかし只の称号でしか無い。命令系統・組織統制の上下関係を示す物では無い、という事だ」

 何やらいきなり難しい話になっている。王位を含む爵位は絶対だが、そのまま上位の爵位の者の命令は絶対、という訳では無いという事か。

「基本的に、爵位を持つ者には役目が与えられる。それは国家運営の為の実務・采配であり、その内の1つが領地経営というだけの話だ」

 つまり貴族=領主という訳では無い、と。

「また参陣の御触れが出された場合、軍役として給金・所領に見合った兵役が課せられる。これは国と民を護る為の大切な役目だ。領地無しの子爵なら20人の兵。自らが指揮を取らぬのなら、指揮官も1名必要となる」

 という事は、20人を常備兵として雇っても問題無い程度には、子爵としての給金は多いのか。農兵を前提にしていると困るが。農閑期しか軍を動かせなくなる。

「ユート殿のお役目は後日、宰相殿より連絡があるだろう。恐らくは今の活動を、可能な限り阻害せぬ内容になる筈だ」

「そうだね。例えば僕は対魔族の先遣隊としてのお役目を頂いている。冒険者としての活動が、そのままお役目を全うする事になるんだ」

 スタウトさんが言葉を付け加える。成程。確かにそれなら活動に支障が無い。冒険者を辞めようとした時に困る位か。

「細かい所については、随時アルトに聞くと良い。跡取りとして全て叩き込んである。ついでに一緒に領地経営を学んでおけ」

「はい。判らない事などありましたら、是非お尋ね下さい」

 アルトがそう答える。なら是非頼らせて貰おう。

「ちなみに兵だが、早めに揃えておいた方が良い。訓練が必要であるし、何やら北部がきな臭いのでな。予想より早い参陣もあり得る」

 …戦争の可能性がある、という事か。できれば避けたいが、叙爵された以上は役目を全うしないといけない。…まだ自覚は薄いが。

「簡単な所は以上だな。先ずは領に戻り、今まで通りの活動を行なえば良い。…ミモザ様は如何なさいますか?」

「私はー、暫く王室書庫に籠りますよ~」

「そうですか、承知致しました。…スタウト殿達は?」

「急ぎの依頼もありませんし、ユート達と一緒に戻ります。ヴァイの実家には書簡で依頼しておきますので」

 ヴァイツェンさんの実家が何なんだろう。そんな考えが顔に出ていたのか、スタウトさんが俺を見て答える。

「僕の兵は、ヴァイの実家にお願いして面倒を見て貰っているんだ。今回の昇爵で人数を増やさないといけないからね、その連絡の話さ」

 ああ成程。スタウトさんも領地が無いから、兵の居場所をヴァイツェンさんの実家にお願いしているのか。ヴァイツェンさんの実家は騎士爵家だし、兵の訓練もやって貰っているのだろう。

 …そう言えばシェリーさんの実家でもあるのだけど、跡は継がないのだろうか。

 そんな事を考えつつ、明日の出発の為に今日は早く寝る事にした。


 そして翌日。伯爵の屋敷を出発する。行きと違い、ミモザさんが欠けた状態だ。アルトに聞いた限りでは、領の運営には当面支障は無いとの事だ。何か新たな魔導具が必要になった場合は、伯爵経由で連絡を取る手筈になっているそうだ。

「しっかし、一気に子爵とはなぁ。大出世だな、ユート!」

 ポーターさんが明るく言う。

「羨ましいなら、是非代わって下さいよ」

「勘弁してくれ。そういう堅苦しいのが嫌だから冒険者やってんだ俺は。それにこの国は差別の殆ど無い良い国だが、それでも獣人は貴族にはなれねぇ。其処だけには明確な線引きがあるんだよ」

 初耳だ。でも言われてみれば、式典の場に獣人は1人も居なかった。住民に獣人は居るが、人族中心の国家という事なのだろう。

「言い方からすると、差別されている国もあるんですか?」

「まあな。人族の奴隷より一段下に扱われる国もあるぜ。最悪なのは隣の正教国だ。あそこは人族至上主義だからな。神が獣人を獣と同等に造ったとか何とかで。教義ってやつでな」

「だから僕達も、正教国に絡む依頼は受けないんだ。仲間が嫌な思いをするのは避けたいからね」

 ポーターさんの言葉に、スタウトさんが付け加える。

 俺から見れば、獣人もエルフもドワーフも全部ひっくるめて人族なのだが。異世界も世知辛い物だ。

「だからこそ、この国はかなりマシなんだぜ。何せ普通なら、式典からは獣人は排除されるからな」

「ああ、成程。そう比較されると雲泥の差ですね」

「今更故郷に戻る気は無ぇからな。だから仲間の居る国が良い国なら、俺も手を貸してやるってもんだ」

「…うむ」

 ヴァイツェンさんの相槌は兎も角、ポーターさんも色々考えているようだ。俺ももうこの国の人間だし、せめて恥じないように生きよう。



 一方、女性陣の乗る馬車では。

「…という訳で、作戦は上手く行ったわ。ユートは叙爵され、私の領地に留まる口実も出来た。後は口説くのみよ」

「…実は其処が一番の難題」

 アルトの発言に、アンバーが一言付け加える。

「でも、姉妹で同じ人を好きになったのに、取り合うんじゃなくて結託するなんて。流石です」

 ベルジアンが率直な感想を漏らす。自分だったら考えられない、といった風だ。

「何を他人事のように。貴女は私や姉様よりも適齢期でしょう。今の所、スタウトさんに浮いた話は無いようだけど、油断大敵よ」

 アルトが容赦無くベルジアンに言う。アルトは表向きは言葉遣いも丁寧で控えめだが、実際は口調は砕けており、容赦も無い。恋愛を作戦で以て制しようと言う、強かな一面がある。

「…だって、仲間として長くやって来たんですよ。お2人とユートさんとの関係と違って、私は一歩を踏み出すのが大変なんです…」

 ベルジアンが弱弱しく言う。情けなさが思い切り表情に浮かんでいた。

「…確かにそうね。ならベルさんにも作戦が必要ね。姉様、近くで見てきた者の知見として、何かある?」

「…スタウトは、子供が好き」

 アンバーの発言に、ベルジアンが紅茶を吹き出す。

「…それは良い意味で?悪い意味で?」

「?」

「…判ってないわね。まあいいわ。良い意味と捉えましょう」

「あーびっくりした…。流石アンバーちゃん」

 アルトは佇まいを正すと、改めてアンバーに問う。

「…それで?」

「…子供を作れば良い」

 アンバーの発言に、ベルジアンが再度紅茶を吹き出す。

「其処に至る過程で難儀しているんでしょうが」

「あーびっくりした…。流石アンバーちゃん」

 思案顔になりながら、アルトが口を開く。

「でもそうね。もし本当に子供好きなら、誘い文句としては良いのかも。貴方との子供が欲しい、一緒になって育てたい、みたいなね」

「言葉の難易度が上がっただけの気がします…」

「大丈夫。ベルは可愛い。戦闘狂なのは愛嬌」

「…それって励ましてます?」


 …そんなこんなで、馬車は帰路を進んで行った。

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