第44話
野営を片付けた俺達は、8層、そして9層を無事に抜けた。
途中で一度魔物と遭遇したが、特に問題無く対処する事が出来た。
そして10層への階段を目前にして、スタウトさんが最終確認を行なう。
「相手は複数居る事が予想されます。なので最初に最大威力の魔法を放ち、数を減らした上で接近する。ベルは防護魔法を維持し、必要に応じて回復を頼むよ」
「今回は殴りに行けないんですね。残念です…」
「…アンバー、そしてミモザさんは、その後も遠距離で魔法攻撃を。もし相手が高威力の魔法を使うようでしたら、可能なら相殺を試みて下さい」
「…判った」
「任せて下さい~」
「ポーターは手薄な所を重点に弓で支援を。ヴァイとユートは僕と一緒に接近だ。相手が複数居たら弱い相手から倒して、数を減らす事」
「任せとけ」
「…うむ」
「了解です」
そして皆で10層へ降りる。其処は魔王城の20層に似ていた。偉い人の謁見用の部屋だったのだろうか。
其処には青紫の髪を後ろに撫で付け、タキシードを着た男が1人、佇んでいた。他には誰も居ないようだが、所要で不在なのか、隠れているのか。
スタウトさんが小声で話す。
「1人なのは好都合だけど、あれがクアールなのかが判らない。…僕が接触してみる。皆は隠れていてくれ」
そう言うと、スタウトさんが歩み出て男に近付く。
男はスタウトさんに気付き、口を開いた。
「おや…何者ですか?冒険者のようですが」
「僕の名はスタウト、察しの通り冒険者です。貴方は?」
「あぁ、その名前。確か勇者でしたか。となると、此処に来たのは偶然では無さそうだ。誰がヘマをしたのか…。あの無能貴族ですか?」
そう言うと、男は口を押さえて笑い始める。
「くっくっく…。私が1人で居るのが不思議ですか?実は元四天王が2人、協力を申し出てくれましてね。そのご厚意に甘え、部下共々頂きました」
「頂いた?…貴方は何を言っているのですか?」
「ええ実はね。前魔王…アイリッシュにも、他の四天王にも。私の能力は秘密にしておいたんですよ。その結果がほら、其処に」
そう言い男が指差す先には、限界まで干からびたミイラが複数体転がっていた。
「元四天王、そしてその部下と、私の部下です。…私の能力は、吸血により相手の魔素を丸ごと吸収する事。お陰で私は限界を超える事が出来た。感謝してもし足りませんね」
吸血という物言いや話の流れから、この男がクアールで間違い無さそうだ。しかし、魔素を吸収するという事は、存在力、レベルを吸収すると言う事だ。つまりは元四天王3人分以上のレベルをこの男は有している、という事か。
それに「限界」とは、精霊・竜族と同列のレベル2000の事では無いのか。だとすると最弱どころでは無い。
それにスタウトさんも気付いたのか、顔色を変え、思わず一歩後ずさる。
「ああ、逃がしませんよ。私の更なる糧になって頂きますから。…そちらの皆さんも一緒にね」
…気付かれている。奇襲が難しい以上、作戦通りに立ち回るしか無いか。
「では行きますよ。死んだら吸収出来ませんから、耐えて下さいね。轟雷風旋陣(ヴォルテック・ストーム)!」
「相殺を!!」
「「業火爆砕陣(インフェルノ・バースト)!」」
スタウトさんの叫びに合わせ、アンバーさんとミモザさんが魔法を放つ。
だが相殺し切れず、轟音と共に雷撃が辺り一面に降り注いだ。激痛が身体を突き抜ける。
魔法が得意だとの前情報だったが、最早桁違いだ。ならば作戦通り、接近戦に持ち込むしか無い。
俺とスタウトさん、ヴァイツェンさんが飛び出す。
「そう来ますよね。セオリー通りだ。だが近接戦闘はもう、私の弱点では無いのですよ!」
そう言うと、男の背中から赤黒い触手のようなものが複数飛び出す。そして俺達3人の攻撃をそれで受け止め、弾き返した。
「私の血を魔力で操る、吸血鬼の特殊能力です。この膨大な魔力量があれば、この通り。更には…」
触手の1本が振り抜かれ、ヴァイツェンさんの身体を薙ぐ。それは重鎧をも切り裂き、血が噴き出る。
「ぐっ…!」
ヴァイツェンさんの顔が苦痛に歪む。一撃で深手を負ったようだ。すかさずベルジアンさんが駆け寄る。
「この通り。新たな魔王として相応しい力ではありませんか?前魔王を倒した勇者パーティも物の数では無い。これなら仲間も、部下も不要でしょう?」
その隙を突いたポーターさんの矢も、あっさりと触手に弾かれた。
ヴァイツェンさんの回復の時間を稼ぐため、俺とスタウトさんが再度接近する。だが攻防一体の触手に翻弄され、躱すのが精一杯だ。
アンバーさんとミモザさんは、再度魔法を使われた時の相殺の為に待機している。そもそも近接戦の最中には魔法は連携し難い。
幾度目かの俺の攻撃が受け止められ、思い切り弾かれる。景色が急激に流れ去り、身体が後方に吹き飛ぶ。
まともに受け身を取れず地面を転がる。鈍痛が身体に纏わり付く。
視界の端ではスタウトさんが肩を斬られ、片膝を付いていた。
「くっくっく、前哨戦としては充分では無いですか。あの無能貴族に従うのも癪ですが、まずはあの村を滅ぼしますか」
俺はその言葉に愕然とする。その村は、アルトの居る村じゃないのか?無能貴族とやらがアスラド侯爵の事なら、話が繋がる。
…ならば俺のやる事は決まっている。アルトが襲撃された事件で、俺は悔いた。大事な人達を護る力があるのに、使わなかったからだ。もう後悔はしたくない。
俺は靴を脱ぎ、防具を外す。そして上着の袖とズボンの裾を捲る。
身体強化の魔力を最大にまで高める。そして俺を包む赤い光。
ベルトをきつく締め、カタナを構える。今の服装のままで竜人体で戦うには、こうするしか無いのだ。
「では、そろそろ完全に動きを止めさせて貰いますよ。轟雷風旋陣(ヴォルテック・ストーム)!」
「「業火爆砕陣(インフェルノ・バースト)!」」
1回目と同様に、アンバーさんとミモザさんが相殺を試みる。だがやはり相殺し切れない。雷雲が唸りを上げる。
「轟風竜巻陣(テンペスト・ストーム)!」
俺は即座に風魔法を放つ。竜巻が雷雲を吹き飛ばし、一瞬辺りが静寂に包まれる。
「…貴女は誰ですか?先程までは居ませんでしたよね?…まあ良いでしょう。3人掛かりでやっと相殺出来たようですが、それでは事態は打開出来ませんよ?」
俺はその言葉を無視し、一気に間合いを詰める。そしてカタナを一閃。その一撃を受け止めた触手が切り裂かれ、塵になって消える。
「なっ!?馬鹿な!何をした貴様!」
「問答無用。…全力でお前を、倒す」
俺は初めて、竜人体で全力を出す事にした
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