第39話
王都アーシュタルを出発して10日間。行きと同じ工程は何も問題は起こらず、無事村に戻る事が出来た。
村を見ると、柵の改修が大分進んでいる事が確認出来た。不在の間にも色々と進めてくれているようだ。
村に戻った俺とアルトは、早速執務室にてエストさんとミモザさんに王都での出来事を報告し、2人からも不在の間の出来事を説明して貰った。
経済政策と柵の改修は順調。不在の間の襲撃は無く、来客も特に無かったとの事。
問題となるのは、王都で情報を入手した魔族の動向だ。これについては、俺の方でアイリさんに後で確認しようと思う。場合によっては、魔王城をそのまま拠点にする可能性もあるのだ。
旅の疲れを考慮し、いつもより早めに執務は切り上げる事となった。俺も今日はのんびりさせて貰おう。
その日、夕食を食べ終えた私は、早速一番風呂に入らせて貰う。
髪と身体を洗い、湯船にゆっくり浸かる。長旅の疲れがお湯に溶けて行くようだ。
それにしても、面倒な事だ。直接お父様に手が出せないからとは言え、私に対し執拗に悪事を働くとは。貴族としての矜持が無いのかしら。
何処かで一区切り付けないと、ユートを依頼で縛り続けてしまう。それが気掛かりだ。
だが、それに相反する気持ちもある。このまま傍に居続けて欲しいという感情。
今更ながら、ユートの事情を聞いてから気付いている事がある。
姉様の気になっている相手が、ユートだと言う事を。
姉様は貴族の暮らしを嫌がり、魔法の習得に没頭した。そしてミモザ様に師事し、今では勇者パーティの一員だ。
そんな姉様の魔術士としての弟子が、ユートだと言う。育成支援の時に姉様から色々と話を聞いたが、あの姉様が恋する乙女のような表情を浮かべていた。色恋には疎いと思っていたのに、変わったものだ。
姉様が気になる相手。同じ人を私も気になっている。
今では気兼ね無く話の出来る相手。私の命を救ってくれた人。仕事の都合で女性の姿で居る事が殆どだが、見た目に囚われず、男性として見ている。
姉様と違い、私は思考に打算を織り交ぜてしまう。
もし新たな魔王が出現し、ユートが討伐し、王様から爵位を得たら。身分差が縮まるのでは無いか。そんな事まで考えてしまう。
本人は甲斐性が無いと言っていたが、いっその事姉様と私を一緒に貰ってくれないだろうか。一夫多妻は貴族では珍しくない。貴族で無くても一部には存在するらしい。
私は成人を迎えたばかり、身体の発育も同年代よりも未熟だ。だが姉様は普段の恰好からは判り難いが、中々に良い身体をしている。…取り合いになったら負けそうな気がする。
だから私が主導し、姉様を巻き込む。そんな2人とも悲しむ事が無い未来を、望んでも良いのでは無いか。
領主代行になった時に、将来は政略結婚をするのだろうと覚悟はした。だけどお父様は「結婚は自分で努力しろ」と言った。相手を見付ける努力、そして周囲に認めさせる努力。
領の運営は大事だが、これも大事。常に思考し、最適解を見付けなければ。
私は湯船の中で、そう決意した。
『あー、確かにマーテルに連絡があったみたいよ。魔族の復権に手を貸せ、なんて口説き文句で』
夜、俺は早速遠話石を使ってアイリさんに連絡を取っていた。そうして出て来た言葉がそれだった。
『名前はクアール。吸血鬼族で、四天王一の人族嫌い。思想が過激で、あたしも手を焼いたわ。結局他の四天王が勇者に敗けたのを見て、部下を連れて逃げたのよね』
『…そのような人ですので、丁重にお断りさせて頂きました。私はもう争いに加担する気は無いと』
アイリさんの言葉にマーテルさんが続く。どうやら王都で仕入れた情報はクロのようだ。
『勝手な言い分で申し訳無いけど、魔族をまた世界の敵にする訳には行かないわ。宣戦布告をされる前に決着を付けて欲しいの。スタウト達には、あたしから連絡しておく。ユートの居る村に行くように指示しておくわ』
「判りました。宜しくお願いします」
『ちなみに、拠点は暁の遺跡と呼ばれるダンジョンです。この魔王城からもそう離れておりません。詳しい場所を説明します』
そして俺はマーテルさんから詳しい場所を聞いた。この村からも近い場所だ。
『それじゃあ、あたし達は手を出す事が出来ないけど、お願いね』
「はい。任せて下さい」
最後、アイリさんの言葉に俺は頷きながら返す。
…問題があるとするなら、スタウトさん達に俺の竜人体の事を説明する必要がある、という所か。まあ今更でもあるが。
翌日。俺から皆にアイリさんから聞いた話を説明する。
「成程。懸念事項が確定事項に変わりましたか。エスト、ニーアと騎士団に連絡を。可能なら連携して対処します」
「畏まりました。…旦那様へは?」
「ニーアから話が行く筈だから、気にしないで」
アルトがすかさずエストさんに指示を出す。
「私もー、協力させて頂きますよ~」
ミモザさんも参加してくれる事になった。これで騎士団の協力も得られるなら、戦力としては充分だろう。
「師匠、勇者様達の合流は何時頃になりますか?」
「今朝連絡があって、5日後には来れるみたいだ。討伐を急ぐのなら、騎士団の到着を待たずに出発する事になるかな」
「騎士団には後詰めと事後処理、最悪の場合は代わりに討伐をお願いします。まあ、その最悪はあっては困るのですが」
「まあ『四天王の中でも最弱』という言葉を信じれば、大丈夫だとは思うけど」
今朝のやり取りで、アイリさんがそう言っていたのだ。
むしろ問題なのはダンジョンの構造だろう。魔王城よりも階層は浅く10階層までのようだが、内部は複雑に入り組んでいるらしい。
「後は水と食料の準備ぐらいですから、いつも通りの領の運営に戻りましょう」
アルトの言葉に皆が頷く。事前にやれる事は限られているのだ。
「師匠、午後の訓練もいつも通りにお願いします。不在の間に襲撃が無いとは限りませんので」
「判った。それじゃあ午前は執務の護衛だな」
こうして討伐準備を進めながらも、いつも通りの領の運営をして過ごしたのだった。
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