第37話

 騎士団の訓練場はかなりの広さで、既に数十人が集まり訓練を行なっていた。

 俺は迎えの人の後に付いて敷地に入って行き、奥に居た2人の前まで案内された。

 1人は身長190センチを超える筋肉質の身体、髭を生やした如何にも肉弾戦を得意としそうな重戦士の男性。そしてもう1人は、紫の髪をショートにした細身ながらも長身の女性。

「アルト=クリミル様の護衛、ユーナ様をご案内しました」

 迎えに来てくれた騎士団の人が2人に報告する。2人が頷くと、騎士団の人は集団に混ざって行った。

 残された俺に対し、男性の方が声を掛けた。

「ようこそ、王国騎士団へ。俺は第5騎士団長のボルドル。こっちは第1騎士団長のメイヤだ。リディウス捕縛に貢献した話は聞いてるぜ。宜しくな」

 そう言い手を差し出して来たので、握手する。手が物凄く大きい。

「メイヤ。紹介の通り、第1騎士団長をやっている。宜しく」

 同様に手を差し出して来たので、メイヤさんとも握手する。こっちは驚く程に手が綺麗だった。

「てな訳で、ただ訓練に参加して貰っても面白くねえからな。此処は模擬戦と行こうじゃねえか」

 シェリーさんに通ずるこのノリは伝統なのだろうか。早速、先程まで訓練していた騎士団の人が遠巻きに観戦準備をしている。

 これは相手をした方が話が早いタイプだろう。俺は大人しく訓練場の中央に立ち、ボルドルさんに相対する。

「決着は寸止め、判定はお互いですりゃ良い。厳しいと思ったら早めにギブアップしろよ。こっちは加減する気なんて無えからな」

 ボルドルさんはそう言い、背中のハルバードを構える。

「判りました。宜しくお願いします」

 俺もカタナを抜き、中段に構える。

「んじゃ、行くぜぇ!」

 そう言うなり、突進して来る巨体。身体に似合わず動きが素早い。

「うらぁっ!」

 全力で振り抜かれる一撃。真正面から受けると武器を破損しそうなので、回避に徹する。そのまま左右から何度も攻撃が繰り替えされる。その度に響く風切り音。

 ハルバードは威力も凄いが、攻撃範囲がかなり広い。こちらの間合いには入らせずに決着を付ける気のようだ。

 槍と斧を組み合わせたハルバードに、三倍段の理論が適用されるのかは判らないが、間合いを詰めないと回避だけで終わってしまう。踏み込み、受けるしか無い。

 覚悟を決め、タイミングを見計らう。…勢いを活かした方が良さそうだ。

 ボルドルさんの右からの一振りに合わせて間合いを詰め、ハルバードを左に弾く。今までより勢いの付いた振りにボルドルさんの体勢が少し崩れる。

 その隙に俺は突きを一閃、喉元で寸止めにする。

「…参った。お見事」

 ボルドルさんの降参の一言に、周囲の騎士団から歓声が飛ぶ。身内が負けたんだから残念がれよ、と思うのはおかしいのだろうか。それともボルドルさんは嫌われているのか?そんな感じは無いのだが。

「じゃあ次は私ね。宜しく」

 ボルドルさんと握手していると、メイヤさんが進み出て来た。やる気満々のようだ。

「判りました」

 そう言い、俺はまた中段に構える。

 メイヤさんは二刀流で、右手にロングソード、左手はレイピア…では無く、エストックのようだ。

「…行きます」

 その一言と共に、音も無くメイヤさんが間合いを詰めて来る。

 ロングソードで動きを誘導し、エストックで止めの突きをして来るスタイルのようだ。だが、身のこなしも剣の振りも早い。先程のボルドルさんとは雲泥の差だ。

 振り自体の威力はボルドルさん程では無いので、今度は回避と受けを半々にする。ロングソードの一撃を避け、避けた先に来るエストックの突きをカタナで受け流す。

 二刀流は扱いが難しいが、習熟すれば攻撃の間隔が短く、相手を追い込み易い。ならば敢えて相手の領域に踏み込むか。

 俺からもカタナで攻撃を繰り出す。連撃だ。防御一辺倒になったら、どういう対処をするのか。最早俺は、この模擬戦に没頭していた。

 それはメイヤさんも同じらしく、笑顔で俺の攻撃を躱し、受ける。

「ああ、先輩を思い出す。もっと、もっと激しく!」

 いつの間にか観戦している騎士団は皆静まり返り、俺とメイヤさんの剣戟と風切り音だけが響いていた。

 メイヤさんが同時突きを繰り出す。俺が躱すとエストックで右の肩口を押さえられ、左からロングソードが振り抜かれる。こういう使い方もあるのか。

 俺は左からの一撃をカタナで受け、そのまま剣先を跳ね上げる。同時に身体を沈み込ませ、エストックから逃れつつ空いた胴を薙ぐ。

 メイヤさんが弾かれたロングソードを上から振り下ろすが、俺はそれを避けるように横を走り抜ける。

「…私の負けね」

 またもや響く歓声。何度も言いたいが、君達はどっちの味方だ。

「凄いわね。私が模擬戦で負けたのは2人目よ」

 そうか。メイヤさんは第1騎士団長だから、騎士団の中で一番強いのか。そんな人に勝って良かったのだろうか。

「シェリー先輩みたいな動きをするのね。何か関係あるの?」

「一応、私にとって剣の師匠ですので。メイヤさんは騎士団なのでご存じなんですね」

「私が唯一負けたのがシェリー先輩だったの。正に最強だった。これで師弟に負けた事になるわね」

 そう言いながら握手を求めるメイヤさんは、晴れ晴れとしていた。騎士団内で最強で居続けるプレッシャーもあるのだろう。

 正直、元の姿ではボルドルさんとは良い勝負が出来そうだが、メイヤさんには敵わなそうだ。あの連撃に付いて行けないだろう。

「よし、今日はこのまま模擬戦だ!団内でランクを上げたい奴は手を挙げろ!」

 ボルドルさんの呼び掛けに、何人かが手を挙げる。本当に騎士団は実力主義のようだ。

「ユーナさん、折角だから見ていって。戦い毎にアドバイスを一言お願い。普段には無い視点が欲しいわ」

 メイヤさんにお願いされ、俺も模擬戦を観戦する事になった。そして戦いが終わる度に、未熟な点を指摘して行く。これはアルトの指導で慣れたものだ。ついでに剣の振りや身のこなしについてもアドバイスした。

 最後は第5騎士団の団長、ボルドルさんと副騎士団長との模擬戦。最終的にボルドルさんが勝ったが、良い勝負だった。副騎士団長は若いので、近いうちに騎士団長になるのでは無いだろうか。そう感じた。


 騎士団の食堂で食事も頂き、伯爵の屋敷に戻った頃には夕方になっていた。

「お疲れ。どうだった?」

 屋敷に入るとアルトが出迎えてくれた。

「楽しかったよ。それに良い経験も出来た」

 特にメイヤさんとの模擬戦は色々学ばせて貰った。

「なら良かった。ちなみに明日は予定を空けといてね。お茶会に護衛として付いて来て貰うから」

「…この恰好でOK?」

「良い訳無いじゃない。この間のドレスで行くわよ」

「えー」

「えー、じゃない。これ何度目よ。貴族の社交場に普段着で行ったら、逆に恥をかくわよ」


 またもやあの恰好をしなくてはならないとは。これも護衛であるが故の悲哀か。

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