第36話

 リディウスは俺の手を振り解き、距離を空ける。

 恐らく素手で倒す事自体は問題無いが、その際に周囲の人を巻き込む可能性がある。それだけは避けなければならない。

 衛兵や騎士団も、俺との1対1になった事で手を出し難い様子だ。

 俺は周囲の人に聞こえるように叫んだ。

「周りの人達は壁際に避けて下さい!」

「随分と余裕だなぁっ!」

 そんな俺の声に被せるように、リディウスが叫び間合いを詰める。

 仕方が無いので、避難が完了するまで回避に徹する事にする。既に靴は脱いだが、ドレス姿だと剣を躱したつもりでもドレスが切られそうになる。なので身体の動きに追い着かないドレスは手で引っ張りながら躱し続ける。

 左右の剣から繰り出される連撃。かなりの実力だ。やはり俺が倒したのは影武者だったようだ。

「おお…、不謹慎だが、まるで踊っているかのようだ」

「ああ。何と美しい…」

 避難した人達が何かを言っている。

 それにしても、身動きが取り難い状態での回避というのも、訓練に取り入れたら有効なのではないだろうか。それとも、回避の動きが大きくなる癖が付いてしまうだろうか。

 などと考えていると、大分周辺の人の避難が終わったようだ。

 俺は目の前に居るリディウスの更に先、騎士団の人に声を掛ける。

「盾を構えて!!」

 俺の声が届いたらしく、騎士団の人が盾を前方に構えた。

 俺はリディウスの上段からの連撃を左に躱し、腹部を思い切り殴った。

「ぐほぇあっ!」

 リディウスの肺から絞り出される悲鳴。そのまま勢い良く後方に吹き飛ぶ。

 騎士団の人は意図を理解し、リディウスの身体を盾で受け止める。

「今です!捕縛を!!」

 俺の声に従い、衛兵と騎士団が殺到し、リディウスを捕えた。リディウスは既に昏倒しており、逃げる気配は無い。

 俺はほっと一息つくと、直ぐに伯爵の元へ行き、膝を付いた。

「暗殺ギルド『死の足音』の頭目、リディウスの捕縛を完了しました。狙いはアルト様では無く、私に対する怨恨でした。お騒がせし、申し訳ありません」

「構わぬ。アルトから狙いを逸らした時点で護衛としての役割を果たし、更に見事倒して見せた。何も責める所など無い」

「寛大なご判断、感謝致します」

 俺はそう言い、首を垂れる。このひと騒動を収める為の演出だ。

 伯爵は皆に向かい、声を挙げた。

「皆様、賊は無事退治・捕縛されました。安心して引き続きお食事・ご歓談をお楽しみ下さい」

 すると、ざわついていた参加者も徐々に元に戻って行った。

「お疲れ様。綺麗だったわ」

 アルトが俺に声を掛けて来る。

「…それは誉め言葉か?」

「褒めてるわ。元の姿なら格好良かった、になるもの」

 その後、何故か俺に沢山の人が話し掛けて来た。しかもあからさまに引き抜きをして来る。

 俺はその度に「私はアルト様の護衛です。この立場を変えるつもりはありません」と答えておいた。実際には依頼完了までの話なのだが、それを言うと面倒そうだったのだ。


 そしてパーティが終わり来場者の見送りも完了した。

 俺はドレス姿のまま、残った食事を堪能していた。其処にはアルトと伯爵に加え、護衛と騎士団の人も折角なので参加して貰った。

 食材が良いのか調理法が良いのか、料理はとても美味かった。ワインも中々良い物らしく、口当たりが良く癖も無い。

 そのように満喫している俺に、伯爵が話し掛けて来た。

「リディウスとやらの実力は、噂通りであったか?」

「…噂では冒険者のS級に匹敵するとの話でしたが、恐らくA~B級程度でしょう。但し対人の実戦経験は豊富らしく、その剣技は見事でした」

「そうか。これで『死の足音』は壊滅したと見て良いか?」

「残党は残っているかも知れませんが、今回は頭目が単独で襲撃して来ました。今後は良くて音沙汰無し、悪くても単発でしょう」

「…判った。リディウスを捕えた件を含め、報酬を出す」

「有難う御座います」

 俺は素直に礼を言う。下手に遠慮しても、貴族としての立場もあるだろう。

「それにしても、素晴らしい身のこなしでしたな。何方かに師事を?」

 今回一番活躍してくれた騎士団の人が話し掛けて来る。兜を外した素顔は、短い金髪の美丈夫だった。

「もしかしたらご存じかも知れませんが、シェリーさんに師事しておりました」

「団長に!?…いえ、元団長に、ですか!?ならばあの実力も納得です!」

 どうやら現役時代のシェリーさんを知っているらしい。

「騎士団に居た時のシェリー様は、それはもうお強く、戦女神の異名と共にその名を轟かせていました。ですが騎士団長になった途端にあっさり辞められ、沢山の者が惜しみました」

 戦女神とは。今の私生活ぶりからは想像出来ないが、その強さと美しさに沢山のファンが居たのだろう。今度からかってみようか。

「そうだ。それだけの実力がおありでしたら、我らが騎士団の訓練にご参加頂けませんか?我らとしても良い発奮材料になりますので」

 騎士団からの誘いを無碍にするのは如何なものか。俺が目線をアルトと伯爵の方に向けると、2人とも頷いて見せた。

「それでは、是非参加させて頂きます。日時をお教え下さいますか?」

「おお、それは有難い!では明日の午前、迎えの者を伺わせますので!」

 こうして明日、俺は騎士団の訓練に参加する事になった。


 そして翌日。俺はいつも通りの恰好で腰にはカタナを差し、準備をしておいた。すると騎士団の迎えの人がやって来た。

「では騎士団の訓練場へ案内します。後に付いて来て下さい」

 どうやら移動は馬車では無く徒歩のようだ。

 折角なので、道中で騎士団について色々聞いておく。基本的にはシェリーさんから以前に聞いた通りだが、第1~第8のうち、女性の騎士団長は2人だと言う。更には一番強いと言う第1騎士団長が、その2人のうち1人の女性だそうだ。

 騎士団の一番の仕事は王家を護る事。各団員が常にローテーションで城に常駐しているそうだ。

 また一般団員の装備は基本的に統一されているが、副騎士団長以上になると装備を自由に選べるようになるらしい。


 そんな事を話している間に、騎士団の訓練場に到着した。

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