第35話

「はあー、ドレスかぁ…」

 王都は王城のある内側から1層、2層と呼ぶらしく、その2層にある服飾店にて俺は溜息をついた。

「もう諦めなさい。折角ドレスの映えるスタイルなんだから、楽しまないと」

「女性が男装するのと、男性が女装するのとでは精神的ダメージが違うんだ…」

 アルトの発言に俺は一言返す。護衛という役割がある以上、今更断る事も出来ないのだが、愚痴は言いたいのだ。

「見た目は女性が女装するんだから、大丈夫よ」

 アルトが付け加える。そういう問題では無いのだが。

 それにしても。

「ドレスってのは、どれも胸元が開いているんだけど。これが普通?」

「そうね。肩と胸元を見せるのが主流よ。社交の場は婚活の場でもあるし」

 …婚活パーティか。そう考えると、中年寄りの人ばかり集まってしまうイメージがあるが、まあ違うのだろう。

「ドレスだと帯剣出来ないんだけど、素手で護衛を?」

「念のためよ。警備の主体は私の連れて来た兵と、騎士団からの応援がやるわ」

 騎士団。シェリーさんの元職場か。あの実力を目の当たりにした身としては、護衛として役立ちそうに思える。

「じゃあ、次はこの淡い青のドレスを着てみて」

「…楽しいか?」

「楽しいわ。着せ甲斐があるわね」

 実際の着替えはお店の女性がやってくれているので、俺は待つだけだ。それも結構恥ずかしいのだが。

 着替え終わり、店員の指示により姿見の前で一回転してみる。

「やっぱり淡い色の方が良いわね。赤い髪が映えるわ。それにしましょ」

 アルトがそう決断する。これで着せ替え人形になるのも終わりなので一安心だ。

「ちなみに、当日は髪型もセットするし、お化粧もするわ。忘れないでね」

「えー」

「えー、じゃない。私の晴れの舞台なんだから、協力しなさい」

 今でも女性の姿に大分慣れてしまっているのに、何処かのラインを超えてしまうと帰って来れない予感がする。趣味は女装です、何てのは勘弁だ。

 そうやって服が決まると、次は靴とアクセサリだった。もう一切合切を任せてしまいたい。靴は色合いで直ぐに決まったが、ネックレスと髪飾りは時間が掛かった。とは言っても、結局悩んでいたのはアルトなのだが。

 買い物が終わり、伯爵の屋敷に戻って来たのは夕方だった。

 俺は宛がわれている部屋に戻り、布団に倒れ込む。今日は本当に疲れた。だが明日、本番の方がきっと疲れるのだろう。俺はそう予想していた。

 そして、予想は的中する事になる。


 アルトの誕生会当日。会場はこの伯爵の屋敷のロビーだ。来客は身分を考え、同等以下の爵位の懇意な貴族、それに大手の御用商会などだ。

 俺は準備室となった部屋で、化粧と髪のセットを受けている。隣にはアルトが居る。

 男の身で化粧をされるのは抵抗がある。地球では若者の中には男でも化粧をするらしいが、その気持ちは判らない。

 髪もずっと、ただ洗うだけで梳かす事もしていなかったので、美容師さんは大分苦戦している。櫛が通り難いのだ。まあ任せよう。

 隣のアルトを見ると、ドレスを着て化粧をされた姿は大分大人っぽく見えた。今日の主役という事もあるが、今までそういう目で見た事が無かったので、少し心臓が跳ねる。

 唯一、胸が残念だが、其処には触れないでおこう。

「…邪念を感じた気がする」

「何だいきなり。気のせい気のせい」

 とかアルトと話している間に、俺の準備も終わったようだ。姿見を見ると、まるで知らない女性が居るように見えた。

「流石、私が選んだだけはあるわね。素材も良かったのだけど」

 褒められているのだろうが、流石に喜べない。とりあえず変で無ければ別に良い。

「じゃあ、私の後に付いて来て、扉を抜けたら待機してて」

「了解」

 俺はアルトに答え、後に続く。

 扉を抜け、ロビーの2階に出る。俺は扉の前で待機、アルトはそのまま進み、階段の踊り場まで行く。其処には伯爵が待機していた。

「本日は我が娘、アルトの誕生会に参加頂き、感謝申し上げる。アルトも本日で15歳となり、成人を迎えた。既に他領にて代行を行なっている身ではあるが、今後とも宜しく頼む。…では、アルトよ」

 伯爵の言葉に続き、アルトが一歩前に出て、口を開く。

「はい。皆様、この不肖アルト=クリミル、今日この日より成人を迎える事が出来ました。皆様に感謝の意を込め、パーティを開かせて頂きます。本日は是非お楽しみ下さい」

 会場に響く拍手。見渡すと男女比はだいたい同等、年齢も10代~20代が中心だ。立食形式で、庭も開放されている。

 まずは対面での祝いの言葉を来客者が述べるようで、階段に列が出来る。恐らくまずは貴族、それも爵位により順番が決まっているのだろう。

 俺はあくまで護衛なので、アルトに近付く人が怪しい動きをしないか監視する。もしもの時はドレス姿で動きが阻害されないかが心配だ。靴もヒールが高いので歩き難い。最悪の場合は靴は脱ごう。

 その後、結局滞り無く挨拶は終わり、食事と談話に移る。アルトに手招きされたので、俺は後に続く。

 食事に毒は入っていない、と皆に伝える意味も込め、主賓がまず食事を頂く習わしだそうだ。俺はアルトの後ろに控え、気配感知も展開しておく。

 玄関にアルトの兵が外側に2名、内側に2名、白い鎧を身に付けた騎士団員が1階の壁際に4名、2階に2名配置されている。見る限り、騎士団はアルトの兵よりも強そうだ。

 料理は豪華で、中央にはデザートも盛り付けられている。ワインや紅茶もあり、各々が思い思いに楽しんでいるようだ。

 一応、パーティが終わった後に残り物を食べて良いと言われているので、今は食べるのを我慢する。食事に夢中で目的を忘れては元も子もない。

 暫く順調にパーティが進み、酔っ払う人も出て来た頃、1人の男がアルトに近付いて来た。靡く長髪に整った顔立ち。中々の色男だ。

 と思いきや、その男はアルトの横を通り過ぎ、俺に向かって来る。

 俺の前まで来ると、男は礼の姿勢を取り、言った。

「赤い髪が美しいお嬢様。お名前をお伺いしても宜しいでしょうか」

 これは何だ。ナンパか?だが無視するのも良く無さそうなので、俺は言葉を返す。

「初めまして。私はユーナと申します。アルト様の護衛として参加させて頂いております。お見知りおき下さい」

 他の人達の挨拶を真似て、スカートの端を持ち上げる。これで合っているだろうか、ちょっと不安になる。

 すると男の目付きが変わる。同時に俺に向けられる殺気。

「ユーナ様、ですか。そう言えば申し遅れました。私はリディウスと申します」

 リディウス。聞いた名だ。暗殺ギルド『死の足音』の頭目。

「…私の事はお見知りおかなくて、結構!!」

 男の両手が素早く動く。何処に隠しておいたのか、振り下ろされる2本の片刃剣。

 だが。

「…なっ!?」


 俺は即座に間合いを詰め、リディウスの両手を掴んでいた。

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