第34話
村を出発してから5日目。
両側に切り立った断崖の間を通る山道。其処を通過中に前方に人が数人現れた。身なりからして、恐らくは夜盗の類だと思われる。
警戒の為に俺も馬車を降りる。すると護衛の兵が俺の横を抜け、夜盗に向かって行った。きちんと訓練された正規兵なので、戦力としては充分だろう。
危うくなったら参戦するつもりで様子を見ていると、後方から鞘引きの音が響く。振り向くと、そちらからも夜盗が向かって来ていた。人数は5人。
馬車に近付かれると面倒なので、俺の方から一気に距離を詰める。
いきなり目の前に現れた俺に驚く男。そいつに向け一閃。敢えて首を刎ねて戦意を削ぐ。狙い通り残りの4人の足が止まる。
後方の2人が同時に矢を放つ。流れ弾が御者や馬に向かっては困るので、カタナで叩き落す。
そのまま前衛の1人に上段、身体を両断する。そして返す刃でもう1人の胴を薙ぐ。
後衛のうち1人は怯えながらも矢を番え、もう1人は逃走を図る。
俺は矢を番えた方に向かい、矢を放つ前に胸を突く。そして後ろを見て目撃者が居ない事を確認し、魔法を唱えた。
「風旋斬(ウィンド・カッター)」
風の刃が逃げる男の首と脇腹を切り裂く。
剣戟の音がもう聞こえて来ないので、前方の戦いも片が付いたのだろう。俺は夜盗の死体を拾い、邪魔にならないよう道端に集める。
すると、1人の男の装備が目に付いた。最初に倒した男だ。速攻の為に気にしていなかったが、その手に持つのは片刃の直剣が2本。この特徴的な装備は『死の足音』の物の筈。残党が口車で夜盗を嗾けたのか、たまたま同じ装備を持っていたのか。
念のため、前方の敵の装備も確認させて貰ったが、片刃剣を持つ者は居なかった。判断に迷うが、警戒はしておくべきだろう。
俺は馬車に戻り、アルトに報告する。
「夜盗は合わせて10名、護衛と私とで撃退完了した。生き残りは居ない」
「そう。襲撃の意図は?」
「見る限り単純に金目当てっぽいが、1人だけ『死の足音』と同じ装備を持っていた。残党が嗾けた可能性もある」
「…判ったわ。片付いたのなら出発しましょう」
アルトのその言葉に従い、馬車が走り出す。
思案顔を続けていたアルトが口を開く。
「組織が壊滅していない可能性は?」
「…頭目が想像以上に弱かった。いきなり初対面の人間との交渉にも顔を見せたし、影武者の可能性はある」
「成程ね。暫くは警戒するしか無さそうね。受け身しか選択肢が無いのは面倒だけど」
「攻めに転じようにも、もし健在なら確実に拠点の場所を変えているしなぁ…」
「まあいいわ。お疲れ様」
アルトの一言でその話は終わった。
そして更に5日が経過した。
目的地である王都が眼前に広がっていた。他の都市と比べても数倍の大きさだ。
王都アーシュタル。王家の家名が付けられたその都市は、王城を中心に円状に造成され、都市の拡大の度に城壁を増やしていった事から、現在では4つの城壁が都市を形作っている。
「目的地は一番内側、王家と貴族の居住区よ」
外を眺める俺に、アルトが声を掛けて来る。
「田舎者に見えるから、あまり外を見てはしゃがないでね」
「そうは言われても、実際田舎者だしなぁ」
王都を見るのは初めてなのだ。仕方ないだろう。
そして馬車は王都の一番外側の城壁、其処にある門に辿り着いた。
徒歩・馬車を含め、入場待ちの列が結構並んでいる。暫く掛かりそうだ。
そう思っていると、御者が何かを手にして門前の衛兵の所へ向かう。
俺は気になったのでアルトに聞く。
「あれは何をしに?」
「貴族は優先的に入れるの。その手続きで家紋を見せに行っているのよ」
そう話をしている間に御者が戻って来て、馬車を門に向かわせる。通行許可が下りたようだ。
門を潜ると、其処は他の街と似たような建物が並ぶ。この辺りはあまり変わらないようだ。中心に近付くにつれ、地価も上がっていくのだろう。
そうして同様に第2・第3の門も抜け、城が見下ろす第4の門に到着した。
此処は今までよりも厳重であるらしく、アルトが直接衛兵の所に行った。身元確認まで行なっているのだろう。
アルトが戻って来たので、第4の門を潜る。
其処には高級そうな屋敷が沢山立ち並んでいた。真っ直ぐに伸びる道の先には城門。アルトとの縁が無ければ一生来られなかった場所だろう。
馬車は十字路を折れ、奥の屋敷へと進んで行く。正面に見えるのがクリミル伯爵の屋敷なのだろう。
馬車が門前に止まり、俺達と衛兵が降りる。衛兵はそのまま併設する兵舎に行き、俺とアルトが残された。
「じゃあ、お父様にご挨拶に行くわ。付いて来て」
アルトの案内に従い、俺は後を追う。
屋敷の中は中々に美しかった。調度品も豪華過ぎず、嫌味な感じがしない。適度にアンティークな物が並べられ、良い雰囲気を醸し出している。
正面の階段を上り、右手の方向へ。兵が2名常駐する扉の前に行く。
「カルヴァドス=クリミルが三女、アルト=クリミルが参りました」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
兵はそう言い、ノックの後に扉を少し開け、中の者に声掛けをする。
そして扉が大きく開かれ、兵から「どうぞ」と言われ、アルトが中に入る。俺も遅れないように後に続いた。
部屋の正面に腰掛けるのは、スマートな中年男性だ。緑色の髪をオールバックにしたその姿は、紳士という言葉が相応しかった。
「お父様、お久しぶりです」
「アルトよ、久しぶりだな。健勝そうで何よりだ。…隣の者が?」
「はい。襲撃者を撃退して下さいました、ユーナ様です」
いきなり名前が出たので、所在無く頭だけ下げておく。貴族の作法は流石に判らない。
伯爵は立ち上がると俺の前まで来て、手を差し出して来た。
「ユーナ殿。娘の命を救って貰い、感謝する」
俺は手を握り返し、「いえ、こちらこそ」と返す。握られた手はがっしりしており、鍛えている感じがした。
伯爵は手を放し、話を続ける。
「では、ユーナ殿もアルトの誕生会に護衛として参加願う。ドレスはこちらで用意するので、安心したまえ」
「え?誕生会?ドレス?」
何の話だ?俺が一頻り困惑していると。
隣のアルトが、してやったり、という不敵な笑みを浮かべていた。
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