第33話
ある日の午前中の執務にて。
「師匠って、元の姿だとどの位の強さなの?」
2人きりなのでいつも通り、アルトがフランクに話し掛けて来る。
「さあ…。比較対象が無いので何とも。そう言えば、今のレベルも把握してないなぁ」
レベルを把握したのは、バランタインさんとの訓練の途中に一度だけ。レベルよりも立ち回りを身に付ける事を優先していたのだ。
「一応冒険者ギルドの試験には合格してるから、C級冒険者、とか?」
「今の姿は人外だってのはミモザから聞いてるけど、元の姿ははっきりしないわね。折角だし、一度確認してみましょ。午後の訓練は元の姿で来てね」
今の姿にすっかり慣れてしまっているのも問題だが、確かに元の姿で今どれだけ戦えるのかは俺も確認しておきたい。なのでその提案に乗る事にした。
午後の訓練の時間。俺は元の姿でやって来た。
アルトが早速提案する。
「まずはレベルを確認してみましょう。ミモザ様、お願いします」
「はーい。では、じっとしていて下さいね~」
ミモザさんはそう言い、俺の額に手を翳す。
「んー、レベル693。ある程度予想はしてましたが、凄いですねー」
比較対象が無いので良く判らないが、凄いらしい。
「やっぱり、超高濃度の魔力による身体強化の影響が大きいのでしょうねー。あれを毎日ずっと続けてれば、どんどん魔素を取り込んで行きますよね~」
「私はレベル81ですから、物凄い差ですね。エストは?」
「以前に確認した時でレベル265でした。私も今は可能な限り身体強化を継続しておりますので、少しは変化があるかも知れませんが」
「エストの倍以上ですか。それは凄いですね。ちなみにミモザ様は?」
「レベル821ですー。じきに追い越されちゃいそうですね~」
おお、流石はアンバーさんの師匠、高レベルのようだ。
そこで1つ気になったので、俺は訪ねてみる。
「ちなみに、ある程度のレベルの基準ってあるんですか?」
「冒険者ランクでー、A級はレベル500以上、S級は600以上、みたいな目安はありますよー。実際には経験や技能が無ければ役立たずですけど~」
ミモザさんが答えてくれた。成程、スタウトさん達はレベル600以上と見て良さそうだ。
「では師匠、今日はその姿で手合わせをお願いします」
「了解です。では掛かって来て下さい」
俺とアルト、お互いがカタナを構える。竜人体の時よりも弱くなっているのは確かなので、慎重に受ける。
数合打ち合った結果、普段通りに受けられる事が判った。力量差があるからなのだろうが。これが相手がエストさんだと、苦戦するのでは無いだろうか。
注意するのは、竜人体にならないように身体強化の魔力を抑える事位か。
そして数十合の打ち合いの後、特に隙の大きかった振りをアルトに繰り返させる。
その間に、ミモザさんが近くに来て、話し掛けて来た。
「折角なのでー、竜人体でのレベルも測らせて貰えませんか~?」
…仕方ない。服がブカブカになるが、手で押さえていれば一応大丈夫だろう。
俺は身体強化の魔力を大幅に増やす。すると身体が赤く光り、竜人体になった。
早速とばかりに、ミモザさんが俺の額に手を翳す。
「おおー。レベル3286ですかー。恐らく元の姿だけでなく、この竜人体も身体強化の影響で成長しているみたいですね~」
俺は驚いた。竜人体とは言え成体では無いので、2000をちょっと超えてる程度だと思っていた。これは確かに人外の領域だ。
俺は竜人体を解き、元の姿に戻る。
たまにはこの姿での訓練も、しておいた方が良いかも知れない。竜人体にばかり慣れるのも危険な気がする。
そして訓練後の午後の執務。俺は竜人体になり、着替えて参加する。
俺が『死の足音』の拠点から持ち帰った金貨は、お土産代を差し引いた分を領の運営資金として提供した。これにより、前倒しで村を囲う柵の改修工事を行なう事となった。
人員は村の者数名と、新たに奴隷を入手して対応する。肉体労働専門なので、工事が終わったら衛兵にする予定だ。
別の案件として、アルトが手紙を取り出す。
「お父様より手紙を頂きました。先日の襲撃の件で、ユーナ様に直接お礼が言いたいそうです。無事の報告も兼ねて私も同行しますので、ご一緒願います」
「判りました。何時頃出発されますか?」
「不在の間の段取りもありますので、明後日に出発致します。馬車と食料は手配済みですので、着替え等の他の荷物をご準備下さい」
クリミル伯爵との面会か。アルトとアンバーさんのお父さん。どんな人か予想が付かないが、侯爵家に目を付けられる程度にはやり手なのだろう。
そして2日後、俺とアルトは王都に向け出発した。俺とアルトで1台、護衛として兵4名で1台、計2台の馬車で進む。
目的地が王都なのは、今現在クリミル伯爵は王都で執務を行なっているからだ。本領は部下達で運営しているらしい。
馬車は流石貴族という感じの豪奢な造りで、乗合馬車とは乗り心地が違う。これは中々快適だ。
景色を眺めながらそんな事を考えていると、アルトが話し掛けて来た。
「ねえ、襲撃ってあるかしら?」
御者の席とは壁で仕切られているので、アルトは執務時と同様の話し方だ。
「別の似たような組織が未だあるなら、可能性はあるかな。それよりも夜盗や魔物の襲撃の方が可能性は大きそうだけど」
俺は正直に答える。アスラド侯爵が今回の件を知っているかどうかが判らないが、もし知っていればチャンスと捉えるだろう。
「まあどっちにしろ、私は足手纏いになりそうだから馬車に籠ってるわ。対処は任せるから、宜しくね」
「はいはい、了解です」
魔物なら戦いたい、と言い出さないだけマシか。
その日の夜、馬車は街道を少し外れ、野営を行なう。
俺は兵4名と一緒に野営の見張りを行なう。俺は1人、兵は2人1組の計3グループで対応する。兵達が気を使ってくれ、俺が最初の見張りになった。
俺が1人で焚火の前で見張りをしていると、馬車の扉を開く音が聞こえた。
見ると、アルトが毛布を羽織った姿で外に出て来ていた。
「異常は無い?」
「ええ。今の所は」
そう答えると、アルトは少し顔を背けて言う。
「ちょっと…、あっち行って来るから。気にしないで」
「ん?付いて行こうか?」
「いや駄目だから。付いて来ちゃ駄目だから」
アルトは焦りながら、そそくさと離れた木陰に向かう。
…ああ、トイレか。そりゃ言い難いな。
アルトが戻って来た時、お互い気まずく、一言も交わさなかった。
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