第32話
目の前のリディウスの眼つきが変わる。
「…その依頼は受けられませんな。何が目的だ?」
「暗殺ギルド『死の足音』の壊滅。2度目は無いと示す為」
俺はそう答える。このルートでの暗殺の流れは絶っておきたいのだ。
「その娘を取り押さえろ」
リディウスが俺の後ろに居る仲間2人に指示を出す。たかが女1人、と侮っている隙に俺はカタナを抜き、正面を向いたまま背後を横薙ぎにする。
上半身と下半身が別々になった男が2人、その場に倒れる。
俺はカタナをリディウスに向け、言う。
「戦って死ぬか、戦わずに死ぬか。選べ」
俺の言葉に憤慨したのか、リディウスは背後から剣を2本抜く。刺客と同じ片刃剣だ。
そして壁のボタンを叩く。遠くで鐘の鳴る音が聞こえる。合図か。
「直ぐに俺の仲間が此処にやって来る!貴様はもう終わりだ!!」
リディウスはそう叫ぶが、俺には向かって来ない。仲間が来るまで待っているのか。
挟み撃ちは面倒なので、先にリディウスを倒す事にする。
俺は立ち上がりざま、目の前のテーブルを蹴り飛ばす。
リディウスは躱すと思っていたのだが、テーブルがそのまま足に直撃し、苦悶の表情を浮かべる。
此処で思う。リディウスは噂程に強く無いのではないか。
俺は判り易くカタナを振り上げ、思い切り振り下ろす。
リディウスは両手の剣で必死に受けるが、その剣諸共に頭部を真っ二つにした。
背後が騒がしくなって来る。仲間が集まって来ているのだろう。
俺は入って来た扉を開け、口から魔法を放つ。
「火炎爆砕(フレア・バースト)」
そして急いで扉を閉める。直後、建物に響く爆発音。
再度扉を開けると、前方に居た十数人が黒焦げになっていた。
俺はそのまま素早く駆け寄り、無事な者を前から順に切り裂いて行く。
廊下では多くても数人しか俺に襲い掛かれない。俺は向けられる攻撃を全て避け、一振りで倒して行く。
階段まで辿り着いた時、廊下は死体の山になっていた。
俺は廊下を戻り、先程の部屋に入る。そしてリディウスが入って来た扉を開けた。
其処は更に豪奢な部屋だった。リディウスの私室なのだろう。
此処にある物を全て奪えば、資金難で組織の復活は潰えるだろう。だが物理的に無理なので、手間賃として金貨を幾らか貰って行く。組織を纏める者が居なければ、復活も当分先になるだろう。
俺はそのまま建物を出た。外の入口の2人には呼び出しの鐘は聞こえていなかったらしく、同じ位置に立っていた。
外で騒ぎを起こすのは本意では無いので、俺はそのまま素通りする。惨状に気付いた後、復讐として俺を狙う可能性はあるが、アルトが狙われるよりはマシだ。
俺はそのまま何事も無く宿屋に到着し、眠りに付いた。
翌日。既に目的は達したので帰る準備をする。臨時収入もあったので、帰りも乗合馬車を使う事にしよう。
街中を歩くが、特に『死の足音』についての話は聞こえて来ない。昨日の今日だし、組織としては事実を隠蔽する方向に動くだろう。
馬車が出発し、道程をトラブル無く進んで行く。行きで出会ったような強い魔物は見掛けず、終始平和だった。
デルムの街に戻った俺は、またシェリーさんの家で一泊した。
そして翌日、俺は冒険者ギルドに行き、フィーリンさんを呼んで貰う。
応接室に案内され対面したフィーリンさんに、依頼の途中経過を伝える。城塞都市ドルムントでの件も隠さずに伝えた。
「…そうですか。アルト様がご無事なのは安心しましたが…。貴方につきましては、シェリー様よりお強いとのお話も納得です。普通はそんな無茶しませんよ」
「いや、後顧の憂いを絶とうと」
「良いですよ。犯罪組織が消える分には私共も困りませんから」
そう言うフィーリンさんは、良い笑顔だった。
デルムの街を出て、いつも通り徒歩で帰る。
宿場で一泊し、村に戻ったのは日暮れ時だった。
戻った俺は、夕食の席でアルト、エストさん、ミモザさんに出来事を一通り説明する。
話を聞き終えると、アルトが口を開いた。
「やはりアスラド侯爵でしたか。予想通りとは言え、面倒ですね」
アスラド侯爵家はクリミル伯爵家よりも上位だし、派閥も違う。政治的な解決は難しそうだ。この領で目覚ましい結果を出すしか無いだろう。
そうだ、と俺は思い出し、皆にお土産を渡す。
エストさんには紅茶の茶葉。ミモザさんには魔導具を幾つか。
そしてアルトには、ミスリル製のカタナを渡す。襲撃の際の反省を活かし、レイピアでは無くカタナを持たせる事にした。ミスリルなら儀礼用としても問題無いだろう。
「…有難う御座います。大事にします」
アルトはそう言い、カタナを胸に抱く。俺が女性向きのお土産が思い付かなかった、というのは内緒だ。
「ではー、彼の処置はどうしますか~?」
ミモザさんの言う彼とは、刺客の生き残りのゲールの事だろう。
俺は率直な意見を言う。
「私は放逐して問題無いと思います。仮に戻っても組織は機能していませんし、律儀に敵討ちを誓うタイプでも無いでしょう」
「そうですね。私も構いません。死刑にしても見せしめの効果は薄いでしょうし」
アルトが続いて言った。それを受けてミモザさんが答える。
「はーい。それじゃあ彼は放逐でー。せめて路銀は渡しましょ~」
こうして、ゲールの処置も決定した。刺客の件は一段落という所か。
「ユーナ様は、申し訳ありませんが明日から虹糸造りの再開をお願いします。新たな事に着手するには、やはり元手が必要ですので」
「承知しました。では明日の午前はアラクネ狩りに行かせて頂きます」
アルトの指示に俺が答える。
こうして、俺の日常が戻って来たのだった。
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