第31話

 城塞都市ドルムントに到着した俺達は、まず冒険者ギルドへと向かった。素材の売却ついでに、この都市の近くでグリムタイガーが出現した事を報告する為だ。また俺は、『死の足音』の人間が手配されていないか壁を見渡すが、特にそういった情報は無かった。

 折角なので冒険者ギルドの受付でも聞いてみるが、その存在は噂されているものの、表舞台に出て来るものでも無いので、噂止まりらしい。

 そこで彼ら『穿つ瞬光』パーティと別れる。良い人達だったので、パーティ名はしっかり覚えておこう。

 こうなると、ゲーム的には次は酒場か情報屋が定番なのだが…。スラム街に近い酒場では組織の人間が居る可能性が高いので、逆にスラム街から離れた酒場に入る。

 酒場は喧騒に包まれていた。この国は15歳が成人なので、今の俺の姿でも問題無い筈だ。俺はカウンター席に座り、夕飯代わりの食事とエールを注文する。

 酒場の中の沢山の会話に耳を傾ける。聴力も強化されているのか、複数の会話がしっかりと聞き取れる。仕事の愚痴、街の景気、男女関係の話、等々。俺の知りたい組織の話は出て来ない。

 注文した食事とエールが出された所で、俺は店員に話し掛ける。

「ちょっとスラム街の裏について知りたいんですけど、誰か情報を持っている人を知ってますか?」

 すると店員は手を差し出し、答えた。

「銀貨1枚で、値段相応の情報なら出せるぜ」

 俺は素直に銀貨1枚を差し出す。

「よし。条件だが、此処で情報を得た事は言わない事だ。約束しろ」

「判りました」

「じゃあ教えてやる。スラム街を拠点にする組織は2つ、盗賊ギルド『黒の楼閣』と、暗殺ギルド『死の足音』だ。…どっちが知りたい?」

「『死の足音』で」

「そうか。まずスラム街での評判は悪い。盗賊ギルドは義賊としてスラムの人間に還元しているが、暗殺ギルドは何もしちゃあいないからな。あとは皆同じ格好をしているのが特徴だ。黒ずくめの服に覆面、扱うのは2本の片刃剣。主にお貴族様や大手の商会が依頼を出しているらしいが、流石に詳細までは知らねえ」

 この言葉で、ひとまずゲールの言っていた事は正しかったのが確認出来た。ならば拠点の場所も正しいと見て良いだろう。

「頭目の名前はリディウス。パッと見は黒髪長髪、細身のスカした男だ。だが剣術の腕前は冒険者のS級に匹敵すると噂されている。頭目以外は訓練された兵隊だ。兵隊内には上下関係は無え。…こんな所か」

 俺は更に銀貨1枚を渡し、訪ねる。

「彼らの拠点を襲撃した場合、街の衛兵などはどう動きそうですか?」

「嬢ちゃん、随分と危ねえ橋渡ろうとしてんなぁ。まあいい。まず衛兵は動かん。スラム街は治外法権だ。そういう取り決めになっている。また盗賊ギルドや他の有力者も動かん。暗殺ギルドは孤立している。特に友好関係のある組織は無い」

「有難う。それだけ聞ければ充分です」

 これなら、多少騒ぎを起こしても問題無いだろう。ひとまず全員を相手にはせず最低限にし、頭目を狙うのが確実のようだ。

 俺は改めて酒場内の会話に耳を傾ける。俺達の話に反応した者は居ないようだ。

 俺は一安心とばかりにエールを煽り、食事を食べ始めた。


 翌朝。俺は街の中心部に近い宿屋で目を覚ます。

 今日はスラム街に足を運び、明るいうちに拠点の場所を確認しておく。

 スラム街に近付くにつれ、外を歩く人影が減って行く。独特の不衛生な臭い、一部が朽ちた建物の群れ。

 あちこちの2階・3階の窓から監視されているのが判るが、俺はお構いなしに歩を進める。

 拠点の場所が見えてきた。周囲と比べて比較的立派な建物。だが上階よりも地下に多く人の気配を感じる。

 怪しまれないよう、視線は向けずに通り過ぎ、そのまま通りを抜ける。

 場所は確認出来たので、後は夜になるのを待つのみだ。

 折角デルムの街よりも大きな都市に来たので、お店を巡ってお土産を見繕う。

 一度宿屋に戻り不要な荷物を置き、仮眠を取る。

 次に目を覚ました時、空は薄暗くなっていた。


 夜のスラム街は様変わりしていた。そこら中に娼婦が立ち、客引きをしている。あちこちで酒場や賭場が開かれ、喧騒に満ちていた。

 俺は真っ直ぐ拠点に足を向ける。女性の姿なので娼婦の客引きは来ないが、酔った男がナンパして来る。俺は無言で手であしらい、歩を早める。

 拠点の入口には男が2名。暗殺者の姿はしていない。まあ通り沿いに黒服覆面の男が立っていたら異常なので、この対応は当然か。

 俺は男達に近付く。すると入口を塞ぐように2人が幅を詰め、睨んで来る。

「お嬢ちゃん、此処に何の用だ?」

「…リディウスに会いに来た。依頼だ」

「…付いて来い」

 男の1人が先に進む。まずは上手く行ったようだ。これが罠という可能性もあるが、正面から突貫するよりはマシだろう。

 男は階段を降り、地下の廊下を真っ直ぐ進む。その足音だけが響く。

 左右にある扉の向こうには、幾人もの人の気配がある。此処が拠点なのは間違い無いようだ。

 廊下の突き当りには入口同様に2名、但し例の暗殺者の恰好をしている。男は2人に声を掛け、扉が開かれる。

 部屋に招かれた俺は中に入り、そのまま指示通りにソファに座った。

 壁には豪華な調度品が並ぶ。かなり景気は良いようだ。

 暫く待つと奥の扉が開き、細身のスーツ姿の男が部屋に入って来た。酒場で聞いた風貌に似ている。こいつがリディウスか。

 男は俺の目の前に座ると足を組み、俺と自分とに真っ赤なワインを注いで来る。

「珍しいお客様だ。子供が1人でこんな所に来るとは、関心しませんな」

 鼻につく喋り方をする。それに芝居じみた手振り。

「一応、成人していますので、ご心配無く」

 俺は素っ気無く答える。

「それで、我々に依頼との事ですが、どのような?」

「…その前に確認です。アルト=クリミル領主代行に差し向けられた刺客は、貴方の組織の者ですか?」

 俺は率直に問う。ほぼ間違い無いのだが、頭目の口から聞いておきたかった。

「…成程、失敗しましたか。それで依頼は、刺客を差し向けた相手を殺す事でしょうかな?」

 …確定だ。

「ええ。その通りです。なので相手を教えて頂けますか?」

 最優先は情報収集なので、直球で聞いてみる。

「まあ知った所で貴女には直接手出し出来ませんからな、教えましょう。アスラド侯爵ですよ」

 よし。これで情報は揃った。

 俺はリディウスに話し掛ける。

「では正式に殺しの依頼をさせて頂きます。宜しいですか?」

「ええ。お金さえ出して頂ければ、誰であろうとお客様ですのでね」

 俺はリディウスの返答に対し一拍置き、告げる。


「それでは。…対象は『死の足音』頭目、リディウス。殺しの執行を」

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