第30話
アルトの傷は完璧に塞がったが、流れた血は戻らない為、暫くの間は訓練は行なわない事になった。
また、アルトの寝室の窓は鉄枠になり、暫くエストさんが一緒に寝る事になった。
そして午後、俺はミモザさんと一緒に地下室へと来ている。襲撃犯のうち、俺が扉ごと蹴り飛ばした男が生きていた為、今は牢屋に閉じ込めていた。
恐らく政敵は直接足の付くような依頼方法はしていないだろうが、可能な範囲で情報を入手する事が目的だ。
「こういうのは実は得意なんですよー。なのでユーナさんは私に合わせて下さい~」
そうミモザさんが言っていたので、任せる事にした。
辿り着いた牢屋には男が1人。既に覆面は外され、素顔が露わになっている。短い銀髪に、特徴の無い細身の顔。こちらを睨む眼光は鋭いが、俺もミモザさんも特に怯える事も無い。
「それではー、まずお名前を教えて頂けますか~?」
「………」
鉄格子越しに、いつも通りの調子でミモザさんが問うが、男は無言。
「火炎爆(フレア・ボム)」
すると突然ミモザさんは魔法を唱え、男の右足を焼く。響く悲鳴。
「ぐあぁっ!!」
「それではー、まずお名前を教えて頂けますか~?」
その声を無視するように、ミモザさんは同じ質問を繰り返す。
「そ…、そう簡単に答えるものか…!」
「火炎爆(フレア・ボム)」
男の返答に続き、放たれる魔法。今度は男の左足が焼かれる。
「人体は皮膚の一定割合が焼かれるとー、死んでしまうんですよー。まだ息苦しくないですか~?次は右手ですよ~」
本当にいつもの口調、いつもの調子。そんなミモザさんに俺は恐怖を感じた。
男は観念したのか、ぽつりと呟く。
「…ゲール、だ」
「ゲールさんですかー。ちゃんと言えるなら初めから言って下さいねー。手間ですから~」
ミモザさんはそう言うと、次の質問に移る。
「それで、アルト様を襲うように指示したのは誰ですか~?」
「…ボスに指示された。ボスが誰から指示を受けたかは判らん」
予想通りだ。恐らく男の言う通りなのだろう。此処を追求しても情報は出て来なそうだ。
「ではー、貴方の所属する組織の名前と場所を、教えて下さい~」
「…それは答えられん」
「火炎爆(フレア・ボム)」
「ぎぃっ!!」
男の右手が焼ける。皮膚の焦げた嫌な臭いが牢屋に充満する。
「選んで下さいねー。皮膚をギリギリまで焼かれて苦しむかー、肺を焼かれて苦しむかー、両腕を切り落とされて将来に絶望するかー。三択ですよ~」
正直言って、所属しているのが厳しい組織なら、今回失敗をしたこの男が無事に戻れるとは思えない。仮に此処を脱出しても、組織の目を掻い潜り逃げ続けるしか無いのだ。
「どれも選ばない場合、全て実行しますよー。義理立てして将来があるのなら構いませんが、正直に言えば逃がしてあげますよ~」
そう。貴族の命を狙った者が無罪放免なんて有り得ない。義理立てしても、待つのは死刑なのだ。
「…組織の名は『死の足音』、場所は城塞都市ドルムントのスラムの一角だ」
男が答える。
「成程ー。では情報の裏を取りますねー。正しければ放逐、間違っていれば死刑ですからね~」
ミモザさんはそう言い、牢屋を後にする。俺もそれに続く。
戻りがてら、ミモザさんが口を開く。
「アルト様とも相談になりますがー、調査はユーナさんにお願いする事になるかと思いますー。お願いしますね~」
危険がある以上、一番自由に動けるのは俺なので、それは問題無い。
問題があるとすれば、城塞都市ドルムントが遠い事か。徒歩で10日以上の距離がある。往復で20日、調査を含めると1ヶ月以上になる。
そして相談の結果、俺が直接調査に向かう事で決定した。ミモザさん曰く「事後処理で壊滅させて構いませんよ~」との事だった。良いのかそれ。
改めて男から詳しい場所などを聞き、翌日出発する事になった。アルトには、貧血状態が良くなったら身体強化と素振りの継続を指示しておいた。
翌日、俺は朝食後に出発した。実力面で優位に立てるよう、竜人体の状態で旅立つ。組織の規模は全体で300人程度なので、ミモザさんの判断では遅れは取らないだろうとの事だ。
なるべく早く帰って来れるよう、今回は馬車を使う事にする。2日掛けて徒歩でデルムの街まで行き、其処からは乗合馬車で4日の行程になる。
何度か往復しているデルムの街に続く街道は、既に慣れたものだ。何のトラブルも無く宿場に到着した。
翌日、相変わらずな森を抜ける。
そう言えば。今回も人を殺したのだが、前程には引き摺っていない。アルトを助ける事に必死で、其処まで気が廻らなかったとも言えるが。
夕方、デルムの街に着いた俺は、シェリーさんの家に直行する。事情を話し、一泊する事にした。家政婦さんは住み込みでは無く、日中のみ来ているそうだ。
そして翌日。俺は食料などを買い込み、乗合馬車の停留所に向かった。
城塞都市ドルムント行きの馬車は直ぐに見つかり、前払いで料金を支払う。幌の中は向かい合わせの椅子があるタイプで、俺の他に5人、計6人が乗っていた。話を聞くと5人はD級の冒険者パーティで、城塞都市ドルムントが拠点だそうだ。
剣士が男女1人ずつ、魔法使いの男女も1人ずつ。そして狩人の女性が1人のパーティだ。
デルムの街を出発した初日の夜、宿場ではその冒険者パーティと一緒の大部屋に泊まった。道中の会話で大分仲良くなったのだ。女性の1人旅を心配もされたが、修行の一環という事で納得して貰った。
道中、頻繁では無いが魔物は何度か襲って来た。だがこのパーティは遠距離が充実しているので、接近される前に片が付いていた。
だが4日目。遠くに城塞都市ドルムントが見える所で巨大な虎のような魔物に襲われた。狩人の女性曰く、グリムタイガーという強敵で、B級以上のパーティが相手取るレベルの敵だそうだ。
怯える皆を後目に、俺は馬車を降り魔物に向かう。後ろから俺を引き留める声が聞こえる。
俺の顔よりも大きな手が振り抜かれ、爪が俺を襲う。だが俺は余裕を持って避け、一気に間合いを詰める。
戦闘が長引くと皆に襲い掛かる可能性がある為、急所を狙う。懐に潜り込み、全力でカタナを振り抜いた。
剣戟で切り離される首と胴。返り血を避けるため、俺は後ろに飛び退く。大きな音を立てて倒れる胴体、そして落ちて来る頭部。
血を拭いカタナを仕舞い、俺は振り向く。皆は呆然としていた。
そんな皆に俺は声を掛ける。
「魔物の素材を剥ぎ取りたいので、手伝って貰えますか?」
そう言うと、皆はぞろぞろと近付いて手伝い始める。「すげー」とか「初めて見た」とか感想を言いながらだが。
俺の竜人体は少なくともB級パーティ以上の実力がある事が判り、安心する。いまいち自分の実力を測りかねてるのが実情だ。バランタインさんには遠く及ばないのは判るのだが。
剥ぎ取った素材は皆に均等に配る事にした。依頼を受けていなくても、素材は売ればお金になる。未だD級の彼らには足しになるだろう。
そうして、俺達は城塞都市ドルムントに到着した。
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