第29話
風呂にも入り終え、俺は自分の部屋でのんびりしていた。
経済活性化は思っていたよりも順調だ。その辺りが順調に進めば、懸念だった柵の改修にも着手する事が出来る。
…そんな事を考えていた時、ガラスを割るような大きな音が館内に響く。続いて聞こえるアルトの叫ぶ声。
音が聞こえたのは隣、アルトの部屋だった。
俺は壁に立て掛けておいたカタナを持ち、抜く。鞘は部屋に放り投げ、急いでアルトの部屋へと駆け付けた。
ドアノブを捻ると抵抗感がある。施錠では無く、誰かが押さえているのか。
緊急だ。アルトが扉の前に居ない事を祈り、思い切り蹴破る。扉と一緒に黒ずくめの人間が壁にぶつかった。
「アルトっ!!」
部屋を見渡すと、1人にレイピアを差した状態で、もう1人に襲われ掛けているアルトの姿が見えた。
魔法なら確実に間に合うが、使う訳には行かない。俺は最大速度で距離を詰める。
「ししょっ…」
アルトが口を開く。…その俺の眼前で、侵入者の片刃剣が2本とも、アルトの腹部を貫く。
俺はカタナを横に薙ぎ、侵入者の1人の頭部を切り落とす。そして返す刃でレイピアの刺さったもう1人を唐竹割りにする。
横目で3人目を見るが、壁にもたれたまま動く気配は無い。
俺はカタナを投げ捨て、アルトに近付く。息はあるが、既に意識は無いようだ。
そこへエストさんが部屋に駆け込んで来る。
「アルト様!ご無事ですか!?」
エストさんは俺の横に駆け寄り、症状を見る。
刃物に刺された場合、それを抜くと出血が酷くなる。なので治療の方法も無く腹部の剣を抜く訳には行かない。
そこで思い出す。応急処置なら魔力を直接流し込む事で可能だと、ベルジアンさんが言っていた。俺の魔力量なら、ある程度の治療は可能なのでは無いか。どの道、ただこの場で血が流れるのを見ていても意味は無い。覚悟を決める。
俺はエストさんに向かい、言った。
「私が魔力を流し、応急処置をします。剣を抜くのを手伝って下さい」
「は…はい!判りました」
エストさんにアルトの身体を支えて貰い、俺が2本の剣を抜く。抜いた途端、傷口から流れ出る血の量が増える。これは悠長にしていられない。
俺はアルトの傷口に口を近付け、魔力を最大量で放出する。竜人体なので口からしか外部に魔力を流せないのだが、仕方無い。そもそも自分の存在が疑われるのを避けて魔法を使わなかった結果がこれなのだ。更に後悔を積み重ねたくは無い。
エストさんの驚きと不安の感情が伝わる。口から魔力を放出しているのだから当然なのだが。
「私はこのまま、魔力が切れるまで放出し続けます。それでも傷が塞ぎ切れなければ、ミモザさんに頼って下さい」
俺はそうエストさんに伝える。所詮は応急処置なのだ。つまり治癒魔法に比べ、圧倒的に魔力の効率が悪い。俺の魔力量でも足りるか判らない。
そうだ、と俺は思い出し、エストさんに言う。
「私が魔力欠乏で気絶したら、…姿が変わります。申し訳無いですが、事情はミモザさんが知っていますので」
「?…わ、判りました…」
その時、身体がぐらり、と揺れる。魔力が尽き掛けているのを感じる。傷口は大分塞がってきているが、内臓も無事かは見ても判らない。
ふと、ぷつり、と音が聞こえた気がした。そして俺の意識は真っ黒な海へと沈んて行った。
目の前に、最近は姿見で見慣れた姿が見える。俺の竜人体だ。
その顔は微笑んでいた。そして口が開く。
「そなたのお陰で、生を終え諦めていたものを体験出来ておる。感謝するぞ」
何を言っているのだろうか。これは竜玉の意思なのだろうか。
「人が人ならざる領域に到達し、人ならざる存在を討つ。其処に不満は無い。だが竜としては短い生だった故、心残りもあったのでな」
そう言うと、俺に向けて”彼女”は近付いて来る。
両の手で俺の頬に触れ、呟く。
「そなたは好きに生きよ。せめてわらわを枷と思わないでおくれ」
其処で”彼女”は掻き消え、俺の意識は水面に浮上して行った。
気が付くと、俺は自分の部屋のベッドで寝ていた。
身体を見ると、元の姿になっている。どの位の時が経っているのだろうか。
俺は身を起こし、自分の荷物の一番底から服を取り出し、着替える。元の姿の時の服だ。
そのまま部屋を出て、気配感知で周囲を探る。…執務室の方に3名。
俺は執務室まで行き、ドアをノックする。
「…どうぞ」
アルトからの返答。無事だった事に一先ず安心する。だがこれで終わりでは無いのだ。俺自身の問題がある。
「失礼します」
執務室に入ると、アルトとミモザさんの2人が座り、エストさんが立っている。話の途中だったのだろうか。
「お座り下さい」
アルトに促され、俺も座る。
「まずはお礼を。賊の撃退、それに私の治療をして頂き、有難う御座いました」
「いえ…撃退はともかく、大怪我をさせてしまったのは私…いえ、俺のミスです。魔法を使えば間に合ったんです。でも使わなかった」
俺は正直に言う。俺の判断ミスが招いた結果なのだ。
アルトは一度目を閉じ、一拍の後に見開いた。
「師匠の事情につきましては、ミモザ様より先程一通りお聞き致しました。その点につきまして、私は何一つ責めるつもりはありません」
俺は驚き、アルトの顔を見る。彼女は微笑んでいた。
「師匠は賊を全員倒し、私の怪我を治してくれました。其処に何の疑念も御座いません。実の姿を隠していた事につきましても、事情は理解出来ます。それにあの姿を悪用する事もありませんでしたので」
アルトは俺が隠し事をしていた事も許し、信頼し、答えてくれている。その事に気付き、胸が詰まりそうだった。
…それにしても。
「…ちなみに悪用って、どのような?」
するとアルトは途端に横を向き、顔を赤くしながら言った。
「えっと、一緒にお風呂に入る、とか…」
…。
良くやった俺。変な事を考え実行していたら、今の信頼は無かったのだ。
挙動不審になった主を見兼ね、エストさんが口を開く。
「ユーナ様…いえ、ユート様。私達としましては、今回の事は問題としておらず、今後も依頼を続行して頂ける事を望んでおります」
但し、とエストさんは付け加える。
「アルト様の立場上、やはりお近くに男の方が居られるのは問題があり、政敵に付け込まれる切欠にもなります。ですので、今まで通り女性の姿で居続ける事が条件となります」
成程。俺は納得し、皆に答える。
「問題ありません。今後とも宜しくお願いします!」
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