第28話

 ミモザさんの目的は、今回試した薬草の乾燥方法について、魔導具で実現させる事だった。

 話によると魔道具造りを専門に行なっている者は極端に少なく、せいぜい魔導士が片手間に嗜む趣味の領域らしい。その為、魔導具の燃料となる魔石は冒険者ギルドで余剰状態となっており、安価で取引されているそうだ。

 アルトは其処に目を付け、実験が上手く行った場合には魔導具造りまでをして貰うよう、事前にミモザさんにお願いしていたとの事だった。

 そんなミモザさんに声を掛けられたのは、ミモザさんが住み始めた翌日の夜、俺が風呂から上がった所だった。

 案内されるがままにミモザさんの部屋に招かれる。其処は俺が使わせて貰っている部屋よりも広く、半分以上を工房が占めていた。此処で魔導具の製作をしているのだろう。

 促され椅子に座ると、ミモザさんが口を開いた。

「御免なさいねー。湯冷めさせちゃ悪いから、直ぐ本題に入りましょうか~」

 そう言うなり、周囲の空気が変わる。殺気。ミモザさんも終始見せているにこやかな表情は消え、目は細く、鋭く俺を睨んで来た。

「…貴女は何者ですか」

 感情を殺したミモザさんの声。抑揚が無く、耳の奥を冷たく震わせる。

「…どう言う意味でしょうか?」

「過去に私は、精霊と竜に会った事があるわ。その存在感、魔力の濃さを目の当たりにした。そして今、あの時と同じ感覚を私は抱いている」

 俺の問いにミモザさんが答える。俺もやっと言いたい事を理解した。俺の今の状態、竜人体に対して警戒しているのだろう。

「…他の人には今まで何も言われた事が無かったのですが、魔導士特有の感覚なのですか?」

「それは人知を超える存在に相対した事が無いからでしょう。魔力操作にある程度長けていれば、貴方がそれと同列にあると判別出来ます」

 これはもう、言い逃れは出来ないだろう。ならば下手に嘘を混ぜたりせず、正直に全部話す事にした。

 俺がこの世界に転移してから、今に至るまでの経緯、その全てを話した。

 俺は全て話し終え、実際に一度身体強化を止め、本来の姿に戻って見せた。

 ミモザさんは終始表情を変えず俺の話を聞いていたが、流石に姿が変わった時は驚いていた。

 暫し思案の後、ミモザさんが口を開いた。

「…貴方は、アルト様やこの地に害を成すつもりは無い、という認識で良いですか?」

「はい。其処は間違い無く。この姿で居るのは、あくまで依頼の都合上です」

 俺がそう告げると、ミモザさんは溜息をつき、やっと表情を緩めた。

「そういう事でしたら、問題ありませんね~。御免なさいねー。大事な弟子の妹さんだもの、心配になっちゃって」

「いえ、今の状況で警戒するのは当然ですから。でも、できれば2人には内緒にしておいて頂けると助かります。依頼をキャンセルされそうなので」

「判ったわー。孫弟子ですものね~」

 ミモザさんは納得してくれたようで、俺は程無く開放された。

 部屋に戻る途中、考える。竜人体の俺が精霊や竜と同格である事を、気付ける人は気付く。それは発見であり、恐怖だった。

 ただ強いと思われるだけなら問題無い。人外と扱われる可能性がある、其処に恐怖を感じる。

 だが今の依頼が特殊なので、依頼が終わり次第、元の姿に戻れば問題無い。そうすれば竜人体になる機会も殆ど無い筈だ。

 俺はそんな事を考えながら部屋に戻り、眠りについた。


 それから8日後。

 ミモザさんの手により魔導具が完成し、同じタイミングで奴隷が3人来た。

 奴隷のうち2人は男性、1人は女性。皆若く、表情を見る限りは健康そうだ。この国の奴隷は制度がしっかりしているのか、虐げられている雰囲気は無い。

 男性のうち1人が魔導具の操作、もう1人が薬草の出し入れと粉末化の作業。女性は錬金術を扱えるので、ポーションの製作に当たる。

 実際2人の男性に比べ、錬金術を扱える女性は3倍の値段だったそうだ。

 試運転の結果、薬草は問題無く乾燥させる事が出来た。実験の際と比べて時間が多少掛かるが、魔法の威力の関係だろう。

 これでポーションの量産化体勢が整った。薬瓶と薬草、それに魔石は購入に頼るが、ポーションの市場卸価格に対し半分以下で収まり、奴隷の購入費も1ヶ月経たずに回収出来る計算だ。

 ミモザさんは魔導具の状況確認の為、暫くは滞在したままになった。確かに、機械類は稼働初期と寿命直前で故障が多い。ミモザさんが帰った途端に壊れる恐れがある。なので妥当な判断だ。

 俺は相変わらず、日替わりでアラクネ狩りと糸紡ぎを継続している。当然、今回のポーション量産化で終わりでは無い。経済の活性化には第2、第3の策が必要になる。

 午後の執務にはミモザさんも混ざるようになり、色々と意見を交わす。

 まずは量産化システムの流用。毒消しポーションなど、他のポーションにも基本的には流用可能だ。その分魔導具が必要になるが、其処はミモザさんが2台目を製作開始している。

 次に簡単な魔導具の製作。魔導ランタンなどは魔石を直接光らせるので、あとはガラスと木の部品があれば魔導士で無くても作れるのだ。そのように、魔導士としての技量を問わない魔導具を中心に製作して行く。なので今度は木工や金属加工の出来る奴隷を手に入れる事になる。

 その辺りを進め、ある程度の税収が見込めるようになったら、柵の改修に移る。やはり今の木柵では防衛に不安がある。領民の安全を保障するのが領主の役目です、とはアルトの言葉だ。


 襲撃が起きたのは、そんな時だった。



 その日、私はいつも通りの執務を終え、夕食を食べ、お風呂に入り、部屋に戻って来た。

 1日の中で一番気を抜ける時間…だったのだが、午前の執務の時間が最近では一番気を抜けている気がする。

 日替わりで不在になってしまうが、午前中は私と師匠の2人で執務室に居る。今では全く気を遣わず、素の私で会話に花を咲かせている。

 師匠、ユーナは不思議な女性だ。言葉遣いは女性らしく無く、何故か雰囲気も女性らしく無い。身体つきはあんなに女性的なのに。胸の発育が羨ましい。…自分の胸を触り、落胆する。

 剣の師匠としては、強さが全く測れない。育成支援で姉とその仲間…勇者パーティと暫くダンジョンに潜ったが、その勇者よりも強いと感じる。あくまで直感だが。

 最初は訓練も辛いと感じていたが、今は楽しい。自分の成長が実感出来る。師匠は成長が体感出来るよう、工夫して訓練を行なってくれている。依頼とは言え、私1人の為に親身になってくれる、その事が嬉しかった。

 明日が待ち遠しい、そう思うようになったのは、何時からだろうか。

 そんな思いに身を任せ、また明日も早いからと眠りにつこうとした時だ。

 ガシャーン!と窓を割る大きな音が部屋に響く。割れた窓から飛び込む黒い影。その数、3人。全員が黒い服、同色の覆面を被っている。

「無礼者!何者ですか!!」

 私は館の皆に聞こえるよう大声で叫び、ベッドの傍らに置いていたレイピアを掴み、抜く。

 相手は皆、同形状の片刃の直剣を両手に構えている。1人が部屋のドアを押さえに行き、2人が私に向かって来る。

 いつも訓練で使っているカタナでは無いので、その軽さが心許ない。これだから儀礼用は、と頭の中で悪態をつく。

 1人目の連撃を躱し、2人目の初撃を弾く。やはりレイピアは受けにも向かない。このまま受け続ければ、数撃で折れるだろう。

 ならば相手を倒すしか無い。既に身体強化は行なっている。

 攻撃を躱された1人目が後ろに回り込み、攻撃を加えて来る。再度横に躱し、側面から脇腹を狙う。

 ずぶっ、という感触。初めて人を刺した。

 急所で無い為に相手は倒れず、私が抜く前にレイピアを掴んで来た。

 相手も身体強化を行なっているのか、引っ張っても力で勝てない。止む無く、逆に深く突き刺す。これで相手の力が抜ければこちらのものだ。

 相手の力が緩む。ここだ!と思った瞬間、横目に2人目が飛び掛かって来ていた。

「アルトっ!!」

 ドアを突き破る音と共に聞こえる、師匠の声。

「ししょっ…」

 私の言葉は最後まで続かなかった。お腹が熱い。焼けるようだ。


 視線を降ろすと、2本の剣が私のお腹を貫いていた。

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