第27話

 当面の金策が決定してから、数週間が経った。

 その間、俺は午前は執務の護衛、日替わりで午前中に魔王城にアラクネを狩りに行き、午後は指南と執務。数日に1回、執務中に糸紡ぎの作業を行なっていた。

 エストさんが探して来た人は既に引退したお婆ちゃんで、孫を相手にするように優しく俺に接し、丁寧に糸の紡ぎ方を教えてくれた。そのお陰で、最終的には俺一人で作業が出来るようになった。

 虹糸の完成品ががある程度溜まったら、クリミル家の御用商人を通し、各方面にバラバラに販売する。1箇所に一気に卸すと値崩れする可能性がある為だ。これにより、次の手を打つ為の資金が徐々に溜まって行った。

 また、訓練の甲斐があり、アルトは身体強化が安定して行えるようになった。後は維持時間を延ばす事と魔力濃度を上げる事を平行して訓練するのみなので、以前にアルトから要望があった通り、カタナの扱いについても教え始めた。

 カタナは直剣よりは軽いが、ナイフやレイピアよりは重い。それに振り自体も違う。イメージになるが、剣が打撃点の前後で直線を描くのに対し、カタナは弧を描く。そう扱わないと、只の扱い難い剣に成り下がってしまう。

 身体強化は維持させたままで、素振りと手合わせを交互に行なう。手合わせの中でカタナの振りの未熟な所を見付け、重点的に素振りをやらせる。基礎と実戦を平行させて行なうのは、今までの俺の師匠全員の方針だ。なので俺もそれを踏襲させて貰う。

 そして午後の執務。俺は糸を紡ぎながら2人に混ざる。

 早速、アルトが口を開く。

「師匠の策により、当面のお金を確保する事は出来ました。現状は税収も少ないので、今後も継続して行なっては貰いますが、次に移る時期です」

「この村への新たな産業の定着、ですか」

 エストさんが返す。そう、虹糸は当座の凌ぎでしか無い。狙いは経済を発展させ、税収を増やす事。それに必要な労働力の確保の準備が出来た、という事だ。

 問題は、新たな産業そのもの。未だ何をやるべきかが決まっていない。ただ人を集めても、当面は農業か柵の改築等の土木作業にしか充てられないのだ。

 俺の地球での知識は頼りないが、とにかく考えてみよう。

 単純に考えれば、新たな第二次産業を狙うか、今の第二次産業を発展させるか、第三次産業を狙うか。ただ、労働力を増やす事は供給力の確保であり、そもそも需要が無いと成り立たない。そうなると、第三次産業に手を出すのは時期尚早と思われる。

 発想が簡単なのは虹糸の加工、要は機織り、場合によっては衣類・防具の製作まで行なう事だ。これが今の第二次産業の発展に当たる。第三次産業は村の店舗での専売になるだろう。問題は、機織りまでは可能だが、それより先は技術力が必要になる事。なので案の1つとしては、機織りを村で行ない、場合によっては完成した布を村で専売する事だろうか。

 発想が難しいのは新たな第二次産業。虹糸のような高額・高難度条件では無く、奴隷などの労働者でも加工が行え、一定以上の需要が見込める物だ。これは単価が高額で無くても構わない。継続的に需要がある事の方が大事だ。

 理想を言えば、第二次産業で新たな需要を生み出す事。専売になるので、競合他社に真似されない限りは勝ち続けられる。この国に特許の概念があるのかは把握していないが、簡単に真似される物では効果が薄いだろう。

「例えば当家では、過去に一度ポーションの生産効率向上を目指した事がありますね。結局上手くは行きませんでしたが」

 アルトがそう呟く。俺は何かしら発想のヒントが欲しいので、質問を返す。

「その時は、どういう方法を取ろうとして、どう失敗したんですか?」

「ポーションの生産で一番時間が掛かるのは、薬草の乾燥です。天候にも左右されますので、雨季は供給量が落ちる程です。風魔法で若干乾燥を早める事は出来るのですが、更に早めようと火魔法を用いた所、薬草の成分が駄目になってしまい、失敗となりました。成分が熱に弱かったようです」

「…乾燥、ですか。…あ」

「何か思い付きましたか?」

「いや、熱を加えず乾燥させる技法は知識としてあります。ただ、これが実現出来るかは判りません。魔法や技術で可能なのかどうか…」

 そう。あくまで知識なのだ。車の構造を知っていても、車を造る事は不可能とは言わないが、非常に困難なのと一緒だ。

「発想の一助にはなるかも知れません。知識だけでも教えて頂けますか?」

 アルトにそう言われ、俺は説明する。

「物を凍らせて極限まで空気を薄くすると、水分が氷から直接気化します。後に残るのは乾燥した物のみで、熱を加えずに乾燥させる事が出来ます」

 所謂フリーズドライだ。

「…物を凍らせるのは水魔法で出来ますので、難しいのは空気を薄くする、という所でしょうか?」

「そうですね。風魔法を上手く使えば、あるいは、でしょうか。道具でも不可能ではありませんが、密閉・真空状態が維持可能かどうか。それに結局、短縮した分労力が増大し人件費に跳ね返ってしまっては、意味がありません」

「成程…。魔法で可能か、試してみましょうか?」

 アルトがそう言って来る。出来そうな見込みがあるのだろうか。

 まあダメ元だ。何事もやってみてから考えよう。

「それでは、お願い出来ますか?」

「判りました師匠。エスト、薬草の準備と、ミモザ様へご連絡を」

「畏まりました」

 アルトの指示に、エストさんが頷く。ミモザ…恐らく聞いた事が無い名前だ。ポーション造りに詳しい人なのだろうか。

 その日の午後の執務は、其処までで終わりとなった。


 それから数日後。午後の指南の時間。

 アルトが俺に向かい、カタナを振って来る。俺はそれを一歩も動かずに捌き続ける。隙が大きい時は、その隙のある箇所をカタナの峰で軽く叩く。習熟する毎に叩かれる回数が減る訳だ。やはり成長が実感出来た方が継続し甲斐があるだろう。

 その最中、エストさんが1人の女性を連れて来た。アンバーさんにそっくりなローブと三角帽子。違うのは色か。アンバーさんは紺だったが、その女性は黒一色だ。この日中の青空の下では異質に見える。

「アルト様、ミモザ様をお連れ致しました」

 エストさんがそう告げる。そう言えば先日、午後の執務の中で名前が挙がっていた。見る限りは魔導士だが。

「ご苦労様。ミモザ様、お久しぶりです。このような恰好で失礼致します」

「別にいいわよー。お構いなく~」

 おっとりとした、マイペースな声。見える風貌は、眼鏡を掛けた若い女性、という程度だ。

「師匠、こちらはミモザ様。姉様…アンバーの魔法の師匠にあたります。ミモザ様、こちらはユーナ様。私の剣術指南役になります」

 此処でアンバーさんの名前が出て来た事に驚く。俺がアンバーさんを知っている事は、内緒にしておかないといけないのだが。

「初めましてー。ミモザよ、宜しく~」

「あ、初めまして。ユーナと申します。こちらこそ宜しくお願い致します」

 俺達はそう挨拶を交わす。アンバーさんの師匠と言う事だが、何歳なのだろう。女性に年齢は聞き難い。

「師匠、それでは、先日ご提案の加工技術につきまして、ミモザ様にお試し頂きたいと思います。今からでも宜しいでしょうか」

 成程。魔法に長けた人に試して貰う訳か。俺は納得した。

「構いません。但し、身体強化は維持し続けておいて下さい」

「わ…、判りました」

 俺の返答にアルトがそう返すと、早速エストさんが準備を始める。

 鳥籠の格子の目を細かくした物、その中に薬草が数束入れてある。魔法で飛ばされないようにする為か。

「ではまず凍結ですが、どの程度でしょうか」

「薬草自体が芯まで凍れば良いので、逆に氷柱に閉じ込めたりはしないで下さい」

 アルトの問いに、俺はそう返す。

「ではミモザ様、お願いします」

「はーい、氷結風(フリーズ・ウィンド)」

 ミモザさんが水魔法を唱える。氷点下の風が薬草を冷やし、表面に霜が降りる。暫く冷風を当てた所で、魔法が止まった。

「これだけやれば、人も骨まで凍ります~」

 ミモザさんが怖い事をのんびり言う。何だろうこのノリは。

「では次、空気の薄い状態…師匠は真空状態と仰っていましたか。ミモザ様、そのような状態を生む事は可能でしょうか」

「ええ。出来ますよ~。竜巻風旋(エアリアル・ストーム)」

 今更だが、初級も中級も魔法発動までにラグが無い。相当の実力者なのだろう。

「有難う御座います。では師匠、魔法を止める合図はお願いします」

「判りました」

 竜巻の魔法で、今は中心点が風の薄い状態になっている。魔法の威力が凄まじいので、ほぼ真空状態だろう。俺は目を凝らし、表面の霜を含めて薬草の水分が飛んだかどうかを見極める。

 暫くし、薬草が枯れたように見えた所で魔法を止めて貰う。俺は近付き、薬草の葉の部分を触ってみる。

 ぱりぱり、と葉が触る毎に崩れて行く。

「どうやら成功のようです」

 俺はそう皆に伝える。

 条件は水魔法の初級に、風魔法の中級が使える事。普通の人はミモザさん程の威力は出ないので、その分魔法を継続させる必要がありそうだ。

「あらあら、これなら粉末にし易いわねえ。その分の作業時間も減りそうよ~」

「一度に加工する量を増やせば、現実的な加工方法では無いでしょうか」

 ミモザさんとアルトがそう感想を漏らす。中々の成果だったようだ。

「ではミモザ様、もう1つの件も問題ありませんか?」

「ええ。喜んでやらせて貰うわね~」

 ミモザさんとアルトは、更に話を続けている。何か別件なのだろうか。


 そしてその日から、ミモザさんも一緒に住む事になった。

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