第26話

 アイリさんと話をした後、俺は直ぐにアルトの部屋に向かい、明日外出する旨を伝えた。

 依頼を受けて2日目で不在にするのは申し訳無かったが、早朝に出発すれば早ければ日の高いうちに、遅くても当日中に戻れるとの目論見から、急ぎ今日伝えたのだ。

 アイリさんが存命である事は世間的には秘密である為、その部分は隠してアルトに説明した。最初は難色を示していたものの、最終的には領にも益のある事だとして、納得して貰えた。


 そして翌日、俺は薄暗いうちに出発。朝方には転送陣に到着した。

 俺は遠話石を口に付けて魔力を通し、呼び掛ける。

「お早う御座います、ユートです。転送陣に着きました」

『お早う。転送するから、じっとしててね』

 アイリさんの声。程無く転送陣が光を放ち、周囲の景色が屋内に切り替わる。

 目の前にはアイリさんとマーテルさん、それに竜人体のバランタインさんが待っていた。

「お久しぶりです、皆さ…ふぎゅっ」

 挨拶をするのと同時、俺はアイリさんに抱きつかれていた。

「まー、随分と可愛くなっちゃって。ユート、いえ、ユートちゃんって呼んだ方が良いかしら」

 アイリさんと今の俺とでは身長差が結構ある為、丁度アイリさんの胸に俺の顔が埋まる形になった。

「それに触り心地も柔らかくて最高だわ。胸の発育も結構良いし、このまま育ったら美人になるわね」

「アイリッシュ様、話が進みません」

「であるな。そういうのは後にしろ」

 アイリさんに向け、マーテルさんとバランタインさんが抗議する。俺は今喋る事が出来ないので、助かる。と言うか窒息する。

「あら残念。でもそうね、戯れるのはまた今度にするわ」

 アイリさんはそう言い、俺を開放する。…決して残念だとは思っていないぞ、断じて。

「で、昨日の話よね。早速だけど、あたしの部屋にいらっしゃい」

 アイリさんに続き、皆で移動する。そこで俺はバランタインさんに声を掛ける。

「まあ、見ての通りなんですが。…やっぱり竜人体ですか?」

「ああ、間違い無いな。同族の気配が色濃い」

「そうですか…。これ、どうにもなりませんよね?」

「無理だな。処置しようにも、魔力機関が破壊されるか、死ぬか。2つに1つだろう」

 バランタインさんの無慈悲な答えに、俺は落胆する。まあ俺自身も無理だろうとは思っていたが、実際に言われるとショックだ。

 アイリさんの部屋に入ると、バランタインさんは椅子に座り、マーテルさんはドアの前に陣取る。アイリさんは立ったままなので、俺も立っておく。

 アイリさんは棚に置かれた物を眺めながら、口を開いた。

「この魔王城に出現する魔物の中で、人の世で有益と思われる素材を持つ物は複数居るわ。なので条件を絞り込むなら、出現頻度かしらね」

 そう言うと、アイリさんは棚から糸巻きのような物を取り出す。其処には半透明の糸が幾重にも巻かれ、虹色の輝きを放っていた。

「これは9階層の魔物、アラクネから取れる糸線から糸を紡ぐ事で出来る虹糸よ。アラクネは一度出現すると周囲に同族が生まれるから、間引きしても中々減らない厄介な魔物よ。…糸を1本、横に張ってみて。なるべく身体から遠ざけてね」

 俺に手渡される虹糸。俺は糸を1本引き出し、両手で張った状態で前に出す。

 するとアイリさんは机からナイフを取り出し、糸に向けて振り下ろす。

 だが糸は切れる事無く、ビィンッ、とナイフを弾き、アイリさんが仰け反る。

「おっととぉ、危ないわね。…とまあ、あたしの攻撃程度だと弾いちゃう位丈夫だわ」

 そう言い、アイリさんがナイフを仕舞う。

「虹糸を紡ぐ技術は、今の所は遥か遠く、東方の島国の独占よ。この国には殆ど出回らず、とても高価だわ」

 成程。需要に対し供給が殆ど無く、しかも高価。その加工が出来るのなら、経済効果は相当な物の筈だ。

 だが1点、最大の問題がある。俺はそれをアイリさんに尋ねる。

「そんな他の国が再現出来ていないレベルの独占技術を、どうやって実現するんですか?」

「ああ、実現するのは簡単よ。他の国はそれを知らないだけなんだから」

 アイリさんはあっさりと答える。

「条件は一定以上の魔力濃度の中で糸を紡ぐだけ。簡単でしょ?」

「…一定以上、という所が凄く引っ掛かります。どの程度なんですか?」

「精霊、又はそれと同格程度よ」

「…はい?」

 ちょっと待て。以前にバランタインさんから聞いた通りなら、レベル2千以上で精霊と同格という話だった筈。そんな人は身近に居ない。

 そんな俺の表情を読んだのか、バランタインさんが付け加える。

「要は、ユートが居れば可能という話だ。前にも言っただろう、我より下位の竜種は精霊と同格だ。竜人体であれば、身体強化の範囲内なら条件を満たすであろう」

 そうか。俺が居ないと成り立たないのは少々問題な気もするが、当面の金策としては良いかも知れない。

「有難う御座います。大いに参考になりました」

 俺はそう言い、頭を下げる。

「別に良いわよ。今度遊びに来た時に、一緒にお風呂に入ってくれれば。今は同性だし、問題無いわよね」

「…えー」

 恩がある以上、非常に断り難い。と言うか、男の状態の俺とも入ろうとしていた記憶があるが、気のせいだろうか。

「それではユート様、こちらをどうぞ」

 タイミングを見計らっていたのか、マーテルさんが俺に半畳程の石板を渡す。

「魔王城9階に通ずる転送陣です。相互転送が可能ですので、ご依頼先に設置して下さい。魔力を通して呪文を唱えれば起動致します。呪文はこちらに」

 そう言い、紙片も一緒に手渡される。魔導文字なので、俺でも問題無く読める。

「至れり尽くせりで、申し訳無いです」

「お気になさらず。主人の喜びが私の喜びですので」

 それがどういう意味なのか気になったが、俺は聞かない事にした。


 俺はその後皆と一緒に朝食を食べながら、少し雑談をした。

 村に戻って来たのは、丁度昼頃だった。早めに出発したお陰で、大分早く戻れた。

 俺は戻った事をアルトとエストさんに伝え、昼食を頂く。

 そして午後の執務の場で、俺はアイリさんから教えて貰った案を伝える。当然、俺の竜人体やアイリさんの正体については話さず、あくまで生産には俺レベルの魔力量が必要だ、という説明だけにしておいた。

「成程、師匠にしか出来ないのは懸念点ですが、確かに虹糸は高額です。一定量が見込めるのなら、充分な金策になります」

「そうですね。早速、私の方で糸巻き器と扱える者を村の中で探しておきます」

「お願いね、エスト」


 こうして、すんなりと俺の提案した金策が実行される事になった。

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