第25話
その日の午後。剣術指南の初日となる。裏の広場には、アルトだけでなくエストさんも居た。
アルトは訓練用に服を着替えていた。細身のズボンにカットソー。胸当てと肩・肘・膝当てまで装備している。
まずは準備運動がてら、素振りをさせてみる。一先ず直剣で、覚えている型を実践して貰う。
突きの動作は中々鋭いが、それ以外の振りはぎこちない。レイピアの扱いにしか慣れていないのは、本当のようだ。
身体が温まった所で、身体強化の訓練を行なう。とは言っても、結局は俺の実体験通りに教えるしか無いのだが。
1段階目は、魔力感知。鳩尾の辺りにある魔力の渦を感じる事。
2段階目は、その魔力を身体全体まで広げる事。
3段階目は、広げた魔力を維持する事。
4段階目は、魔力の濃度を増す事。
俺がアンバーさんから教わった手順のうち、アルトは2段階目までは一応出来るようだが、3段階目で躓いている。執務室で聞いた通りのようだ。
「残念ながら、この訓練に近道はありません。魔力が続く限り手順を繰り返し、慣れて行くだけです。私もそうやって覚えました」
俺はアルトにそう告げる。ちなみにアルトの魔力量はかなり多いらしい。そもそもクリミル伯爵家は多くの著名な魔術士を輩出している家系だそうだ。
魔力に集中しているアルトを横目に、エストさんが俺に尋ねる。
「ユーナ様は、その魔力濃度でどの程度身体強化を維持出来るのですか?」
「ああ、今は師匠であるシェリーさんの指示で、1日中身体強化を維持してます。解除は禁止されておりますので、ご容赦下さい」
俺はそう答える。身体強化を解除したら元の姿に戻ってしまうので、予防線を張る。これで身体強化の解除を求められる事は無いだろう。
「…そうですか。凄まじい魔力量ですね。でもそれでしたら、魔術士の適正も高いのでは?」
「いえ、私の属性は風と火なのですが、初級魔法も上手く扱えなくて。なので今は剣術に専念しています」
俺はエストさんにそう返す。更なる予防線。竜人体では口で魔法を発動するのだ。それを見せる訳には行かない。
そのように話をしていると、徐々にアルトの魔力維持が上手く行くようになって来ている。
「その調子です。魔力感知はもう問題ありませんので、魔力を広げて維持するまでを繰り返して下さい。維持する時間を延ばすのは、その次で構いません」
「…承知致しました」
俺の声掛けに、アルトが少し疲れた表情を見せながら返す。
執務室での話し方や表情とは大違いだ。俺もエストさんの前でボロを出さないように注意しよう。
そんなこんなで、本日の指南が終わる。
「当面は、身体強化を重点的に指導します。また、執務に支障が無い範囲で、日常生活の中でも身体強化の訓練を行なって下さい。但し、魔力が欠乏する前には止める事。気絶してしまいますから」
俺は最後に、そう指示した。これも俺が魔王城での移動中でも訓練していたからで、何かしながらでの維持に慣れるのも大事だからだ。
「判りました。…師匠」
アルトからの一言。俺はまだまだ未熟なので、師匠と呼ばれる事に少し違和感を感じてしまう。でも、嬉しい気持ちがあるのも確かだった。
「参考になりました。私も実践させて頂きます」
エストさんからも一言貰う。既に身体強化自体は熟練の域なので、日常生活での維持による魔力濃度向上と魔力量増加が狙いか。
剣術指南の後は、午後の執務になる。
内容は書類業務では無く、外回りの兵からの話をまず聞き、その後でエストさんを交えての政策検討の場になっていた。其処に俺も立ち会う形になっている。
兵の話は、宿にどのような人物が泊まっていたか、村の内外に不審な人物や魔物が居ないか、その他村民の生活状況についてだ。
その兵が下がった後、話し合いに移る。襲撃は相手の出方次第になるので、やはり経済政策の話になっていた。
「やはり若い者が村を離れてしまう事と、誇れるような産業が無い事が問題の根幹です。其処をどうにか出来ないと、緩やかに衰退していくだけかと」
「でも、今の人材で手を出せる、効果の出る産業があるでしょうか。村民も何らかの仕事に従事しているか、既にお歳を召し引退した人達です。子供も居ますが、労働力として当てにする訳には行きません」
エストさんとアルトの会話から、かなり行き詰っている事が伺える。これが小説とかなら、俺が地球での知識を活用して画期的な案を出す、とか言う流れになりそうだが、実際にはそんなアイデアは無い。
「人材につきましては奴隷を買う方法もありますが…。それには元手が必要です」
「元手を得る為の策が必要、ですか。何か堂々巡りになって来ましたね。…一息入れましょう。エスト、お茶の準備をお願い」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
エストさんはそう言い、執務室から出て行った。
アルトはふぅ、と溜息をつき、俺に言った。
「…どう思う?」
「何をするにも金策が先決だと言うのは判った。しかも動けるのが少人数なら、単価の高い物を狙うしか無い、とか?」
「…そうね。でも例えば鉱石や宝石なら、先ず領内に鉱山が無いといけない。それに採掘には鉱夫が一定数以上必要だし」
「なら、この領内で何らかの資源が得られる場所は、何がある?」
「成程、そういう切り口ね。でも残念ながら、思い付くのは一箇所しか無いわ」
「それは?」
「…魔王城、よ」
エストさんが用意した紅茶を飲みながら、先程のアルトとの会話に思考を巡らす。
魔王城で得られる資源は、魔物から得られる魔石と素材。でも基本その買取は、冒険者ギルドが仕切っているし、それなら冒険者として稼ぐのと変わらない。
ならば第一次産業では無く、第二次産業を狙うか。
冒険者ギルドが買い取っている以上、魔物の素材には使い道がある。その加工を担えれば、入手自体は冒険者ギルドに依頼すれば良い。儲かる事が前提になるが。
魔王城の魔物は、15層から下しか知らない。1~14層の魔物の分布は把握していない。そもそもスタウトさん達に定期的に魔物の間引きを依頼しているのなら、他の冒険者は手を出していないのではないか。
そうなると、相談するのに最適な人は一人に絞られる。このような事で連絡を取るのは都合が良過ぎるとも思うが、今夜にでも話をしてみよう。
その日の夜。数日ぶりのお風呂を堪能した俺は、遠話石を口に付けて魔力を通す。遠話石が緑色に光った所で口を離し、俺は告げた。
「バランタインさん、お久しぶりです。ユートです」
『ユートか。然程時は経っていないと思うのだが、どうした?』
「お手数お掛けします。アイリさんに代わる事は出来ませんか?」
『問題無い。アイリッシュに用事か。少し待て』
バランタインさんはそう言い、暫し沈黙が続く。
すると少し離れているが、声が聞こえてきた。
『アイリッシュ、失礼するぞ』
『あらバラン。珍しいじゃない、どうしたの?』
『ユートから遠話だ』
『あらあら、すっごい久しぶりじゃない。えーっと、ユート?聞こえてる?』
アイリさんに代わって貰えたようだ。俺は返事をする。
「お久しぶりです、アイリさん。突然すみません」
『いいのよ。てゆーか、可愛い声ねぇ。今、竜人体なの?』
「ええ。色々と事情がありまして…」
そう言い俺は、これまでの経緯と俺の考えを伝えた。
『成程ねぇ…。そういう事なら幾つか案があるけど、条件があるわ』
「条件、ですか?俺に出来る事なら構いませんけど…」
俺がそう返すと、アイリさんは待ってましたとばかりに言った。
『じゃあユートの竜人体の姿を見せて頂戴!明日にでも!』
その声はかなり興奮気味だった。
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