第24話
アルト=クリミル領主代行。顔立ちは姉妹であるアンバーさんに似ているが、水色の髪はストレートに伸び、意思の強そうな目をしている。雰囲気は真面目で知的。身体は年相応に小さい。
エストさんがアルトさんに依頼書と推薦状を渡す。目を通したアルトさんが口を開く。
「まずは依頼を受けて頂き、有難う御座います。早速ですが、シェリー様の推薦状の内容が事実かどうかを確認しますので、外にお願いします」
そう言うと、エストさん、アルトさんの順に部屋を出て行くので、俺も付いて行く。
案内されたのは、裏にある広場。兵の訓練場のようだ。
「従者のエストがご相手しますので、武器を構えて下さい」
アルトさんがそう言うと、エストさんは自分のスカートの中に手を入れ、ナイフを2本取り出して構える。
エストさんが取り出したナイフは訓練用では無いだろう。なので俺も、自分のカタナを抜いて中段に構える。
その直後、エストさんが一気に間合いを詰めてくる。メイドの恰好でこの速度は異質に見える。護衛を主とした従者である事が伺える。
相手の初撃は弾き、2撃目を受け流す。その隙に間合いを開き、動きを見極める。身体強化による速度重視の戦い方だ。ナイフのリーチは短いので、間合いを詰めて懐に入り込む戦法に見える。
動きの速い相手だが、シェリーさんよりは遅い。直接攻撃を加えたくは無いので、ナイフを2本とも弾き飛ばす事にする。
今度は右に逸れながら間合いを詰めて来る。死角に回り込むつもりだろうか。俺は敢えて向きを追随せず、気配感知に集中する。横を通り過ぎ、背後に気配。俺は振り向かずにカタナを背に回し、ナイフを受ける。
エストさんが驚き、一瞬動きが止まる。その隙を突いて、振り向きながらナイフを狙い、カタナを横に薙ぐ。
ギィンッ、と音を立て、ナイフがエストさんの手を離れ横に飛んで行く。そのまま今度は突きを放ち、もう1本のナイフも手から離れた。
俺がカタナの切っ先をエストさんに向けると、エストさんはあっさり両手を挙げ、降参の意思を示した。顔には苦笑いが浮かんでいる。
そしてエストさんはアルトさんに向き直り、告げた。
「アルト様。ユーナ様はシェリー様の代理として、その実力に嘘偽りが無い事を確認致しました」
「ご苦労様。まずはナイフを拾いなさい」
アルトさんはそう言い、俺に向け頭を下げた。
「ユーナ様、試すような事をし、申し訳ありませんでした。本日より依頼の件、宜しくお願いします。私は執務室に戻りますので、エストより説明を聞いて下さい」
そう告げると、アルトさんはその場を離れて行った。それと同じタイミングで、エストさんがナイフを拾い戻って来る。
「それでは、今後の事につきましてご説明させて頂きます。中へお入り下さい」
「判りました。宜しくお願いします」
「なおアルト様のお呼びの仕方ですが、そのままアルト様、で構いません。肩書や家名の呼称は不要です」
エストさんはそう俺に告げ、少し微笑んだ。
応接室で、俺はエストさんから今後について、そしてこの地域の現状についての説明を受けた。
まず護衛の意味もあるため、俺の部屋はアルト様の寝室の隣になった。そして剣術指南は午後の空いた時間に行ない、それ以外は護衛として傍に控える事となった。シェリーさんの予想通り、護衛が主となるようだ。
この村に配置されている兵は計10名。5名が村の巡回、残り5名が領主館の守備をローテーションで行なっている。全員がクリミル伯爵家の私兵の為、政敵の手の者が紛れ込んでいる可能性は低いとの事。
村民は約100名。産業は宿場と農業、牧畜。正教国との行き来で徒歩の人は寄るが、馬車は寄らない事が多いらしい。襲撃の可能性を除けば、この領での当面の課題は経済対策だそうだ。
「畑違いかとは思いますが、もし領の発展に何かしらお考えが御座いましたら、遠慮無く随時アルト様にお伝え下さい」
エストさんの言葉に、護衛だけでなく文官も不足しているのだろうと俺は想像する。幾らアルト様が聡明でも、1人で出来る事には限界がある。
その他、基本的な事を聞き終え、俺は自分の部屋に案内される。
建物自体は中々に立派だが、中の家具や調度品は、それに比べ質素に見える。案内された部屋も、机にベッド、クローゼットが1つと、宿屋と変わらない感じだ。
せめてもの救いは、この家にはお風呂がある事。入る順序はアルト様、俺、エストさん、兵の順だ。兵は全員男性なので、この分け方は妥当なのだろう。
俺は部屋で荷解きをし、訓練用の直剣とカタナを準備しておく。話通りなら、今日から剣術指南を始めるのだ。
そして護衛業務の為、俺は執務室に向かった。
てっきり執務室のドアの前に立っているものだと思っていたが、執務室の中で待機するようアルト様より指示をされた。曰く「2階では、窓からの侵入の可能性もある為」との事。
アルト様は書類を1枚ずつ確認し、サインをし、仕分けのケースに入れて行く。俺の立つ位置からでは内容までは判らない。
「ねえ」
不意に掛かる声。アルト様が俺の方を向いていた。
「何でしょうか、アルト様」
「エストが居ない時は無礼講よ。友人と話す口調にして」
随分と砕けた物言いに俺は驚く。これが素なのだろうか。
「…私の素の口調は男っぽいのですが、それでも構いませんか?」
俺はそう答え、予防線を張る。そもそも女性の話し方なんぞ真似したくない。それなら敬語を使う方が楽なのだ。
「構わないわ。じゃあ今から様も禁止ね。はい!」
アルト様はそう言うと、手をパンッと叩いてから言葉を続けた。
「それで聞きたいんだけど、ユーナは何であんなに強いの?エストが負けたのなんて、初めて見たわ」
俺はこの世界に来てからの事を思い出しながら、答える。
「…魔物の集団と戦い続けて、最近ではずっとシェリーさんと手合わせの連続。その結果かな」
「私と変わらない位の歳なのに、凄いのね。中々に壮絶だわ」
そう言うアルト様、改めアルトは、表情豊かだ。普段は役目を意識し、自分を抑えているのだろうか。
「それに胸もそんなに育って。…私はこんなだもの」
自分の貧…もとい、慎まやかな胸を触りながら、アルトが言う。
俺としては、分けられるものなら是非分けてあげたいのだが。俺は要らないし。
話を切り替える為、俺から問う。
「剣術指南だけど、早速今日から始める?」
「そうね、お願いするわ。午後一番の執務は眠くなるから、そのタイミングでやりましょう。眠気覚ましにもなるわ」
「ちなみに、身体強化は出来る?」
「お姉様達に教わったけど、凄く不安定ね。きちんと維持は出来ないわ」
「なら、身体強化からにしよう。その方が効率が良いから」
シェリーさんのアドバイスに従い、俺はそう提案する。そして指南に向けて他にも聞いてみる。
「それと得意な武器は?」
「一応、いつも持ち歩いているのはこのレイピアよ。貴族の護身用としては定番だけど、ぶっちゃけ儀礼用ね。突くだけだし、直ぐに折れるわ」
「なら、別の武器を試すのも良いかも知れない。私は訓練用としては直剣とカタナしか持って来てないけど」
そう言うと、アルトは興味深そうな顔で食い付いた。
「カタナって、ユーナが使ってる武器よね。あれ、カッコイイわ。無骨な直剣よりは良いわね。私、カタナが使いたいわ」
「それじゃあ、身体強化の訓練に目途が付いたら、カタナを使ってみようか」
「判ったわ、約束よ!」
そう答えるアルトの素の笑顔は、年相応に見え、とても可愛かった。
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