第23話

 結局、シェリーさんはフィーリンさんに、俺の竜人体について一通り説明をした。

 その結果フィーリンさんは納得し、冒険者ギルド側はユートとして、実際には竜人体となった俺が、この依頼を受ける事となった。依頼者側の条件に「女性である事」があったのが、そもそもの発端なのだが。

 最終的には、シェリーさんの言葉で諭された。

「人に教える事も修行の一環だ。決して無駄にはならないさ」


 フィーリンさんにより手続きが進み、俺は依頼書を受け取った。また、行った先である程度信頼されるよう、シェリーさんが推薦状を書いてくれた。これで、一先ず門前払いにはならないだろう。

「それで、場所は何処なんですか?」

 俺はそう尋ねる。シェリーさんの講義により、この国の地図はある程度頭に入っているので、聞いてもさっぱり判らないという事は無いだろう。

 俺の問いにフィーリンさんが答える。

「場所はグルホーン辺境伯領の西端、正教国と国境を面した地域になります。正教国に繋がる街道に近い村にて大きめの空き家を買い取り、仮の領主館としております」

 その答えに、俺は聞き覚えのある地域である事に気付く。

 そう。あの魔王城のある地域だった。


 シェリーさんと家に戻り、俺は出発の準備を進める。なるべく早く、という依頼者の要望に応える為、急だが明日出発とした。

 アンバーさんと歩んだ行程を遡る形になるので、移動時間は正味2日と見て問題無いようだ。あの時と同じ宿場に寄る事になるだろう。

 荷物は主に着替えだ。念のため、元々着ていた俺の服とブーツも持って行く。多少嵩張るが、男の姿で女物の服を着るよりはマシである。

 そして剣術指南という役割の為、刃引きのカタナと直剣を1本ずつ持って行く。真剣は護身用に持っているだろうが、訓練用の剣は無い可能性があるのだ。

 準備が一通り終わり、夕食。いつも通り俺は自炊で用意し、シェリーさんはお酒を飲む。その席でシェリーさんが話し始めた。

「今回の依頼の件だが、恐らく剣術指南よりも護衛の方が重要視されている。だからと言って指南の手を抜くな。しっかり鍛えてやれ」

「判りました。ちなみにコツとかありますか?」

「あたしのやり方で問題無い。素振りと手合わせ、それで充分だ。まあ身体強化が出来ないようなら、そっちが先になるだろうさ」

 そう言い、3杯目のグラスを空ける。

 俺は1つ心配な事を聞く。

「俺が暫く居なくなる事で、シェリーさんの家がまた大変な事になりませんか?どうせ掃除とか洗濯とか、絶対やらないでしょう?」

 するとシェリーさんは勝ち誇ったような顔で答えた。

「安心しろ。去り際にフィーリンの伝手で、家政婦の派遣を依頼しておいた」

 シェリーさん本人が何もやらないのは予想通りだが、今の状態が今後も維持されるのなら一安心だ。此処に帰って来たらゴミ屋敷でした、という事にならなそうなのは、とても助かる。


 翌朝、何時も通りシェリーさんと一緒に食事処に行き、朝食を食べる。ついでにお弁当を作って貰い、帰宅。

 俺は準備しておいた荷物を背負い、1階に降りる。すると玄関の近くにシェリーさんが立っていた。

「一応、弟子だからな。見送りぐらいはするさ」

 そう言い、シェリーさんがドアを開け、俺と一緒に外に出る。

「お嬢さんの命が最優先だ。今のあんたは丈夫だから、身を挺して守ってやりな」

「判りました。自分の修行も兼ねて、頑張って来ます」

 俺はそう返し、シェリーさんの家を発つ。道に出た所で振り向くと、シェリーさんは小さく手を振っていた。俺は大きく手を振り返した。

 最初の依頼としては難易度が高いが、しっかり達成出来るよう全力を尽くそう、そう俺は決意し、デルムの街を出た。


 俺は真っ直ぐ街道を西に進む。すると眼前に広がるのは、鬱蒼とした森。俺が初めて人の命を奪った場所だ。思い出と言うには殺伐としているが、忘れられない記憶だ。

 流石に何度も夜盗が出るとは思わないが、注意して進む。今の姿では気配感知の範囲も桁違いに広がっている為、恐らくは奇襲を受ける前に存在に気付けるだろう。

 森を抜けるまでの間、結局人の気配は森の中には感じなかった。

 其処から少し街道を進んだ所で、昼食にする。今日はパンにポテトサラダ、肉団子の組み合わせだ。優に大人の2人前はある。竜人体ではエネルギー消費が多いのか、以前よりも食事量が増えた。食事処でも、女の子の姿で大量に食べるものだから、いつの間にか食いっぷりが評判になっていた。…全く嬉しく無いが。

 昼食を食べ終え、移動を再開する。この先は宿場まで平野が続くので、歩き易くて良い。前後から来る馬車に注意する必要はあるが。

 結局何も起こらず宿場に着き、俺は前回と同じ宿屋に泊まる。今回は1人部屋が空いていたので助かった。

 夕食を食べ終え、井戸水で体も拭き終わり、あとは寝るだけという状態で、俺はベッドの上で物思いに耽る。

 剣術指南、そして護衛の対象であるアルト=クリミル領主代行。アンバーさんの姉妹。見た目、そして性格はどんな感じなのか。俺が居る間に襲撃はあるのか。

 そんな考えても詮無い事を思い浮かべながら、俺は眠りに付いた。


 翌日。朝食後に事前に頼んでおいたお弁当を受け取り、宿を出る。

 前回昼食で立ち寄った高台に、昼頃までに着くよう歩を進める。本気で走れば午前中に着くだろうが、女の子が高速で疾走していれば奇異の目で見られてしまう。なので自重する。

 前回はアンバーさんとの2人旅だったが、今回は1人だ。なので会話は無く、ただ黙々と歩き続ける。

 その結果、どうしても手持ち無沙汰になり、自然と街道を歩く人が目に付く。やはり冒険者の集団と馬車が目に付き、若い女性の1人歩きは見当たらない。そのせいもあってか、道行く人が俺に視線を投げ掛けて来る。

 実は男なんですよ、別に危険じゃないんですよ、と心で訴えても、当然ながら伝わらない。中には俺の身を心配し、「馬車に乗るかい?」と声を掛けて来る御者も居た位だ。丁重に断ったが。

 そんなこんなで、予定通りに高台に到着した俺は、早速昼食にする。

 そこで昼食を食べながら思い出すのは、アンバーさんと交わした会話。

 俺の弱点の1つで、結局鍛えられていない連携。シェリーさんから座学ではある程度教わったが、実践は出来ていない。

 もし今回の依頼で実際に襲撃があった場合、他の護衛や兵が居れば連携が必要になる。それに他人の目があると、俺は今の身体では魔法を使う訳には行かない。魔法が掌では無く口から発動するのだ、無事護衛は完遂出来ても、色々と追及されるのが目に見えている。

 何かと制約や懸念点はあるが、結局はやってみないと判らないのだ。今悩んでも解決には繋がらない。連携も、もし兵が居るなら一緒に訓練させて貰えるようお願いするのも良いだろう。そう、前向きに考えよう。

 そう心に折り目を付け、俺は出発した。


 街道の国境近く、魔王城とは逆の北側にその村はあった。時間は日も落ち、暗くなり始めた所だ。

 シェリーさんの座学の中での「食事時に訪問するのは、食事を催促している事になるので避けた方が良い」との言に従い、今日は村の宿屋に泊まり、明日の朝食後を狙って訪問する事にした。

 街道に面してはいないが、昼間なら街道から目視で確認出来る村のため、宿場も兼ねており、ちゃんと宿屋はあった。

 1人部屋を取り、夕食を取り、井戸水で身体拭き。前日と同じ流れを終えて一息つく。

 此処まで来た限り、村としてはそこそこ大きいのだろう。但し街のような石壁は無く、木の柵が張り巡らされている。家畜の逃亡防止には役立つのだろうが、魔物が襲って来た場合は充分なのだろうか、と少し心配になる。夜盗も然りだ。

 また思考が悩む方向に行きそうだったので、寝る事にする。ランプの灯りを消し、俺はベッドに潜り込んだ。


 翌日。朝食を終え、宿屋を出る。仮の領主館と思われる家の目星は付いていた。村の一番奥、周囲と比べても一番大きな2階建ての家だ。入口には兵士と思われる人が2名常駐している。

 俺は兵士に近付き、依頼書とシェリーさんからの推薦状を渡し、領主代行への面会を依頼する。

 兵士の1人が屋敷に入り、直ぐに戻って来る。その後ろにはメイドと思しき人が付いて来ていた。

 黒髪を後ろに束ねた、切れ長の目をした美人。だが、纏う雰囲気は剣呑さを帯びている。

「アルト様の傍付き従者、エストルムと申します。エストとお呼び下さい。ユーナ様、こちらへどうぞ」

 フィーリンさんの提案により、俺は偽名を使う事にしていた。本名からなるべく近い女性名という事で、ユーナと名乗る事にしたのだ。

「判りました。お邪魔致します」

 俺はそう答え、エストさんに付いて行く。入口からエントランスに入り、そのまま2階へ。一番奥の部屋の前まで案内される。

 エストさんはドアをノックし、声を掛ける。

「アルト様、指名依頼の件でお客様がお見えになりました」

「…入って頂いて下さい」

 鈴のような、高くて澄んだ声が返って来る。

「畏まりました」

 エストさんがドアを開け、俺を中に招き入れる。

 其処は書斎のようだった。部屋の奥で椅子に座り、こちらを見やる女性。手に持った書類を置き、口を開いた。

「ようこそお出で下さいました。私が領主代行のアルト=クリミルです」


 其処には、成人である15歳になったかどうかという年頃の、少女が居た。

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