第22話

 俺の竜人体が発現してから暫く後。

 それまでの間、シェリーさんの「その身体での力加減に慣れる事が先決だ」との指示により、日々を竜人体で過ごしている。寝ている間もだ。

 正直、この姿に慣れてきてしまっている自分が怖い。お風呂も最初は抵抗があったが、それも慣れた。食事処も買い物もこの姿なので、周囲の認識は「前のお弟子さんは辞めて、新しいお弟子さんが来た」という事のようだ。シェリーさんの陰謀では無かろうか。

 午前の家事は相変わらず。座学の講義は国の法律や政治・軍事・宗教、他国との外交関係などに内容が及んでいた。

 午後の特訓は、以前は俺が鍛えて貰う側だったが、今はシェリーさんが鍛え、俺は加減を覚える形になっていた。

 人の身体の感覚で体を動かすと、折る、曲げる、壊す。本当に、うっかりで人の命を奪い兼ねないのだ。シェリーさんが終始楽しそうなのが救いか。

 カタナを峰打ちで使うのも不慣れなため、シェリーさんが訓練用の刃引きのカタナを入手。俺はそれを使わせて貰っている。

 シェリーさんが俺に打ち込み、俺は受けに徹する。そして隙が見えたら、俺が攻撃をする。そういう流れになっていた。

 シェリーさんの連撃が俺を襲うが、目で追い、身体が動く。全てを弾き、最後の上からの一撃を真正面から受け止める。足が地面にめり込む感触。人の姿では受け切れない攻撃だ。竜人体の身体能力を、今更ながら実感する。

「…よし、今日はこれ位にするか」

 シェリーさんが終わりの合図を口にする。

 俺はそのタイミングで、少し前から思っていた事を口にした。

「今は俺の、竜人体の力加減を覚える事に徹していますが、俺自身の訓練はどうすれば良いですか?」

「心配するな。日に日に身体が馴染んで来ているのだろう、魔力量がどんどん増加している。人の体に戻った時、身体強化の限界魔力濃度も増えている筈だ」

「え、そういう狙いがあったんですか」

 驚いた。ちゃんと意味があったらしい。流石に今の恰好で元に戻って確かめる訳には行かないので、寝る前にでも確認してみる事にしよう。

 そして確認の結果、確かに身体強化の限界魔力濃度が増えていた。その分、竜人体の発現魔力濃度も増えている。人の身体と竜人体、その両方が成長している事が判った。特訓がちゃんと自身の糧になっている事に安心し、その日は眠りに付いた。


 翌日の朝食、食事処で「いつもの」を食べている最中に、珍しくシェリーさんが話を切り出した。

「今日はこの後、冒険者ギルドに行くぞ」

 珍しい。と言うより、シェリーさんと冒険者ギルドに行くのは初めてだ。

 俺は思わず尋ねる。

「何か用事があるんですか?」

「あたしに指名依頼が入っているらしくてな。とにかく一度話を聞いてくれ、だとさ」

 どうやら野暮用のようだ。指名依頼が来るとは、それだけシェリーさんが評価されているのだろう。

 俺はついでに聞いてみる。

「シェリーさんの、今の冒険者ランクって?」

「C級のままだ。面倒で勅命依頼しか受けてないからな」

 俺と同じランクだった。同じように、実力はあるがランクが見合っていない冒険者も居るのだろう。上位に知り合いが居ないと推薦状も貰えないだろうし。


 食事処を出て、冒険者ギルドに行く。

 俺も冒険者ギルドは久しぶりだ。と言うか、行ったのは一度だけで、未だに依頼を受けていない事を思い出す。

 シェリーさんが受付に声を掛け、手紙と冒険者証を差し出す。恐らく手紙が指名依頼の呼び出しなのだろう。

 受付に案内され、シェリーさんが奥に行く。俺は待っていれば良いのかと思っていたが、シェリーさんに手招きされたので付いて行く。

 案内されたのは応接室。ソファーは柔らかく、飾ってある調度品も高級そうな物が多い。相応の身分の人も訪れる事がある証左か。

 テーブルを挟み、シェリーさんと俺が並んで座り、向かいには、てっきりギルドマスターのガルファングさんが来るのかと思っていたのだが、知らない女性が座っていた。耳が横に長く、透明感のある金髪、美しいとしか形容できない顔立ち。エルフなのだろうか。

 案内してくれた受付の人がテーブルに紅茶を置き、退出する。

 その女性は紅茶に口を付け、話し始めた。

「お久しぶりです、シェリー様。お隣の方は初めまして。このギルドの副マスターをしております、フィーリンと申します」

 ああ、この人が以前受付のイリノさんが言っていた、書類作業やギルド運営を得手とする副マスターか。合点がいった。確かにこういう場に、ガルファングさんは似合わないだろう。

 俺は頭を下げ、「こちらこそ、初めまして」と返しておく。

「久しぶり。元気そうで何よりだ。で、指名依頼って事だけど?」

 シェリーさんは普段通りの態度で接する。まあシェリーさんも騎士爵家の人だし、問題無いのか。

「ええ。シェリー様宛の指名依頼は、普段でしたらギルドの方からお断りしているのですが、この度のご依頼者が、シェリー様とは無関係とは言い切れませんでしたので、ご足労頂きました」

「何か遠回しだな。誰からの、どんな依頼だ?」

 シェリーさんの直球の問いに、フィーリンさんが答える。

「ご依頼者はカルヴァドス=クリミル伯爵様、ご依頼内容は、ご息女であるアルト=クリミル領主代行様の剣術指南役です」

 その答えに俺は驚く。クリミル伯爵家はアンバーさんの実家だ。それにスタウトさん達が別れ際に受けたという育成依頼もクリミル伯爵家、対象はアンバーさんの妹との事だった。

 何人姉妹が居るのかは判らないが、タイミングからすると同一人物の可能性が高いのでは無いか、俺はそう考えた。

「クリミル伯爵…。あー、成程。ウチの弟繋がりか」

 シェリーさんも得心が行ったようだ。同じパーティの誼という事なのだろう。

「先程の敬称の通り、アルト様は先日、領主代行に任命されました。ですが代行領は家格にそぐわない僻地でして、他家の陰謀が働いているとお考えです。そこでアルト様の身を案じ、護衛を兼ねた剣術指南役を求めておられます」

 シェリーさんは兎も角、俺がこんな話を聞いてしまって良いのだろうか。するとフィーリンさんは、にこっと微笑んだ。構いませんよ、という事か。

「政争とは結構な事だが、子供まで巻き込まないで欲しいものだ」

 シェリーさんは心底面倒くさそうだ。ただ剣術を教えるだけでなく、場合によっては政敵から送り込まれる刺客を迎え撃つのだから、当然だ。

 すると、シェリーさんは良い考えが思い付いたのかにやりと笑う。先程のフィーリンさんの笑みとは雲泥の差だ。…何か嫌な予感がするのは気のせいか。

「ユート、あんたが代わりにこの依頼を受けな」

 嫌な予感が的中した。俺は反論する。

「いやいや、無理言わないで下さいよ」

「何でだ?あたしより強いんだから、条件としては充分だろうが」

「…ユート様?それに、シェリー様よりお強いとは…」

 フィーリンさんが俺に疑問を持つ。当然だ。それに名前にも疑問を持っている辺り、最近C級試験に合格した冒険者として、俺の名前を憶えている可能性がある。

「…そういや、性別の問題があったな。フィーリン、ここだけの話にして欲しい事がある。守れるならこいつが依頼を受ける。守れないならあたしも受けない。どうする?」

 シェリーさんの半ば脅迫めいた物言いに、フィーリンさんが答える。

「…秘密は必ずお守りします。ですので、ユート様にご依頼を受けて頂くかどうかは、お話をお聞かせ頂いてから判断しても宜しいでしょうか」

「よし、それで良い。念のため、この部屋に阻害魔法を掛けてくれ」

「畏まりました」


 俺を置いてきぼりにして、シェリーさんとフィーリンさんとで、どんどん話が進んで行ったのだった。

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