第21話
竜人体。魔王城を発つ前日の夕食の席で、バランタインさんが見せていた。竜族が成る事が出来る人の姿。
俺は率直に意見を述べる。
「…経緯がさっぱりなんですが、俺は竜になっちゃったんですか?」
『いや、ユート自身は人のままだ。…我とユートが初めて会った時、何故我が同胞の気配を持っているのか、訪ねた事を覚えているか?』
「…ああ。そう言えば聞かれましたね」
『あの時から見当はついていた。ユートがこの世界に来た際に、竜玉と融合したのであろうよ』
バランタインさんはそう答え、続けた。
『竜玉は竜の心臓であり魔力機関。死して尚、魔力を蓄え生み続けるもの。ユートの転移された座標に竜玉があり、ユートの魔力機関と融合したのだ。異常な保有魔力量の理由でもあるな』
成程。この世界に来て宝箱に閉じ込められていた時、鳩尾の辺りに違和感を感じたのは、それが理由だったのか。
『それでな、見た目はどのような感じになっておる?』
「…どんな感じです?」
近くに鏡が無いので、俺はシェリーさんに尋ねる。
「歳は15歳位だろうか。赤く長い髪で眼も赤く。背は低め。胸は歳の割にそこそこある。とても可愛らしいぞ」
「要らなそうな情報は伝えなくて良いです」
俺はシェリーさんに釘を刺すが、バランタインさんは必要な部分のみ拾ってくれた。
『15歳という事は、幼体か。それに髪や眼が赤色なら、火竜の一族であるのは確実だろう。その姿でなら火属性の魔法も扱えるようになっている筈だ』
「そうだ。この姿になってから、魔法が使えなくなっているんですが。魔力も流す事が出来ません」
俺は遠話石に魔力を通す事が出来なかった事を思い出し、問う。
『それは発動箇所の違いだ。人は掌だが、竜は口で発動する』
バランタインさんの答えを聞き、俺は試しに口先に陣を描いてみる。すると、あっさりと陣が描かれる。よく漫画とかで見る竜のブレスは、この世界では実は魔法だったという事か。
「それで、一番重要な事なんですが、元に戻る事は出来るんですか?」
そう。一生この姿のままだというのは困る。バランタインさんが竜の姿と竜人体、どちらにもなれるのだから、戻れるとは思うのだが。
『ふむ、身体強化の魔力を一度遮断すれば戻る筈だ』
早速、常時掛けている身体強化の魔力を止めてみる。すると、再度身体が赤い光に包まれ、ブカブカだった服が元に戻った。
「どうですか?」
シェリーさんにそう尋ねる俺の声は、元の高さになっていた。
「…残念ながら元に戻ったぞ」
何故残念なんだ。そう思っていると、シェリーさんが続けて言った。
「確実にあたしを上回る身体能力だった。一度戦いたかったのだが」
本当に残念がるシェリーさんに対し、バランタインさんが答える。
『強いのは当然だ。幼体と言えども竜族。精霊と同格だ。限界を超えていない人族なぞ相手にならん。また竜人体の発現は、身体強化の魔力濃度が一定以上を超えると起こる。今後は何時でも使えるから安心しろ』
「それは安心したぞ」
「俺はむしろ安心出来ません」
『…其処は発現魔力濃度を試行し把握するしかあるまい』
御尤も。これが男の竜人体なら抵抗も少なかったと思うのだが、仕方無い。実際に試して覚えるしか無いだろう。服や防具のサイズが合わなくなるので、戦闘中に意図せず竜人体になってしまったら、命に関わる。
『伝えるべきは、この程度か。もしまた何かあったら、気にせず連絡して来るがよい。では、去らばだ』
バランタインさんがそう言うと、遠話石の輝きが消えた。
すると早速、シェリーさんが畳み掛けて来る。
「よし!竜人体になれ!特訓の続きだ!!」
「見てました?服が合わなくなるんですから。戦えませんって」
「丁度良いサイズの服ならあるぞ!ワンピースとフリルのスカート、どっちが良い?」
「何でそんな物があるんですか!?てか、シェリーさんのサイズに合わないし、そういうの着ないでしょう?」
「前に弟子入りしていた子に着せていた!楽しかったぞ!!」
「楽しまないで下さい!せめてズボンとかは無いんですか?」
「無い!なので竜人体になって着替えろ!仕方無い。お前の要望を汲み、服を買いに行くぞ!!」
「えぇ………」
何だこのやり取りは。何故シェリーさんはこんなに張り切っているんだ。本当に戦いたいだけなのか、楽しんでいるのか。
俺がそう考えていると、シェリーさんは一言呟いた。
「…師匠命令だ。従え」
特訓に対するやる気を問われた、初対面の時と同じ、低くドスの効いた声。
「…判りました」
こうなってしまっては、残念ながら俺は従うしか無い。
結局俺は、シェリーさんの用意した下着と白色のワンピースを着用し、一緒に街の服屋に向かった。
道中、俺は物凄い羞恥心に苛まれた。今は女性の身体とは言え、女性の服を着て往来を歩いているのだ。恥ずかしいに決まっている。周囲の視線が気になって仕方無いし、足がスースーする。
隣を歩くシェリーさんは楽しそうだ。色々と前のお弟子さんの服を持っていた感じ、自分が頓着しない分他人のお洒落に拘るタイプなのかも知れない。俺にとっては傍迷惑だが。
服屋に着いてからも羞恥は続く。当然、周囲は女性だらけ。置いてある服も女性向けのみ。下着も色とりどりの物が並んでいる。
下着は地味めのデザインの白色を選択。だがブラジャーはまず店員によるサイズ測定があった。心が折れそうだ。
上着は色違いのブラウスを数着選び、短めの丈の黒のジャケットも1着買う。問題は下だ。ズボンを推す俺と、足を出す事を譲らないシェリーさん。その戦いは最終的に俺が押され気味に終わり、妥協点としてキュロットスカートになった。
俺は這う這うの体で家に帰る。なお防具の類は買っていない。シェリーさんによると、恐らく身体強化が人間のレベルに無いため、不要だろうとの事だった。
早速買ってきた服に着替え、庭に出る。
シェリーさんが指を1本立てて、俺に言う。
「注意点だ。いつも通りでは無く、かなり加減して掛かって来い。あたしが死ぬかも知れないのでな」
…本当に其処まで強化されているのか、俺には実感が無い。だがシェリーさんがわざわざ注意して来るのだから、そのつもりで対応するべきだ。
俺はカタナを構えると、軽く踏み込み間合いを詰める。…すると、景色が一気に流れ去る。直後、シェリーさんが目の前に迫っていた。
俺は直ぐに足を止め、峰打ちで横に剣を薙ぐ。シェリーさんには当たらず、構えている大剣には当たる間合い。
ガキィンッ!!
物凄い音と共に、大剣がシェリーさんの手から離れ、回転しながら物凄い速度で飛んで行き、家の外壁に突き刺さる。
お互い無言が続く。シェリーさんの手がぷるぷると震えていた。
数秒の後、シェリーさんは笑顔で、興奮気味に言葉を発した。
「いいぞ!これだ!遥か高みにある強さ!あたしはこれを求めていた!!」
その顔は上気し、感動に打ち震えているようだった。
これより後、午後の特訓は「俺が竜人体で加減を覚える」事となった。
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