第20話

 シェリーさんによる正式な特訓が始まる初日。俺はまず毎朝の掃除・洗濯を済ませてから、シェリーさんに声を掛けた。

 シェリーさんの指示により、俺は自分の部屋で待機。すると程無く、シェリーさんが何冊かの本を持ってやって来た。

 部屋にあるテーブルに向かい合って座ると、シェリーさんが口を開く。

「特訓についての説明だ。午前は座学。あたしが騎士学校で学んだ事、あと実際に騎士になってから学んだ事を、必要だと思うものから教える。午後は実技。素振りや手合わせとか、その時に応じて内容は決める」

「判りました。それで今日は何を?」

「ユートは戦闘経験は充分だが、戦闘知識が足りないよ。まずは単独、複数、集団それぞれの、戦い方の基本について教える。これだけでも暫くは掛かる。腰を据えて教えるから、覚悟しときな」

「…宜しくお願いします」

 俺がそう返事すると、早速座学の講義が始まった。


 俺が驚いたのは、持って来た本は参考程度で、殆どがシェリーさんの口頭と筆記による説明だったと言う事だ。失礼だが、俺は勝手にシェリーさんを脳筋タイプだと思っていた。しかし実際は、豊富な知識を持ち、理路整然とした説明を行なう。印象を改めさせられた。

 なお複数とは冒険者で言うパーティ、騎士団では小隊に満たない集まりを指す。集団は小隊以上。複数のパーティの集まりは、役割自体は変わらないので集団には含めないそうだ。

 単独では、まず武器の種類と機能。例えば剣なら直剣と曲剣、直剣の長さ・形状による種類、それぞれの長所と短所、技法など。其処に魔法の有無も絡んで来る。

 それが複数になると、役割やバランスが重要になって来る。冒険者のパーティ編成は多種多様で、大体が3~6人位。近接のみのパーティもあれば、逆に魔術士のみのパーティもあるらしい。そして治癒術士は万年人不足。敢えて危険を冒さず、教会や治癒院で働く人も多いそうだ。

 そして集団。要は軍隊としての用兵になる。そうなると各自決められた武器を持ち、指揮に従い陣形を維持・運用する。集団未満ではあるが、特殊任務や斥候・伝令なども集団に含まれる。

 集団は自分には関わりが無いかと思ったが、場合によっては臨時傭兵部隊として冒険者を集め、運用する事もあるとの事。勅命依頼として出される依頼の一つだ。

 今日の午前中は、その辺りで講義が終わった。


 午後は実技。俺の持つカタナの扱い方の基本を、今更ながらまず教わる。

 構えは上段・中段・下段・脇、それに左右水平と斜め上下。基本の立ち方は片足を前に出す半身。振りの軌道は、構えから何処を狙うかで変わる。

 また、魔物が相手なら刃を受けられる事は少ないが、人が相手なら武器や盾などで受けられる事がある。その際の選択肢として、受け流す、押し切る、次撃を加える、魔法や蹴りを使う、等。この辺りはシェリーさん曰く「修練よりも実戦、実戦よりも発想が上回る」との事。

 構えについては、まずは自分が一番得手とする型を身に付ける事。そうしないと、奇襲などの際に迷いが生まれ、即座に戦闘態勢に入れないそうだ。俺自身は、突きや受けも柔軟に行なえるよう、中段に構える事が多い。

 構えは中段に決まり、そこからの振り方を素振りで繰り返し練習する。草刈りで身に付いた感覚が活きる。

 座学の内容が一段落するまでは、当面はこの構えからの素振りを練習するよう、シェリーさんから指示を受けた。


 その日の夜。俺は自炊した夕食を食べ、シェリーさんは相変わらずお酒を飲んでいる食卓。そこで俺は気になっていた事を聞く事にした。

「シェリーさんは、何で騎士団を辞めたんですか?」

「ああ、団長になったから」

「…どういう意味ですか?」

「あたしが騎士団に入った目的は、家が騎士爵家というのもあったけど、強くなりたかったからだ。騎士団は第1から第8まで8つあって。実力主義で、第1騎士団の団長が一番強かった。でも、当時のあたしはその団長に決闘を申し込み、勝ってしまった。そして第1騎士団長になって、目標を失った。だから辞めた」

 その理由は、至極簡潔なものだった。今に至るまでに葛藤などがあったのかも知れないが、今のシェリーさんからは、それを窺い知る事は出来なかった。

「その後、冒険者になって弟達の面倒も少し見たけど、今はこんな感じさ」

 シェリーさんはそう言いながらグラスを空にし、手酌でまたお酒を注ぐ。

「でも今は楽しいよ。あたしのやってきた事にも、少しは意味があるんじゃないか、って思えるしね」

 物憂げな笑みを浮かべ、そう呟く。

 それならば、俺も精一杯頑張ろう。今がお互いに価値のある物になるように。



 そして特訓の日々を積み重ねる中で、その事件、と言うより事故は起きた。


 その日の午後、俺はシェリーさんと模擬戦を行なっていた。

 シェリーさんの手には幅広の大剣。騎士団の頃より愛用している武器。俺とのハンデとして、シェリーさんは両手持ちの大剣を片手で振るっている。

 俺は自分のカタナで打ち合っているのだが、全て受け切られてしまう。腕力と見切りが俺とは比較にならないレベルなのだ。ハンデのお陰で、剣速だけは何とか互角を維持している状態だ。

「ほらほら、そんな甘い踏み込みじゃあ体勢が崩れるぞ!もっと集中しな!」

 シェリーさんから檄が飛び、同時に大剣の腹で腕を叩かれる。俺は急いで間合いを開け、中段に構え直す。

 現時点で基礎の能力が足りないなら、可能な限り身体強化の魔力を濃くするしか無い。最近では寝ている間も身体強化を維持しているので、以前よりも強化量は増えている筈だ。

 鳩尾に集中し、身体全体に広げている魔力量を増やす。その瞬間、バチッと何かが弾けるような感覚。そして俺の身体が赤い光に包まれた。

 その光は直ぐに収まった。だが、シェリーさんが呆然とした表情で俺を見ている。何かあったのだろうか。

「…可愛いな。いやいや違う。何だその姿は?」

 シェリーさんが俺に問う。

 何かがおかしい。俺の目線が低くなっている気がする。手を見ると小さく、肌が白くきめ細かい。というか、下げた目線の先、俺の胸元に謎の膨らみが2つある。

 そう。俺は何故か女性の身体になっていた。


 その後、俺は混乱したままシェリーさんと家の中に入り、改めて身体を確認する。

 服がブカブカになっており、身体全体が小さくなっている。明らかに女性の身体だった。赤い髪は腰まで伸びている。

 其処で俺は、バランタインさんの言葉を思い出す。

『遠話石だ。魔力を通して我が名を呼べば、我と離れていても会話が出来る。…そうさな、身体強化で困った事が起きた時にでも、連絡を寄越せ』

 そうだ。俺は自分の部屋に行き、バランタインさんから貰った遠話石をカバンから出し、1階に戻る。

 だが、俺は何故か遠話石に魔力を通す事が出来ない。もしやと思い、魔法の発動を試みるが、全く発動する気配が無い。この身体が原因か。

 仕方が無いので事情を説明し、シェリーさんにお願いして遠話石に魔力を通して貰う。すると遠話石は緑色に光り始めた。

「バランタインさん、聞こえますか?侑人です!緊急事態です!」

 呼び掛ける自分の声が高い。物凄い違和感を感じる。

『…この遠話石はユートか。声は違うようだが、どうした?』

 バランタインさんの声が、遠話石から聞こえる。無事繋がったようだ。

「簡潔に言います。女性の身体になってしまいました!何か判りますか?」

『ふむ、雌だったのは意外だが、予想通りか』

「…あの時、やけに意味有り気でしたけど、予想通りって?」

 俺の問いに、バランタインさんの声が続いた。


『我も簡潔に言うぞ。お主のそれは、竜人体だ』

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