第19話

 シェリーさんの家に来て2日目。

 シェリーさんは気怠そうに起きて来たが、昨日あれだけお酒を飲んでいたのに、二日酔いにはなっていないようだ。流石は酒豪だ。レベルが違う。

 一緒に朝食を食べに、俺達はまた同じ食事処へ。シェリーさんの「いつもの」は、朝と昼とでメニューが違うらしい。俺もまた同じ物にする。

 そして午前。俺はシェリーさんの部屋の片付けを始める。衣類は纏め、後で洗濯しよう。下着も多数あるが、本人が気にしていないので俺も割り切る事にする。

 片付けが終わったら、昨日と同様に掃除。ベッドも万年床になっているようなので、2階のベランダに干す。お風呂で衣類の洗濯もし、同様に干す。ここまでで午前が終了した。

 俺は、1階に居るシェリーさんに片付けと掃除・洗濯が終わった事を告げる。

「じゃ、お昼を食べに行くぞ。木箱に酒瓶を入れておいたから、それを持ってあたしに付いてきな」

「?…判りました」

 理由は判らないが、俺は言われるがままに酒瓶の入った木箱を持つ。相変わらず身体強化は常時継続しているので、重くは感じないが。

 いつもの食事処に行く途中、昨日場所を教えて貰った酒屋に寄る。

「らっしゃい!おお、お得意様のシェリーじゃねぇか」

「や。空き瓶持ってきたからさ。帰りにまた寄る。いつもの用意しといて」

「あいよ」

 店員らしき髭面の中年男性は、あっさりとシェリーさんの要件を承る。何か日頃の行動範囲が伺い知れる。

 酒屋を出た所で、シェリーさんが説明する。

「いつも、空き瓶が溜まったらここに持って来て、同じ本数のお酒を買う。帰りに寄って引き取るから、忘れるなよ?」

「了解です」

 俺はそう答え、後に続く。

 家ではだらしないイメージの強いシェリーさんだが、外に出る時はブラウスにパンツルックという服装で、髪もポニーテールに結っている。背筋の伸びた姿勢の良い歩き方と言い、流石は元騎士団長。背の高さも俺より少し小さい位で、引き締まった格好良さがある。

 訓練された結果なのか、シェリーさんは歩幅が広く、油断していると俺も置いて行かれるペースで歩く。

 食事処で昼食を食べ、帰りにお酒を引き取り、家に着く。

 俺はお酒を倉庫に置き、シェリーさんに尋ねる。

「一応、一通り家の中の片付けと掃除は終わったと思います。午後は何処に手を付ければ良いですか?」

「…そうだね。んじゃ、ちょっと庭においで」

 シェリーさんはそう言うと、入口近くに立て掛けてあった直剣を持ち、庭に出て行った。俺も後に続く。

 雑草が伸び放題の庭。背丈のある種類が多いのか、俺の腰と肩の間くらいの高さまで伸びている。

「ほら」

 シェリーさんから直剣を渡される。刃先が潰されている。訓練用だろうか。

「その剣で、この庭の草を刈りな。高さはこの位だ」

 地面から10センチ位の高さを、シェリーさんが手で示す。

「草刈りが全部終わったら、特訓を始める。あたしは短くても10日は掛かると思ってる。急ぐ必要は無いから」

 そう言うと、シェリーさんは家に戻って行った。

 俺は受け取った剣を軽く振り、先程指示された高さをなぞってみる。そして気付かされる。これも特訓の一環だろう。

 一気に刈るには高さが低すぎるので、地面と水平に薙ぐのは無理がある。そうすると、剣の先端でしか刈れず、かなりの時間を要する筈。

 しかも剣先は潰されているので、切れ味は無いに等しい。それなりの威力と剣速が必要そうだ。直剣には慣れていないのも問題だ。

 とにかくやってみよう。そう判断し、直剣を脇に構える。傍目には居合の構えに見えるだろうか。腰の回転と手の振り、その両方で威力と剣速を稼ぐ。

 剣を思い切り振り抜く。ずさっ、と音が鳴り、刈られた草が舞う。

 1メートルにも満たない幅、そして数センチの距離の草が刈れただけ。そして俺は、この草刈りの厳しさを思い知る。

 うっかり長めに刈ってしまうと、指示された長さに再度刈る必要があるが、難易度が一気に跳ね上がるのだ。幾ら剣を振っても、雑草を撫でるだけ。

 最悪、この直剣を鎌代わりにし、雑草の上の方を持ちながら刈る方法もある。でも、それは最終手段だ。何より、シェリーさんがそれを求めていない気がする。

 作業ではなく、特訓。しかも一振り一振り、集中力を切らさない事。威力と剣速を維持する事。

 …その日、刈り終えた面積を見て、俺は少し絶望した。


 シェリーさんの家に来て3日目、草刈り2日目。朝と昼は外食、夜は俺の分だけ自炊をする。洗濯物は溜めず、毎日行なう。酔ったシェリーさんを寝室に運ぶ。あとはお風呂と用足し。それ以外の時間は草刈りだ。

 早く終わらせたいが、焦ると逆に手間が増える。その結果、途中からはただ無心に剣を振り続けていた。構え、振り、角度、その型を身体が覚えていく。

 草刈り3日目~5日目は、特筆すべき事は無かった。

 草刈り6日目、お酒をまた買う。シェリーさんの肝機能が心配になる。

 草刈り7日目。草を刈れる距離が増えた気がする。心なしか、剣を振る際の草の抵抗も小さくなったような。

 草刈り8日目。昨日の感覚が気のせいでは無かったと気付く。可能な限り、草の抵抗が小さい時の振りを再現してみる。

 草刈り9日目。身体強化の魔力濃度、剣の威力、剣速、全てが1日目よりも成長している事を実感する。型も定まり、黙々と草刈りを続けた。

 草刈り10日目。その日の午後、やっと庭の草刈りを終えた。刈った草は庭の一角に大量に積み上げられている。

 俺が終わった旨を伝えると、シェリーさんは庭を確認し、頷く。

「丁度10日、初日は午後からだから、実質9日か。上出来だ」

 そう言うと、俺の目の前に薪を1本立てる。

「薪の表面をギリギリ斬る間合いで、草刈りと同じに振ってみな」

 俺はシェリーさんに向けて頷き、10日間使い続けて来た直剣を構える。剣の軌道は目に焼き付いている。俺は全力で剣を振り抜いた。

 ヒュッという音と共に、剣先が表面を僅かに掠る感触。薪は一瞬揺れたが、その場に留まった。

 シェリーさんは薪を拾い、俺に見せて来る。其処には、5センチ程の深さの傷が付いていた。

「途中で気付いただろうが、剣速があるレベルを超えると、空気をも切り裂く。もっと成長すれば、このナマクラで丸太を両断する事も可能だ」

 そう言うと、にやりと不敵な笑みを浮かべ、続けた。

「合格だ。特訓は明日からだ。今日は残りの時間、好きにしな」

「…有難う御座いました!」

 俺はそう言うと、その場に寝転んだ。一気にこの10日間分の疲労を実感する。散々嗅いだ土と草の匂い。それが今は心地良かった。


 その日の夜、シェリーさん曰く「お祝い」との事で、俺は晩酌に1杯だけ付き合った。

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