第18話

 冒険者ギルドに着いた俺は、早速2階の書庫へと直行した。

 各棚の案内を頼りに、目的の物を探す。すると、直ぐに見つかった。

 魔物について纏められている書物の棚。俺はそれらしいタイトルの物を数冊抜き取り、読書用の椅子に座り読み始める。

 調べたいのは、魔物が与えて来る状態異常について。

 ギルドマスターであるガルファングさんとの試験で、俺自身の弱点は幾つか明確になった。でも、それとは別に致命的な弱点を俺は自覚していた。

 それは連携。試験に合格しCランクとなった以上、もしパーティを組むのなら同等、B~Dランク辺りになるだろう。ただ俺はアンバーさん達による育成支援と指導、そしてバランタインさんの特訓による成長だが、俺以外の冒険者はFランクから地道に依頼をこなし、パーティを組み、ランクアップしてきた人達だ。

 連携に不慣れな俺と、連携に慣れた俺以外。仮にパーティを組んでも、邪魔をしてしまったり仲間を魔法で誤爆してしまう危険性がある。何より、俺が原因で誰かを死なせてしまったら。それが一番怖い。

 そう判断する以上、当面はソロで冒険者を続ける必要がある。ゲームの知識を安易に適用するのは危険かも知れないが、敢えて当て嵌めるなら、ソロプレイの敵は主に状態異常だ。睡眠、毒、麻痺、混乱、石化、等々。なのでまず、魔物が持つ状態異常と、その魔物について調べようと思ったのだ。

 この世界に来た時の宝箱から、カタナと一緒に麻痺無効エンチャントの指輪は入手しているので、麻痺が存在する事は確かだ。それ以外の状態異常について調べていき、筆記具でメモをしていく。

 暫くして、ある程度は状態異常について内容が纏まったので、一息つく。纏まった内容は、こんな感じだった。

 ・睡眠 魔人系(魔法)

 ・毒  蛇系(噛む)、蠍系・蜂系(刺す)、蛙系(接触)、蜘蛛系(分泌)

 ・混乱 霊体系・不死系(接触)

 ・石化 蜥蜴系(噛む)

 ・盲目 蝙蝠系(噛む)、芋虫系(分泌)

 ・他  魔物の牙や爪などの攻撃による感染症

 …想像以上に厳しい。短時間放置で回復するものもあれば、時間の掛かるもの、更には永続効果のものもある。回復役が居なければ致命傷だ。

 この結果を元に、俺は判断を下す。それは特訓だ。自らを鍛え、連携が不慣れでもパーティを死なせないように対処する事。

 そこで、ヴァイツェンさんからの紹介状だ。元騎士団長なら、連携も得手だろうと思われる。それなら連携の為の特訓も受けられるのではないか。

 そう結論付けた俺は、明日にでもヴァイツェンさんのお姉さんを訪ねる事とし、今日は宿へと戻る事にした。


 翌日、俺は早速ヴァイツェンさんのお姉さんである、シェリーさんの家の前に来ていた。

 繁華街とスラム街の丁度境目辺りに建つその家は、ちょっと小さ目なサイズの2階建て。1人で暮らす分には余裕のある家だろう。庭は家よりも広めで、周囲は塀で囲まれている。

 但し、家の周囲が非常に荒れている。雑草が伸び放題で、何も手入れされていないのが判る。窓ガラスも汚れが酷く、カーテンが掛かっていないのに中が伺えない。

 もしかして、シェリーさんは既に他の場所に引っ越してしまい、此処は廃墟にでもなっているのだろうか。

 考えても仕方無い。俺はそう割り切り、入口の呼び鈴を鳴らす。

 …何も反応が無い。

 念のため、もう一度呼び鈴を鳴らす。すると扉の向こうからドタバタと音がしたかと思うと、扉が外側に開いた。

「ふぅえ~い。どちら様~?」

 肩先まで伸びた黒髪はボサボサ、寝間着…というかネグリジェ?の肩紐が片方ずり落ちている。顔は美形なのだが、寝起き直後なのか台無しだ。眼は黄金色。そして背後に広がる部屋は、散らかり放題。特に酒瓶が目立つ。

 ヴァイツェンさんから聞いた彼女の年齢は、26歳。

 うん。俺の体内センサーが危険信号を発している。この人はダメな人だ。

「む~ん、初見さんだなぁ~。誰だ~?」

 ちゃんと話が出来る状態なのか疑わしいが、ひとまず話を進める事にした。

「初めまして。ヴァイツェンさんから貴女への紹介状を頂きました、侑人と申します」

 そう言い、俺は預かっていた紹介状をシェリーさんに手渡す。

「弟?紹介!?結婚!!?」

「何でそうなるんですか!?とにかく中身を読んでみて下さい!」

 何故結婚の話になるのか意味不明だが、俺はシェリーさんに紹介状の中身を読む事を促す。

 シェリーさんは読み終えると、低くドスの効いた声で話し始める。

「…あたしの特訓を受けるには、厳しい条件がある。ユートと言ったね。あんた、本当にやる気はあるのかい?」

 その言葉には真剣さも込められており、俺は圧倒される。でも、俺も決断して此処に来ているのだ。最初から気圧されていては話にならない。

「もちろんです。死なせないため、死なないため。特訓を受けられるなら、どんな条件でもクリアしてみせます!」

 俺の返答にシェリーさんは満足そうに頷き、びっ、と俺を指差す。

「条件は、掃除炊事洗濯その他、あたしの身の回りの世話だ!!」

 仁王立ち。誇らしげにだらしない。こんな大人にはなりたくないものだ。

 まあ、仮にも元騎士団長だ。特訓は有意なものだと期待しよう。

「それじゃあ…宜しくお願い、します?」

「ああ!宜しく頼むぞ!色々と!」

 …3人目の師匠は、極振りの個性派だった。


 シェリーさんの指示により俺は宿を引き払い、同じ屋根の下で暮らす事になった。宛がわれた部屋は2階の客間、という名の物置。まずは俺が生活する為のスペースを確保する必要があるようだ。

 何とか寝るスペースを確保出来た俺は、1階の片付けと掃除を始める。キッチンは暫く使われた形跡が無く、基本的に外食で済ませているようだ。

 あちこちに散乱した酒瓶をまとめ、ひとまず外に置いておく。

 そうしたら、ハタキで上から下へと埃を落とし、床を箒で掃く。そして濡れ雑巾で各所を拭く。ちなみに、掃除用具一式は宿屋から此処に来る途中で、俺が買って来た。

 この家に井戸は無いが、シェリーさんは火と水の属性魔法が使えるため、お風呂に事前に水を貯めておいて貰った。

 キッチンの片付けと掃除で半日が終わってしまった。

 昼になり、俺はシェリーさんに誘われて外に出た。行先はシェリーさん行きつけの食事処。「いつもの」でメニューが通る程だ。俺も同じものを頼む。

 今後、炊事もする事を考慮し、料理に使われている食材や調味料を、シェリーさんに判る範囲教えて貰う。

 ちなみに、俺が転移者である事は既に説明済みだ。「へー」の一言で済まされてしまったが。

 どうやら、調理は焼く・炒める・煮る(茹でる)が基本で、蒸す・揚げる調理はしないようだ。

 帰り道で、酒屋の場所を教わる。酒を買うのも俺の仕事か。


 午後は1階の残り、風呂・トイレ・倉庫の掃除を行なう。トイレは月に1回、専門の業者が回収に来て、肥料にするそうだ。

 シェリーさんからは「この家がマトモな状態になったら特訓を始める」と言われている。だが、普段使わない筋肉を使うこの作業も、ある意味特訓だ。昔、そんな映画があった気がする。

 1階の片付けと掃除で、1日目は終了。シェリーさんは夜は食べずにお酒しか飲まないそうなので、俺1人で外に出て、通り沿いの屋台で適当に見繕う。

 改めて周囲を見やると、夜でも人通りが多い。食事処や酒場だけでなく、娼館なども近くにあるようだ。そのせいか、大通り付近と比べてやや治安が悪そうな雰囲気がある。

 引ったくりやゴロツキとエンカウントせずに家に戻ると、シェリーさんは完全に酔い潰れていた。新たに酒瓶が数本空いている。毎日こんな生活をしているのか。

 流石に不安になってくる。いざ特訓をしようとしたら、身体がなまり過ぎていてマトモに動けませんでした、という可能性もある。その時は、知識のみを教えて貰う事にしよう。

 シェリーさんをこのまま放置するのも何なので、部屋に連れて行くためお姫様抱っこをする。前にも同じような状況があった気がする。

 部屋は2階なので、慎重に階段を登り、部屋の扉を開ける。

 シェリーさんの部屋は、他の部屋に違わず散らかっていた。服やらが床に積み重なっており、ベッドの上のみ片付いている。俺は転ばないようベッドに近付き、シェリーさんをベッドの上に降ろす。

 シェリーさんは、仰向けになって寝息を立てている。その呼吸に合わせ、強調される胸。お酒により赤らんだ顔と相まって、非常に魅力的に見える。

 だが駄目だ。最初の時の発言を思い出せ。手を出してしまえば、それを既成事実として結婚を迫られるのは明白だ。煩悩よ、退散せよ!



 …特に何もせず、俺は自分の部屋に戻った。シェリーさんの家に来て1日目の戦いは、今終わった。

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