第17話

 皆と別れた俺は、気持ちを切り替え、色々と考えていた事を実行する事にした。

 まずはスタウトさんに教わった武具屋へ行く。扉の上には剣と盾を模した吊り看板がある。俺は早速扉を開けた。扉に取り付けられている鈴が音を奏でる。

「いらっしゃいませー!」

 明るく弾むような声が響く。

 コンビニくらいのスペース、その壁一面に剣や斧、槍などの武器が並び、中央のスペースには鎧や盾、兜が置かれている。入口近くには、縦長の木箱に武器が雑多に入っている。処分品だろうか。

 奥にはカウンターがあり、女の子が座っている。先程の声は彼女のものだったようだ。桃色のショートカットにカチューシャを付け、くりっとした目をした可愛い子だ。俺より年下、16歳位だろうか。但し武具屋らしく、鍛冶師が使うような厚手の生地のエプロンを身に付けている。

 武具屋に来た目的は、装備を整える事。カタナと指輪は偶然の産物で入手できたが、防具は何一つ身に付けていない。回避重視なので重い防具は避けるが、最低限の備えはしておくべきだと考えたのだ。

「防具について相談したいんだけど、今大丈夫かい?」

「はい!各種ご相談も承っておりますよー!」

 快い返事が返ってきたので、俺は早速相談する。

「動き易さ重視で、必要最低限の防備をしたいんだけど。何かお薦めはあるかな?」

「そうですねー。まず胴体。見た目を変えたくなければ、内側に鎖帷子を着込むのが定番ですねー。懐とご相談になりますけど、良い素材の物は防御力が高く、しかも軽いですからお薦めですよー」

 成程。全身鎧は東西問わず着用が大変らしいし、動きも大きく阻害される。鎖帷子は軽量のものなら良さそうなチョイスだ。

「あとは胸当てですかねー。急所の一つである心臓を防ぎます。肩当の無いタイプなら肩の動きも阻害されませんし。先程の鎖帷子とセットで使うのが良いかと思いますよー」

 この子は薦め方が上手い。有名服飾店のカリスマ店員みたいなものか。…そんな店には行った事は無いが。

「次は手ですねー。武器を持つ手が傷付けられると、戦闘力の低下に直結します。金属製の小手は指の動きを阻害しますので、関節以外の部分に金属を埋め込んだ、革製のグローブは如何でしょう?」

 手の防護か、成程。カタナを持つ感覚が変わりそうなのは心配だが、掌側の生地が薄ければ問題無さそうだ。

「そして足。こちらも重装でない限り、金属製はお薦めしません。ガチャガチャ五月蝿くて普段使いできませんし。革製のブーツで充分かと思いますー」

 今履いているのは、元の世界の運動靴だ。動き易いが、同じような物がこの世界で買えそうも無いので、慣れる為にも替えた方が良いだろう。

「兜はその人の好み次第ですねー。大抵の物は視界が遮られますし、ハーフタイプは格好悪いです。何より他の装備とのデザインのバランスが取り難いので、何も被らないのが主流ですー。獣人の方は、耳が塞がってしまいますし」

 兜はヘルメットをイメージすると判り易いか。フルフェイスに半帽、どちらも微妙な気がする。うん、ここは主流に乗ろう。

「それじゃ、今お薦めしてくれたものだけど、全部揃えると幾らくらいだ?」

「んー、素材によりますので、予算を教えて貰えますか?」

「俺は相場を全然知らないんだ。この店にある物で、真ん中くらいの性能の物を揃えると、幾らくらいになる?」

 俺は素直に聞く。車のディーラーで「新車が欲しい。予算は5万円だ」などと言ってしまうのは恥ずかしい。

「んーと、鎖帷子は軽いミスリル合金、胸当てはワイバーンの革、グローブとブーツは伸縮性の高いヘビーオークの革でー」

 そう言いながら、女の子は算盤のようなもので計算をしている。

 計算が終わったのか、女の子が口を開く。

「えっとー、全部で4万1千ゴールドになりますー」

 俺定義の円換算で200万円オーバー。本当に車を買うような値段になってしまった。しかし自分の命を預ける仕事道具なのだから、割り切ろう。

「じゃあ、買う前提で現物を見せて貰えるかな?色やデザインとかも一応確認したいし」

「かしこまりましたー」

 女の子は元気に答え、カウンターの奥にある扉に入って行った。奥は倉庫になっているのだろう。

 暫くすると、女の子と一緒に背の低い男性が、防具を持って扉から出て来た。

 女の子と同じ身長、150センチくらいか。恰幅が良く、頭にはタオルを巻き、顎には長い髭を蓄えている。俺のイメージするドワーフ像そのものだ。

「俺はこの店の店長、鍛冶師のグルムだ。…見る限り、初めての装備か」

「はい。武器は持っているんですが、防具を揃える為に来ました。スタウトさんにこのお店を勧められましたので」

「おお、あいつの紹介か!それじゃお前が、期待の新人冒険者ってぇ奴か。既に界隈では噂になってるぞ。何せ勇者パーティの推薦だからな!」

 マジか。スタウトさん達の知名度を侮っていた。噂になる程度なら仕方ないと割り切るが、絡まれたりするのは勘弁して欲しい。

「まあそんな話は置いといて、要望の防具はこれだ。見て判断してくれ」

 グルムさんはそう言い、女の子と一緒にカウンター上に防具を並べて行く。

 鎖帷子は青み掛かった銀色でタンクトップ型、持ち上げてみると凄く軽い。それに揺らしても金属音が殆どしない。胸当ては黒く艶のある鱗状、肩と脇にベルトを通して固定するようだ。グローブとブーツは焦げ茶色、グローブの掌部分は生地が薄くなっている。

「問題ありません。素人目で申し訳無いですが、良い感じです」

「よし、じゃあ一通り試着してみろ。ミア、手伝ってやれ」

「わかりましたー。それじゃお客さん、恥ずかしがらずに上を脱いでくださーい」

 上を脱ぐだけなら別に恥ずかしくないのだが。このミアという名前の女の子は、他の客にもこういう態度なのだろう。

 ミアに手伝って貰いながら、俺は防具を身に付けていく。鎖帷子を服の内側に着て、服を着直し胸当てを付ける。靴をブーツに履き替え、グローブを着ける。

 おお、何か一気に冒険者になった事を実感する。

「着け終わったな。じゃあ、ちょっとこっちに来い」

 グルムさんに案内され、カウンターの扉を抜け、倉庫も通り過ぎ、店の裏口から外に出る。

「各部に問題無いか、サイズの調整が必要かどうか、動いて確認してみろ」

「判りました」

 グルムさんに促され、俺は動きを確認する。街道でアンバーさんに指導を受けた訓練をやってみる。

 敵を想定し、武器を構え、魔力を集中する。躱し、突き、受け流し、薙ぐ。一通りの攻撃と防御のパターンを試す。

「ふえー、新人なのに冒険者の人って、こんなに凄いんですねー」

「違うわい。試験合格者だぞ。最低でもC級の実力。新人なんぞとは比べ物にならん」

 一通り動きを試し終え、改めて防具の具合を把握する。無駄な隙間も無く、動きを阻害する締め付けなども無い。誂えたかのように、丁度良かった。

「全く問題ありません。今まで通りの動きが出来ます。買わせて頂きます」

「よし、まいどあり。んじゃミア、後は頼んだぞ」

「はーい、任されましたー」

 そこでふと、1つ忘れていた事があったので伝える。

「追加で、魔物の解体に丁度良いナイフを1本、欲しいんですけど」

「スタウトの紹介だからな、オマケで付けてやる。ミア、見繕ってやれ」

 ナイフはサービスで貰える事になった。防具よりは安価なのだろうが、節約できるに越したことは無い。


「はい、こちらがナイフになります。ホルダー付きですので、ベルトに付けておけますよ。それじゃ4万1千ゴールド、お預かりしまーす」

 ミアに金貨4枚と銀貨10枚を払い、ナイフを受け取る。防具は装備したままにしてある。街中を歩いた時、防具を身に付けた冒険者が多く見られたからだ。防具に慣れるのにも丁度良いだろう。

「あと、武器・防具の修理や点検も随時受け付けていますので、ご贔屓にー。毎度有難う御座いましたー!」

 ミアの元気な声を背に、俺は店を出た。


 俺はその後、アンバーさんに教えてもらったお店で、筆記具と風魔法の上級魔法書を購入した。アンバーさんからは中級までしか教えて貰っていないので、上級は自力で覚えて行く必要がある。

 それにしても、本1冊で1万ゴールドは高過ぎる。活版印刷技術は未だ無いのだろうか。


 俺は今日やる事の最後の1つを済ませるため、冒険者ギルドへ向かった。

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