第15話

 ギルドの中庭に用意された訓練場。そこに立つ俺に相対するのは、変態マッチョ…ではなく、ギルドマスターのガルファングさんだ。年齢は41歳。だが年齢を感じさせない肉体は、俺にとって油断出来る相手では無い事を実感させた。

 ガルファングさんは試験の話を聞くと、即断即決。俺を訓練場まで無理矢理引っ張って来たのだ。イリノさんの評価は正しかった。今となっては何の役にも立たないが。

「お前が冒険者として、やりたい役割は何だ?」

 ガルファングさんが俺に問い掛ける。

「…魔法剣士です」

 俺は、以前にアンバーさんが称した名前を口にする。

「よし。武器は其処にあるから好きなものを選べ。魔法は初級のみ使用可だ」

 俺は反りのある木刀を選ぶ。カタナに慣れた今となっては、重量が心もとなく感じる。

「一応言っておくが、俺は元Sランク冒険者だ。今も他の奴らの訓練ついでに自らを鍛えている。安心して、本気で打ち込んで来い!」

 ガルファングさんのその言葉を合図に、試験が始まった。



「いやー、試験を見学すんのも久しぶりじゃね?」

「そうだね。ユートが何処までやれるのか楽しみだよ」

「うむ」

「…混ざりたい…」

 ポーターの言葉に、スタウトとヴァイが続く。最後のベルの呟きは無視する。

「ユートの事を一番良く判っているアンバーから見て、どういう戦いになりそうだい?」

 スタウトの言い方に、私は一瞬どきっとする。違う、そうじゃない。一緒に特訓の場に居たから聞いているのだ。

「…特訓の基本は、魔物との多対一の立ち回り。でも人に対しても、充分その成果を発揮出来る。実際に見たから」

 私はそう答える。むしろ心配なのは、夜盗の件がトラウマになっていて、人と相対する事が呼び起こす切欠にならないか、という所だ。

 ギルドマスターは受けの構えだ。試験なのだから当たり前だ。ユートの力量を測るのだから。

 ユートが真正面から接近する。木刀は横に構え、左手を前に掲げる。

「風爆弾(ウィンド・ボム)!」

 ユートの魔法がギルドマスターの足元を穿つ。風の勢いで砂埃が舞う。狙いは目晦まし。

 ユートは突進しながら左に逸れ、走り抜けながら木刀を薙ぐ。

 ガッ、と音がする。ギルドマスターは木剣で斬撃を防いでいた。

「風旋斬(ウィンド・カッター)!」

 振り向きざま、ユートが魔法を放つ。だがギルドマスターは、そちらを見もせずサイドステップで躱す。気配感知だ。

 ぶおん、と木剣を一振り。ギルドマスターの周囲に舞っていた砂埃が吹き飛ばされる。

「魔法は発動速度、威力、使い所、どれも充分だ!次は接近戦だ、来い!!」

 ギルドマスターが両手を広げ、ユートに向け叫ぶ。筋肉がキモい。暑苦しい。

「…判りました。胸をお借りします…!」

 ユートはそう返し、ギルドマスターとの距離を詰める。今までユートは右手でカタナ、左手で魔法という戦闘スタイルをしていた。でも今は、左手も木刀を握っている。両手持ち。もう魔法は使わない、という意思表示か。

「ギルドマスターの剣の振りを見て、ユートは警戒したようだね」

 スタウトが呟き、ポーターが聞き返す。

「ん?どういう意味だ?魔法は使わねーってだけじゃねーの?」

「…剣戟の威力を見て、片手持ちでは受け切れぬと判断した」

 答えたのはヴァイだった。そしてスタウトが続ける。

「そうだね。片手持ちのままでは力負けする。だから両手持ちにした。でも見た限り、ユートはカタナの片手持ちに特化している。不慣れな両手持ちで何処まで戦えるのかは不安が残るね」

 ユートが真正面に立ち、真上から木刀を振り下ろす。ギルドマスターは頭上で木剣で受ける。ユートは弾かれた勢いを殺さず、今度は木刀を掬い上げる。だが、ギルドマスターは横に半歩身をずらし、斬撃を避ける。

「あれかね、君は両手持ちは不慣れかね?」

「…はい。訓練したのは片手持ちだけです」

「よし。片手持ちに戻せ。力は抑えてやる。本来の剣戟を見せてみろ!」

「…はい!」

 ユートは直ぐさま左手を木刀から離し、ギルドマスターに切迫する。

 薙ぎ、突き、受け、フェイント、そして足運び。ユートが生き生きとしている。

「そうだ!そうこなくてはなぁ!良いぞ、新人らしからぬ良い斬撃だ!!」

 生き生きとしているのは、ギルドマスターもだった。

 お互いが剣戟を繰り出し、時には避け、時には受け、鍔迫り合う。この試験で成長しているのか、私の目ではユートの動きを追うのが難しくなって来ていた。

「ああ…。今すぐメイスを掴んで、あそこに飛び込みたい…」

 ベルの呟きは再度無視する。病気なので仕方ない。

「ギルドマスターが手加減しているとは言え、ユートは凄いね。全く武器を扱った事の無い人間が、この短期間で此処まで成長出来る。僕達も頑張らないと、あっと言う間に追い越されてしまうかもね」

 そう。前にも思ったが、ユートの成長の源はその愚直さと真面目さ。決して転移者の恩寵によるものでは無い。これから先、途中で命を落とす事さえ無ければ、きっと私達に直ぐ追い着くだろう。

 まだ全然教え足りないが、私はユートの魔法の師匠だ。

 私にも魔法の師匠が居る。だが、師匠の背中に追い着くどころか、追い着くべき背中が未だ見えていない。

 私はユートの師匠として立派だろうか。ユートに実力で追い着かれても良い。でも、追い越されたくは無い。隣に並び続けたい。それが素直な気持ちだ。

 ユートとギルドマスターとの斬り合いは、未だ続いていた。ただ、拮抗していたバランスが崩れ始める。ユートに疲労の色が見える。斬撃が鈍る。

 するとギルドマスターは間合いを取り、右手を前に突き出し、叫んだ。

「これまで!以上をもって試験を終了とする!」

 その声に、息の上がった状態のユートは身を但し、深く頭を下げた。

「はぁっ、はぁっ、ありがとう、ございましたっ!」

 ユートは立派だった。私も師匠として、誇れるようになろう。そう思った。

 スタウトも、ヴァイも、ポーターも。ユートの姿に何かを感じ取ったような真摯な表情をしていた。

 ベルの表情は、戦いに興奮し上気していた。…見なかった事にしよう。


 やっと呼吸の落ち着いた俺は、ガルファングさんに問い掛ける。

「それで、結果はどうだったでしょうか?」

「未だ経験不足ゆえ、幾つか弱点がある。何だか判るか?」

 逆に質問で返される。俺は試験の中で感じた事を、素直に話した。

「力の強い相手には押し負ける事と、持久力。それに相手に隙を生じさせる為の、引き出しの少なさでしょうか」

 ガルファングさんは聞き終えると、手をぱん!と叩き、今日一番の大声で宣言した。


「よし!ここに、デルム支部のギルドマスター、ガルファングが宣言する!挑戦者ユートを、今この時より、C級冒険者として認定する!!」

 その瞬間、スタウトさん達だけでなく、他の冒険者やイリノさん、数十名の見学者から拍手を受けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る