第13話

 翌日。朝食を食べて宿屋を出た俺達は、真っ直ぐ街道を進み始めた。

 アンバーさんによると、丁度夕方頃にはデルムの街に到着するそうだ。街に着いたら、スタウトさん達が拠点にしている宿に行って合流。翌日、冒険者ギルドまで俺を案内してくれてから別れるとの事。

 1日目の街道沿いはずっと平原が広がっていたが、今日は途中で森を突っ切る事になる。街道を迂回させるには森が広く、止む無く最短距離を通したのだろう。

「森は平原と比べて魔物が多い。見通しが悪いから不意打ちの危険もある」

 アンバーさんから、森を抜ける際の注意を受ける。

「何よりも、最近は夜盗による被害が頻発しているらしい。注意して」

「…了解です」

 俺の浮かない表情を読み取ったのか、アンバーさんが付け加える。

「ユートのもう一つの弱点。…人の命を奪った事が無い事。遭遇するとは限らないけど、覚悟はして」

「…アンバーさんは、人を殺した事がありますか?」

 俺は思わず問い掛けていた。聞かずにはいられなかった。

「ある。私は4人。襲ってきた夜盗を3人、ダンジョン内で物を奪いに来た冒険者を1人」

 アンバーさんは淡々と答える。その表情はいつもの無表情で、どんな気持ちで答えてくれているのかは伺い知れない。

「…自己防衛だからと言って、率先して殺す必要は無い。でも、仲間を危険に晒さない事を優先するべき。何が大事かを忘れないで」

 そうだ。もしアンバーさんが何者かに殺されそうになったら、相手を殺してでも守る。悩んで動けなかったら最悪だ。覚悟を決めておかないと。

 するとアンバーさんが、俺と目線を合わせずに付け加える。

「もしユートが、人を殺した事でショックを受けたら、…慰めてあげるから」

 照れているのか、頬が赤くなっている。それを隠すかのように、アンバーさんは三角帽子を深く被ってしまった。

「…有難う御座います。その時はお願いしますね」

 俺は敢えて、明るく笑顔で答えた。


 昼も過ぎ、少し傾きかけた日差しを、森の木々が濃く遮る。吹き抜ける風が葉を鳴らし、纏う空気が重々しく感じる。

 森の中を通る街道は、独特の雰囲気を醸し出していた。

「こういう所では、草を掻き分ける音とかも大事な情報。だから、今から会話はせず、黙って進む」

「…了解」

 アンバーさんの指示に、俺は短く答える。そして俺は気配感知の魔力を、最大にまで広げる。10メートル程の街道の端から端までをカバーする程度なので、森に何かが潜んでいた場合は感知出来ないが、不意打ちに反応する事は出来る筈だ。

 暫く、お互いに警戒した状態で進み続ける。思った以上に精神的に消耗する。ポーターさんは、いつもこんな感じでダンジョンを先行しているのだろうか、などと他愛の無い考えが浮かぶ。

 不意に、気配感知が反応する。左後ろだ!

 振り向くと、何かが真っ直ぐアンバーさんに飛んで来ていた。俺はカタナを抜きざまに叩き落とす。

 地面に落ちたのは、半ばから折れ曲がった矢だった。

「左後ろ、森の中に弓手!」

 アンバーさんに伝わるよう俺は声を上げ、警戒を続ける。アンバーさんも直ぐに振り向き、魔法を発動させる。

「防護風旋(エアリアル・ガード)」

 風属性の中級魔法。周囲に風の渦を起こし、弓矢などの遠距離攻撃を防ぐ魔法だ。砂埃は巻き上げないので、視界を阻害する事も無い。

 直後、街道を挟んだ反対側の森からも矢が飛来する。が、俺達の眼前で風に弾かれ、矢が後方に飛んで行く。

 遠距離からの弓矢が無駄だと判断したのか、両側の森から人が出て来る。短弓を持つ者が2人、短剣を持つ者が1人、そして後ろにもナイフを持つ者が2人、計5人が俺達を囲んでいた。

「矢を落とす腕前、そして素早い魔法の発動。大したもんだ。俺達も怪我はしたくねえからな。荷物だけ置いて逃げてくれねぇか?」

 短剣を持つ男はそう言い、俺達を睨む。こいつがリーダーだろうか。

 皆一様に麻のズボンとシャツ、その上に革鎧。リーダーと思われる男は、それに加えて小さな盾、バックラーを持っている。

「…どうします?」

 相手の強さは断言出来ないが、レッサーデーモンよりも弱く見える。だが、俺は対人戦の経験が無い。まずは実力を隠すのが常套手段だとしたら、人数の少ない俺達の方が不利だ。なので申し訳無いが、アンバーさんに判断を委ねる。

「見る限り、昔相手をした夜盗と同程度。ユート1人でも全員を相手取れる」

 確実では無いが、アンバーさんの目利きに少し安心する。

 遠距離攻撃が魔法で防がれると判った以上、戦いになったら全員が接近して来るのは確実だ。現に、短弓持ちの2人は武器をナイフに持ち替えている。

「返事が無えなら、殺して奪うまでだ。あの世で仲良くな」

 短剣の男の下卑た目付きが、冷酷なものに変わる。

「…それなら、3人の方に俺が突っ込みます。アンバーさんは後ろの2人をお願いします」

「…出来るの?」

 その問いは、倒せるの?ではなく、殺せるの?という意味。

 覚悟は済んでいる。仮に見逃したとしても、変な恨みを買う可能性もある。

「大丈夫です。それに、慰めてくれるんですよね?」

 俺は敢えて、おちゃらけた感じで答える。

 すると、アンバーさんは初めて見せる笑顔で答えた。

「…ふふっ。任せた」

 俺は足に力を籠めて一気に踏み出し、短剣の男に肉薄する。そしてカタナを横に薙ぐ。

「ちいっ!」

 男は盾で切っ先を弾くが、その隙に俺は左手で魔法を放つ。

「風旋斬(ウィンド・カッター)!」

 狙いは寸分違わず、男の両足を切断した。これでアンバーさんの所に向かう心配は無い。俺は左側の男を次のターゲットに定める。

「ぐぁっ…くそっ、そいつは魔法の陣を出た!一人は弓で狙え!」

 両足を切断されたと言うのに、短剣の男は2人に指示を出す。直ぐさま右側の男が弓を拾う。

 俺は左側の男との間合いを詰めながら、右側の男に牽制で魔法を放つ。

「風爆弾(ウィンド・ボム)!」

 魔法の直撃を受け、右側の男が仰向けに倒れる。その隙に左側の男に、カタナで突きを放つ。男はナイフで受けようとするが、俺の体重と勢いも乗せた一撃は胸を真っ直ぐに貫いた。

 俺がカタナを引き抜くと、男は胸から血を吹き出し、みるみる顔から血の気が引き、うつ伏せに倒れた。

 俺は直ぐさま右側の男に駆け寄る。男はまだ起き上がろうとしている最中だった。隙だらけの首を容赦無く刎ねる。

「火炎爆砕(フレア・バースト)」

 振り向くと、丁度アンバーさんの魔法で2人が焼かれ、黒焦げになった死体が地面に横たわった。

「な…、み、みんな殺しやがったのか…?」

 両足を失った短剣の男は、蒼白になりながら周囲を見やっていた。

 俺は男の隣まで行き、カタナを向けて呟く。

「ああ。お前で最後だよ」

「ああっ、くそがっ!くそがあぁぁぁっ!!殺してやる!殺し…」

 俺はカタナで男の頭を突き刺した。そして引き抜き、一振りして血を払う。

「…放置すると騒ぎになるし、血の匂いが魔物を呼び寄せる。死体は森の中、街道から見えない所に捨てる」

「判りました。俺がやりますので、アンバーさんは魔物が寄って来ないか、警戒をお願いします」

「…承知した。宜しく」

 アンバーさんの了解を得て、俺は1人ずつ死体を抱え、森の中に捨てていく。

 悪人だから殺しても仕方ない、などと割り切れるものでは無い。割り切れるのなら、死刑執行に外れのボタンは要らないだろう。

 それでも、アンバーさんに大丈夫だと言った以上、無闇に引き摺る事はしたくなかった。俺自身を、そしてアンバーさんを守る為。そう自分に言い聞かせる。

 死体を全て片付け終わった時、俺の手は血で真っ赤に染まっていた。それを見た時、自分の意思に関係無く、膝が地に付き、手が、そして身体が震え始める。

 ああ。どんなに俺が強がっても。人を殺すという事は、こういう事なのか。頬を涙が伝う。

 …ふと、背後から抱きしめられた。暖かく、柔らかい感触。

「…約束。慰めになるか判らないけど」

 耳の直ぐ近くで囁かれる、アンバーさんの声。その声には優しさが込められていた。


 俺は一頻り泣いた。その間、アンバーさんはずっと抱きしめ続けてくれていた。

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