第12話
俺達はその後も街道を歩み続け、日が沈もうとする頃には宿場に到着した。
街道に沿って、2~3階建ての建物が複数件並んでいる。宿屋以外にも食料品店や飼葉の店なども並ぶ。
宿屋は吊り看板にベッドのマーク。2件あるが、1件は建物が大きく外装も豪華な雰囲気があり、高級宿の雰囲気があった。その隣にあるもう1件は、ボロくも無く豪華でも無く、恐らく一般的な宿屋なのだろう。
案の定、アンバーさんは真っ直ぐ2件目の宿屋に歩を進めたので、俺も遅れずに付いて行く。
中に入ると小さめの部屋に受付があり、その隣の部屋からは騒がしい声が響く。恐らく食堂兼酒場なのだろう。受付には恰幅の良い、いかにも女将さんという風体の女性が立っていた。威勢のいい声が掛かる。
「いらっしゃい!ようこそ緑海亭へ」
「1人部屋を2つ、空いてる?」
「申し訳無いねぇ。今日は盛況でね、2人部屋が1つ空いてるだけさね」
「…どうする?」
女将さんの返答に、アンバーさんが俺の方に振り向き、問う。
「…こちらと隣の宿とでは、幾らくらいの差ですか?」
「うちは一人150ゴールド、隣は1000ゴールドだよ」
こっちは概算で7500円、隣は5万円。正に桁違いの差だ。スタウトさんに宝玉を売ったお金が30万ゴールドあるので、隣の宿に泊まるのも可能だが、無駄遣いにならないだろうか。
正直、こういう状況を経験した事が無いので、素直にアンバーさんに聞く事にした。
「今までは、似たような状況だとどうしてたんですか?」
「可能なら男女で分かれる。大部屋しか空いてなければ、野営と同じと割り切る」
「成程。なら俺はアンバーさんの判断に任せますよ」
俺の返答にアンバーさんは暫く逡巡し、口を開いた。
「…じゃあ、その2人部屋でお願い」
「まいどあり。300ゴールドね」
アンバーさんが銀貨3枚を渡す。
「食事は隣の食堂で、別会計だからね。あと井戸は其処の裏口を出た所にあるから。タライとタオルは部屋にあるよ。じゃあこれ鍵ね。2階の一番奥だよ」
女将さんの説明を聞き、アンバーさんが鍵を受け取る。
「部屋に荷物を置いて、食事にしよう」
「判りました」
俺はそう答え、一緒に部屋に向かった。
荷物を置いた俺達は、早速食堂に行き夕食を頂いた。鶏肉の香草焼きと野菜のスープ、それにパン。マーテルさんの料理には敵わないが、中々に美味かった。
食事を終え部屋に戻り、俺は身体を拭く為の井戸水を汲んで来る事にした。力仕事なので、アンバーさんの分も一緒にだ。
裏口を出ると滑車式の井戸があった。桶を降ろし、汲んだ水をロープを引っ張って持ち上げ、タライに移す。3回繰り返す事でタライが一杯になった。俺はもう1回同じ事を繰り返し、2つ目のタライも一杯にする。
日本に居た頃では1つのタライを運ぶのも一苦労だっただろうが、レベルと身体強化のお陰もあり、特に苦も無く部屋まで運ぶ事が出来た。
「それじゃ暫く部屋から出てるんで、お先にどうぞ」
アンバーさんに先に身体を拭くを事を薦め、俺は部屋の外に出る。
俺は折角なので、今日の昼食時に教わった訓練をしようと思い、井戸の近くにあった空き地に移動した。
ユートが部屋を出たのを確認し、私は念のため扉の鍵を閉めた。
服を脱ぎ、タライの水にタオルを浸して絞り、身体を拭いていく。自分の胸を見て、同年代ながら発育の良いベルと比べてしまい気落ちするが、かぶりを振って気持ちを切り替える。。
自分が女性として、あまり魅力的では無い事は自覚している。身体の発育もそうだが、性格も不愛想で、素っ気無い態度を取る事も多い。
それでも今まで特に変えようという努力もしなかったのは、冒険者として不要だったから。まず強くなる事。仲間に置いて行かれないように。そして何より、仲間を危険に晒さないようにする為。
冒険者パーティとして、自分達がSランクで現役の10指に入るという事実は、誇りに思っている。それは変わらない。
でも、それ以外の事に意識が向いているのも事実。
ユート。異世界からの転移者。
最初は膨大な魔力量に興味を持った。この魔力量を充分に活かし、魔法を放ったらどれだけの威力になるのか。そういう興味の対象だった。
身体強化や魔法などを教えているうちに、人となりを多少なりとも知った。一言で言うなら、真面目な努力家。パーティの中ではスタウトに近いだろう。
生きる為に強くなる。それはこの世界に住む者なら、少なからず考える事。でもユートは平和な世界に居た為、更にはレベル1でこの世界に放り出された為、その思いが人一倍強い。
だからこそ、教えた事を真摯に受け止め、努力し、身に付けていく。その姿に自分を重ねているのかは判らない。でも強く共感した。
魔王城の21層で別行動を申し出た時、スタウトには色々と理由を述べた。でも一番の理由は、ユートの成長を傍で見届けたかった。それに尽きる。
バランの特訓を受け始めてからは、その成長ぶりに驚きを隠せなかった。何よりも精神的な強さに。スタウトとヴァイが根を上げた特訓に、数日前まで平和な世界で暮らしていた筈のユートが、初日で20日間ぶっ続けでやり遂げる。
自分も魔法を教え、ユートは中級まで使えるようになった。でもそれは、ユートの望む「この世界で生き残る術」には、些細な事でしか無い。
だから、出来得る限りこの世界の知識や、訓練のアドバイスなどを伝えている。自分勝手だが、ユートにとって自分が「役に立った」「頼りになる」と思われたいだけ。
以前の私なら、浅ましい感情だと切り捨てただろう。でも今は、この気持ちを大事にしたいと思っている。
街に着けば、ユートとは離れ離れになる。私は皆と合流しなければならない。ユートが私達のパーティに入るなら話は別だが、その可能性は無いだろう。ユートは自らの足で、この世界を歩む事を望んでいる。
だからこそ、この気持ちを今はユートには伝えない。私にも矜持があり、目標が出来たから。
私はその目標が達せられる日を願い、天井を見上げた。
訓練を終えた俺は部屋に戻り、入れ替わりにアンバーさんに部屋を出て貰い、身体を拭く。やはり日本人なので、風呂に入らないと物足りない。シャワーでも満足出来ないタイプなので、この先が思いやられる所ではある。
身体を拭き終えた俺は、また裏口に行き水を捨て、部屋に戻る。
アンバーさんは寝間着代わりの長袖ワンピースに着替え、ベッドに腰掛け本を読んでいた。
今更だが、同じ部屋で女性と二人きりという状況を意識してしまう。当然だ。日本に居た頃、こんなシチュエーションに遭遇した事は全く無い。
気を逸らすため、カタナの手入れと点検をする事にした。
スタウトさんに教わった通りに、まず各部を布で拭く。そして刃毀れは無いか、各部のガタつきは無いかを確認する。結果は問題無し。
今更だが、このカタナは相当な代物ではないのか、と思う。スタウトさんが「中々の業物」と言っていたが、バランタインさんの特訓を経ても刃毀れ一つ無いのだ。武器の砥ぎや買い替えをする必要が無いのは良いが、本当に俺が貰ってしまって良かったのか、と今でも思う。
特訓のお陰もあり、武器の扱いにも大分慣れた。アンバーさんの指導の賜物で、魔法も中級まで扱えるようになった。街に行ったら冒険者ギルドで冒険者になり、昼にアンバーさんから指摘された弱点を鍛える。それを当面の目標にしよう。
ヴァイツェンさんから貰った、元騎士団長のお姉さんへの紹介状もある。教えを乞うのもアリかも知れない。
…などと色々考えを巡らせていたら、いつの間にかアンバーさんは布団に潜り、寝息を立てていた。小さな身体が上下に規則正しく揺れている。
これで寝坊でもしたら、アンバーさんに迷惑を掛けてしまう。俺にとってはバランタインさんと並び、師匠の一人だ。カタナを壁に立て掛け、俺も眠る事にした。
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