第11話

 翌朝の朝食後、全員が転送陣のある部屋に集まっていた。

 俺はカタナを差し、荷物は初めから持っていたリュックのみ。アンバーさんはいつもの恰好に、一通りの荷物を詰めた旅行鞄のようなものを持っている。

 スタウトさん達が居る街までは、丸2日あれば着く距離との事で、その間に必要となる分の水と食事を、マーテルさんが用意してくれた。

「短い間でしたが、本当にお世話になりました」

 俺は感謝の意を示し、頭を深々と下げる。

「…また来る」

 アンバーさんは慣れているのか、あっさりした別れの言葉だった。

「ユートもアンバーちゃんも、また遊びにいらっしゃいね。再開出来る日を楽しみにしているわ」

「お元気で。旅のご無事を祈らせて頂きます」

「次に会う時は、もっと強くなっておれ」

 アイリさん、マーテルさん、バランタインさんの順に一言を貰う。

 皆との出会いと交流に感謝し、俺は改めて頭を下げた。

 そしてアイリさんが呪文を唱え、足元の転送陣が光を放つ。一瞬意識が遠のいたかと思ったら、眼前に平原と青空のコントラストが広がっていた。


 この世界で初めて見る外の景色。太陽は一つで、雲も浮かんでいる。地球と殆ど変わらない。一つ大きく違うのは、遥か遠くに空まで垂直に伸びる、光の筋がある事だ。

「アンバーさん、あの遠くにあるのは何?」

「…あれは光の塔。正教国の聖都にある、天界に繋がる上層型ダンジョン。神霊に至った者だけが踏破出来ると言われている」

 天界という事は、あの女神が居るのだろうか。

「この大陸でなら何処からでも見えるから、旅の目印に最適」

 航海時の、北極星のような役割になるらしい。

「今から向かうデルムの街は、丁度光の塔を背にした方向」

 アンバーさんの言うデルムの街で、依頼を終えたスタウトさん達が待っているそうだ。遠話石で定期的にやり取りはしているとの事だった。

「屋外の移動って初めてなんだけど、魔王城の時とは違う注意事項ってある?」

「まず今は2人だけだから、野営は無し。街道沿いに歩いて、途中にある宿場に寄る。あと魔物との遭遇頻度はダンジョンに比べて少ない。代わりに夜盗や山賊に遭遇する可能性はある」

 人間との戦闘経験は無いので、そこが俺としては不安要素だ。特訓中に一度マーテルさんと手合わせはしたのだが、実力差があり過ぎてあっさりやられてしまった。

 それに、可能なら無力化するに留めたいが、人間を殺す必要があるかも知れないのだ。魔物を倒すのは特訓で慣れ、今更躊躇も無い。だが人間を殺す覚悟は未だ出来ていない。

 …今悩んでも仕方無い。俺はその考えを振り払う。

「このまま進んでいけば街道に出る。夕方には宿場に着く筈」

 アンバーさんの言葉に従い、俺達は歩み始めた。


 街道に辿り着くまでの間に、一度だけ魔物と遭遇した。

 赤い毛並みに3メートル程の背丈の熊、レッドベアー。魔王城では見かけなかった魔物だ。

 アンバーさんの「レッサーデーモンより少し弱い程度」との評価を受け、俺だけで相対する。

 レベルアップに身体強化の魔力向上もあり、相手の動きは容易に目で追える。初撃を間合いを外して躱し、右膝をカタナで突く。痛みに膝を付いた所で、下がった首元を薙ぐ。レッドベアーは首から血を吹き、地面にうつ伏せに倒れた。

「レッドベアーは毛皮と爪が売れる。でも解体に時間を掛けたくないから、爪だけ取って」

 アンバーさんの指示に従い、手足の爪を取っていく。…カタナは魔物の解体には向かない。街ではナイフを買おう、そう心に誓った。


 昼頃に辿り着いた街道には、ちらほらと人と馬車が行き交っていた。装備を整えた冒険者風の人が目立つ。自衛手段の無い一般人は乗合馬車を使うのだろう。

「そろそろ食事にする。あそこが見晴らしが良さそう」

 そう言い、アンバーさんが街道から少し外れた所にある高台を指差す。

「魔物の接近に気付き易い。不意打ちを受けないようにするのが大事」

 アンバーさんはこのように、細かい所で色々な基本・常識を教えてくれる。バランタインさんと並び、俺にとっての師匠だ。

 高台の芝生に座り、マーテルさんから貰った食料を取り出す。野菜とスライスされた肉の挟まったサンドイッチだ。

 長期間の旅の場合は、もっと保存の効く物を持ち歩く。バランタインさんとの特訓時に食べた、干し肉や硬くなるまで乾燥させたパンなどだ。正直、あまり美味しくなかった。

 今日のサンドイッチはとても美味しい。野菜はまだ新鮮で歯応えがあり、肉も保存の為の塩が効き過ぎておらず、丁度良いバランスだ。良い天気、見晴らしの良い景色と相まって、ピクニックをしている気分になる。

 ふと横目でアンバーさんを見る。

 アンバーさんは一口が小さい。俺が食べ終わる頃に、やっと半分食べ切るかどうかだった。

 あまりジロジロ見るのも何なので、俺は立ち上がり、少し離れた所で魔法の訓練を始める。

 掌に魔力を集め、陣を描く。魔法を発動させる直前までの手順を繰り返す。教わったばかりの頃は時間が掛かっていたこの手順も、今では一呼吸の間で出来るようになった。

 それでも、アンバーさんなら瞬時に出来る。才能では無く、彼女自身の繰り返しの修練の賜物なのだ。俺はそれを見習いたいし、追い着きたい。

「…むぐ、ん。ユート、戦闘時は足を止めると的になる。仮想敵をイメージして立ち位置を変えながらの方が、実戦で役に立つ」

 最後の一口を飲み込みながら、アンバーさんがアドバイスを呟く。

 早速、仮想敵としてイビルデーモンをイメージする。口から吐き出される炎を躱し、左手を翳して陣を描く。背後からの爪の攻撃を前転でやり過ごし、振り向きざまに再度左手を翳す。魔法だけで複数のイビルデーモンを相手取る。

 イメージで最後の1体を仕留め、一呼吸置く。成程、確かに静止した状態での訓練に比べ、発動前までの速度も精度も落ちていた。

「アドバイス、有難う御座います。確かに差が出ますね」

 そう答えると、アンバーさんは神妙な顔をしながら口を開いた。

「謙遜を抜きにして、私達のパーティは今現役の冒険者の中でも10指に入る。ユートは比較対象が私達しか居ないから、自己評価が出来ていない」

「…そうなんですか?」

「そう。冒険者ランクで言えば、最低がFで最高がS。私達は今Sランク。ユートは恐らく実力はAとBの間くらい」

 随分と高い評価をされている、と俺は感じた。既に冒険者の中でも上位の実力だと言われても、やはりピンと来ない。

「ただ、ユートにも弱点、と言うより、未熟な所がある。それが連携。育成支援でも特訓でも、其処は鍛えられていない」

 確かに、育成支援では基本見てて止めを刺すだけ。特訓も1対多数。他の人と一緒に戦う機会は無かった。

「もし冒険者になるなら、そこを注意して。魔法の誤爆や連携のミスは、仲間の命に関わる」

 アンバーさんは其処で話を切り上げ、出発の準備を始めた。

 その指摘は、俺の心に重く響いた。レベルが存在しようが、魔法が使えようが、此処はゲームではなく現実の世界。一つの間違いで命を落とす。


「…しっかりと、心に留めておきます」

 俺はそう言い、歩き始めたアンバーさんに続いた。

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