第7話
漆黒の竜は、座した今の状態でストーンゴーレムと同じ位、5メートル程の高さを誇っていた。立ち上がればその倍ぐらいはあるだろう。
アイリさんが気安く声を掛ける。
「こちらはバランタイン。あたしの友人で、バランって呼んでるわ。アンバーちゃんは知ってるわよね」
「…我が名はバランタイン。八大竜王が一柱、黒竜王である。人族の男よ」
「は、初めまして。侑人と言います…バランタインさん」
バランタインさん声を掛けられ、俺は慌てながらも自己紹介をした。
アイリさんが友人を呼んでいるのだし、アンバーさんも平然としているので危険では無いのだろう。ただ、それでも真正面に立つと威圧感が凄まじい。
「…ちなみに、八大竜王とは?」
「この世界に君臨する竜種の頂点が、竜王と呼ばれてる。黒竜、白竜、地竜、水竜、火竜、風竜、慈竜、幻竜の8体」
俺の問いには、アンバーさんが答えてくれた。
「バラン、あなたには彼、ユートを鍛えてあげて欲しいのよ。アンバーちゃんは魔法を教える為のサポート役ね」
「…まぁ良いだろう。我のやり方で構わんのだな?」
「良いわよ。ガツンとやっちゃって」
アイリさんとバランタインさんとで話が進んでいく。其処に不穏な気配を感じるのは、俺だけでは無い筈だ。
話がつくとアイリさんは、床にどすん、と大きな革袋を置いた。
「何ですか、これ?」
「水と食料よ」
「何故こんなに沢山?」
「必要だからに決まってるじゃない。この部屋はバランの領域でね、時間の進みが遅いの。4日経つまで部屋を出てきちゃ駄目よ。あ、アンバーちゃんは女の子だから、好きな時に出てきて良いわよ」
「了解した」
「…マジですか…」
バランタインさんがどんな訓練をしてくれるのかは判らないが、想像以上にスパルタのようだ。
でも確かに、強くならないと死ぬ世界なのだから、始める前から絶望していては話にならない。覚悟を決めよう。
アイリさんが部屋を出て行き、バランタインさんと俺、アンバーさんが残った。
バランタインさんが話し掛けてくる。
「ユートと言ったな。我は基本的には何も教えぬ。手頃な魔物を召喚し、お前に向かわせる。実戦で技術を身に付けよ」
「判りました。宜しくお願いします」
「アンバーよ、お主の出番は暫く先になる。こちらで2日経った頃にまた来い」
「…判った。ユート、頑張って」
アンバーさんが手をちょこっと振りながら、部屋を出て行く。
これで俺とバランタインさんとの2人?きりだ。
「ユートよ。年の割に鍛え方が全く足りぬようだが、どういう事だ?」
バランタインさんの問いに、俺はこれまでの経緯を話した。
「今まで転移者は幾らか見て来たが、戦闘技能の恩寵を持たぬ者は初めてだ」
それは戦闘系の恩寵を持っていないと、バランタインさんの元に辿り着けないからだろう、と俺は思った。
「…それでだ。気になっていた事がある。お主が我が同胞の気配を持っているのは何故だ?」
「…はい?」
俺は素っ頓狂な返事をしてしまう。どういう意味だ?同胞という事は竜なのだろうけど、俺は間違い無く人間だ。何も思い当たらない。
そんな俺の表情を見て、バランタインさんが言う。
「ユートよ、今制御している身体強化の魔力を、最大出力にしてみよ」
意図が判らないが、その言葉に従い俺は集中する。ジャイアントラットとの戦闘でコツは掴んだつもりだ。制御出来る限界まで、自分を包む魔力を濃くする。
「…流石に数日では難しいものよな」
そう言うバランタインさんは、少し落胆していた。
「身体強化はそのまま維持せよ。…まずはこの程度で様子見か」
そう言うや否や、俺の前にジャイアントラットが三匹現れた。これを倒せという事か。
「条件を追加する。突きは使わず、斬撃のみで倒せ。まずは武器の扱いを覚えよ」
身体強化を維持し、敵は斬って倒す。俺は複数体の敵を相手にするのも初めてなので、まずは未熟で経験不足な所を鍛える狙いなのだろう。
特訓なので死ぬ事は無いと信じたいが、大怪我程度は充分にあり得る。俺は気を引き締め、ジャイアントラットに向けカタナを構えた。
私は書庫にて椅子に腰掛け、未見の魔導書を読み耽っていた。わざわざパーティから一時離脱した理由の一つである。
ふと窓際にある時計に目をやる。
バランが2日後と言っていたので、こちら側では2刻後にあたる。時計の針は、予定の2刻後に差し掛かろうとしていた。
「…そろそろ行こう」
ユートが特訓している、バランの部屋に向かう。
過去、スタウトとヴァイが同じ特訓を受けた事がある。特訓後、ヴァイは終始無言、スタウトは「ダンジョンに潜っている方がまし」と言っていた。
既に冒険者として相当の経験を積み、名声も得ていた彼らがそこまで言うのだ。生半可な厳しさでは無いのだろう。
そこまで考え、とても不安になる。自分が見る限りではあるが、ユートは冒険者としてかなりの素質がある。そして規格外の魔力量も持っている。でも、この世界に来てまだ数日なのだ。知識もそうだが、経験が圧倒的に足りない。バランが匙加減を一つ間違えれば、最悪…死ぬ可能性もあるのではないか。
のんびりしていた足取りが、いつの間にか駆け足になっていた。
バランの部屋の前に辿り着いた時には、少し息が切れていた。
数回深呼吸をし、気を落ち着かせる。
「…よし」
扉に手を掛け、ゆっくりと開いた。
開いた扉の先では、ユートが複数の魔物を相手取っていた。まずは無事であった事に安堵する。
だが直ぐに、眼前に繰り広げられている光景が異常である事に気付いた。
魔物はレッサーデーモン。駆け出しを卒業した程度の冒険者では、1対1では相手にもならず、パーティで挑んで倒せるかどうか、というレベルの強さ。
ユートが戦っているレッサーデーモンの数は、6体。
両の手から繰り出される爪、口から吐き出される炎の塊。それらをユートは受け、いなし、躱しながら、カタナを振り下ろし、1体の左腕を切り落とす。返す刃で背後に向け横薙ぎ、1体の首が胴から離れた。
この距離からでも、身体強化の魔力濃度が大幅に増えている事を感じる。それだけでなく、戦闘技術も飛躍的に向上している。
自分は魔術士だが、目は鍛えられている自負がある。でなければ、戦いの最中に味方を巻き込まないように、敵に魔法を当てる事など出来ない。
その目で見て、異常。全く戦いを経験していなかった者が、数日で中堅と呼べるレベルに手が届く所まで来ている。幾ら15層からの育成支援によりレベルの底上げがされていても、だ。
そのような事を考えているうちに、最後の1匹が肩から袈裟斬りにされた。
落ち着いて見ると、ユートは肌も服もボロボロで、数日の特訓ではあり得ない程だった。
そんな不安や驚きを他所に、ユートはこちらを向き、呟いた。
「あぁ、久しぶりに人を見た…。アンバーさん、お帰り」
「…ただい、ま?」
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