第8話

 眼前に現れた3匹のジャイアントラット、攻撃は斬撃のみという制約。技術の無い俺では、カタナ本来の「切り裂く」事は難しい。剣の基本である「叩き切る」事で数を減らし、カタナの扱いに慣れていくしか無い。

 ジャイアントラットが、それぞれ1テンポずつタイミングをずらして突進して来る。

 無理に真正面から切り付けても、額の角との相打ちになっては困る。一度とは言え倒した経験から、突進を回避し、側面を狙うのが最善策だと俺は判断した。

 身体強化の魔力量は以前よりも増えているので、動き自体は充分に目で追えている。1匹目の突進を右へ躱し、2匹目は左へ。3匹目の角を右へ弾き、返す刃で胴体を薙ぐ。

 切っ先が肉を裂き、その奥にある骨を砕く感触。3匹目が剣戟で吹き飛び、床を転がって行く。まだ息があるようだが、暫くは向かって来ないだろうと判断し、やり過ごした2匹に体を向ける。

 「切り裂く」という事について、実践はともかく知識はある。包丁の扱いだ。但しカタナでは押さず、引く必要がある。振ったカタナの刃を敵に当て、そこから振り抜きつつ引いて切り裂く。

 そこまで考えていると、2匹が今度は同時に突進して来た。俺は反撃は考えず、跳躍で回避する。

 そこで俺は、雑学として見聞きした曲刀について思い出す。切り裂く事に特化した武器で、普通に振っても刃が斜めに入る。処刑器具であるギロチンも同じ原理だった筈だ。

 そうすると、先程の斬撃よりも近い間合いで、なるべく刃の手前から、振り抜くまでの間の早いタイミングで、敵に当てる必要がある。

 論より証拠、とにかく試してみよう。俺はそう決断する。

 再度、2匹が突進して来る。今度はタイミングをずらして来る。

 俺は1匹目を左に躱し、2匹目を右にギリギリの間合いで避けながら、顔面に斜めに刃が当たるタイミングで、カタナを水平に振り抜いた。

 …スカッと、空振りしたような感覚。

 慌てて後ろを振り向くと、2匹目のジャイアントラットは真っ二つになって、地面にべしゃっと落ちた。

「…綺麗に入ると、殆ど切った感触が無いんだな」

 部活動などと同じで、これは貴重な成功体験だ。あとは、この感覚が常に得られるよう、ただただ繰り返す事。

 最後となった1匹の突進。俺はカタナを横から振り上げ角を上に弾き、空中に放り出され露わになった腹部に向け、斜めに切り下ろす。ジャイアントラットは両断され、血飛沫が俺の顔や服を汚した。

 最後に、床に転がっていた3匹目に近付く。虫の息だが、首を切り落として止めを刺す。

 ふぅ、と一息つくと、バランタインさんが声を掛けてきた。

「経験を考慮すれば、大したものである。そこは素直に褒めよう」

「あー、有難う御座います」

「今後、ギリギリ凌げる所まで数を増やす。それに慣れたら、更に増やす。6匹に慣れたら、1ランク上の魔物にする。これを繰り返す」

 褒められたと思ったら、特訓の方針を語られていた。

 際限無く厳しいラインで戦い続けるという事だが、とにかく戦闘経験の少ない俺には最優先で必要な事なのだろう。

 バランタインさんは続ける。

「それと、興が乗った。時間の流れを更に遅くし、アンバーが来るのは2日ではなく20日後にする」

「え…?本気、ですか?」

「安心しろ。飯、トイレ、睡眠は許す」

 風呂は無いのか。って、問題は其処じゃない。まさか20日間ぶっ続けの戦闘訓練とは。

「身体強化が丸一日維持出来るなら、肉体的疲労の心配は殆ど無い。やる気があるなら、精神的にも問題無かろう?」

 やる気、と言われて俺は奮起する。そうだ。俺の方から鍛えてくれ、とお願いしたんだ。ここで引いてどうする、何が何でもやり切ってやる。

「判りました。続きをお願いします」

「…よし。次は4匹だ。いなしてみせよ」


 それからの20日間は、正直、今までの人生の中で一番辛かった。

 でも、今までで一番成長が実感出来た20日間でもあった。特に特訓に慣れてきた後半は、楽しくもなってきていた。

 本当に食事、トイレ、睡眠以外はずっと戦闘。相手に慣れてくると数が増え、6匹にも慣れると、更に強い魔物が出て来る。その繰り返しだった。

 特訓の中でレベルは上がり、身体強化の魔力濃度も大幅に増え、その応用で周囲数メートルの敵の動きを察知する「魔力感知」も覚えた。

 そして一区切りの20日目、俺は6体のレッサーデーモンを相手取っていた。

 爪も炎も線の軌道なので、自分の位置取りさえ間違えなければ、複数相手でも回避は可能。力でも打ち負けないので、防御は受けも絡めていく。

 そして特訓で学んだセオリー通り、隙を突いて、又は隙を生み出して、確実に1体ずつ仕留めていく。そして深追いはしない。

 敵が1体経る毎に、立ち回りに使う思考などのリソースが減り、余裕が生まれる。その都度、思い付いた事を試してみる。相手の体勢の崩し方、カタナの振り方、躱し方、等々。

 気が付くと、最後の1体になっていた。今度は先制を試してみる。相手が攻めあぐねている隙に、正面から一気に距離を詰め、左肩から斜めに袈裟切りにする。

 レッサーデーモン6匹でも、問題無く倒せるようになった。特訓をする前と比べれば、大分マシにはなったと思う。

 と、いつの間にか扉の前にアンバーさんが居た。俺の口からは、思わず呟きが漏れた。

「あぁ、久しぶりに人を見た…。アンバーさん、お帰り」

「…ただい、ま?」

 そう返すアンバーさんは、何故か呆然とした表情をしていた。


 その直後、俺はアンバーさんの指示で風呂に入り、服は洗濯して貰う事になった。その時のアンバーさんは有無を言わせない雰囲気で、あのバランタインさんでさえも一言も言葉を発しなかった。

 風呂を出る頃にはマーテルさんの謎技術で服も乾いており、改めてバランタインさんの部屋に向かった。


 部屋に入るなり、アンバーさんが俺の額に手をかざす。以前にもやって貰ったレベル測定だろう。

「…レベル192。20日間訓練してたのも驚いたけど、それでもこのレベル上昇は異常。それに魔力量が更に増えてるし、身体強化の魔力濃度も段違い。はっきり言う。無理し過ぎ」

 口調と表情から、呆れと心配が入り混じっているのが判る。

 俺は素直な気持ちを伝える事にした。

「最初は確かに辛くて大変だったけど、慣れてくると結構楽しくてな。とりあえず無理はしてないし、心配無いよ」

「…ユートは戦闘狂の気があるかも知れない。ベルと同類」

 ベルジアンさんは治癒術士で、俺が同行していた間は一緒に後ろに居り、直接戦闘には参加していなかったが。

「…普段のベルは、真っ先に突貫してメイスで殴る。嬉々として殴る。見た目に騙されちゃ駄目」

 …次に再会した時に、ベルジアンさんを見る目が変わりそうだ。

「それはそれとして、バランと魔法訓練について話し合ってた。まずは魔法が発動できるようになるまで、私が教える。初級の攻撃魔法を覚えたら、バランの訓練方法を魔法縛りで繰り返す。要は、魔法だけで敵を倒し続ければ良い」

 成程、判り易い。俺自身も、訓練の基本は繰り返しだという考えなので、異論は無い。

「一応、特訓の合間にも魔力の集中は続けてたんだ。こんな感じなんだが」

 俺は魔力を右の掌に集中させる。以前は維持が難しく揺らいでいたが、今は大分慣れたので、揺らぎ無く球体が維持出来ていた。

「…びっくり。集中の速さも、制御も、魔力濃度も充分。直ぐに陣を描く所から教えられる」


 1日の中の特訓の2番目、魔法の特訓が始まった。

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