第6話
元魔王であるアイリさんに、俺は鍛えて貰う事となった。
そこでマーテルさんと言う、アイリさんの使用人を紹介された。
「マーテルと申します。掃除・炊事・洗濯など、アイリッシュ様の身の回りのお世話をさせて頂いております。どうぞ宜しくお願い致します」
とても丁寧な挨拶を受ける。服装はクラシカルなロングスカートタイプのメイド服。濃いグレーのショートカットに眼鏡という、いかにも真面目なお堅いメイドの雰囲気を醸し出している。アイリさんと同様に頭の両側から角が生えているが、色は白く長さも半分くらいだ。
「今はこんなナリしてるけど、マーテルは元々四天王の一人でね。場合によっては特訓の手伝いもして貰うわ」
アイリさんが紹介の補足をする。俺は何よりも、四天王なんてものが実際に存在していた事に驚いた。
今は最初に案内された応接室ではなく、その奥にあるキッチン兼食堂に居る。アイリさんがテーブルの向かいに座っており、マーテルさんはその後ろに立って控えている。そして俺の隣には…。
「…ユート共々、暫くお世話になる。宜しく」
…アンバーさんが座っていた。
アイリさんの所に俺が残る事になり、スタウトさん達は、アイリさんの住居の一番奥にある転送陣を使い、一気に魔王城外に出る事となった。
別れ際にヴァイツェンさんから、元騎士団長のお姉さんへの紹介状を貰った。ヴァイツェンさん曰く「…日々を無為に過ごしている。剣技を鍛えたい時は訪ねてみろ。…保障は出来ぬが」との事。
ふと、アンバーさんがこちらに歩み出て転送陣を外れ、スタウトさん達の方に振り向き、呟いた。
「…私も残る」
「…理由を聞いても良いかい?」
スタウトさんは一瞬驚いた様子だったが、直ぐに元の表情に戻り、アンバーさんに問い掛ける。
「ユートの魔法の指導が、終わってない。アイリ達には教えられないし、中途半端は嫌」
「確かにあたし達魔族は、人間とは魔法の使い方が違うものねー」
アンバーさんの答えに、アイリさんが続いた。
「…それに」
「それに?」
「…此処には、珍しい書物が沢山ある」
アンバーさんは少し照れたように、そっぽを向きながら答えた。
そっちが本当の理由かい!とツッコミを入れたかったが、俺は耐えた。
アンバーさんが俺の横に居るのは、そんな訳だ。
ただ今は、スタウトさん達勇者パーティを抜けたのではなく、あくまで一時的に別行動を取っているだけ。一段落したら合流するらしい。
「これからの事についてだけど、ざっくりスケジュールを作ったから」
アイリさんがテーブルに1枚の紙を置く。そこには次のように書かれていた。
――――――――――――――
朝 朝食
午前 特訓
昼 昼食
午後 情報交換
夕方 夕食
夜 風呂、睡眠、自由時間
――――――――――――――
…ざっくり過ぎじゃね?というのが正直な感想だった。
アイリさんが話を続ける。
「とりあえず明日から、こんな感じでやっていくわ。特訓は近接も魔法も両方やるから、アンバーちゃんも一緒に参加してちょうだい」
「了解した」
「よしっ。じゃあ折角だから、今日は夕食の時間になるまでの間、ユートの居た世界の話を聞かせてちょうだい」
アイリさんが目を輝かせ、早速話を聞いてくる。
「別に良いですけど、何が聞きたいかとか、あります?」
俺の居た世界の話と言っても、漠然とし過ぎている。話の取っ掛かりが欲しい。
アイリさんは人差し指を唇に当て、逡巡する。
「それじゃ、ユートの住んでいた国の身分や軍隊とかの国家形態、それに生活様式とかから始めましょうか」
そんな回答を受け、俺は話し始める。
議会制民主主義、国会と官僚、自衛隊、教育機関、都道府県に市区町村など。それに一般的な家庭の家族構成、仕事と収入とかの話をした。
俺の話に対比させ、アイリさんとアンバーさんからは、この世界についての話を聞く。
俺が今居る魔王城のある地域は、現在は地方名がそのまま家名となり、グルホーン辺境伯領となっている。そして各領主の上に立つのがブランディス王国。グルホーン辺境伯領と国境を面しているのが正教国。転移者を聖女に祭り上げたとかいう、正教会の総本山がある宗教国家だ。
スタウトさん達勇者パーティは、アーシュタル王国の冒険者ギルドに所属しており、基本的に国内でのみ活動しているそうだ。
そのような事を暫く話していると、夕食の時間になったので話を切り上げる。
食事は紹介の通りマーテルさんが用意してくれたが、感動するレベルで美味しかった。そもそも転移してから、ベルジアンさんの作った物しか食べていないのだが。誤解の無いように言っておくと、保存食をベースにしている事を考慮すれば、ベルジアンさんの料理も充分に美味しかったのだが。
風呂はとても大きかった。浴槽だけで6畳間ぐらいある。
アンバーさんによると、この世界の一般家庭や宿屋には風呂は無く、お湯で濡らしたタオルで体を拭くのが普通で、安宿だと外で井戸水を汲むらしい。
「私は自前で水をお湯に出来るから、問題無い」
アンバーさんの一言に、俺も火属性が欲しかった、と嫉妬したのは言うまでも無い。
寝室は複数あるので、俺もアンバーさんも一部屋ずつ割り当てられた。寝間着としてバスローブみたいなものも借りられた。マーテルさんによると、着ていた衣服は今日のうちに洗濯し、明日の朝には乾くそうだ。替えの服なんて所持していないので、助かった。
布団に寝転がり、今までの出来事を思い起こす。
この世界に転移してから、未だ数日しか経っていないのだ。だがその内容は、非常に濃かった。色々な人との出会いに助けられているが、俺の持つ恩寵が影響しているのだろう。
ふと一つ、気になった事がある。正教会で祭り上げられたという『聖女』。俺と同じタイミングで転移した人だとすると、タイミングが合わない。俺が転移した時、スタウトさん達はこの魔王城の15層に居た。聖女の情報を持っているのはおかしい。
考えられるのは、俺達よりも少し前にも転移者が居たか、若しくは転移時の時間軸がバラバラで、この世界に転移した日時が前後している可能性。
…幾ら考えても結論は出ないので、思考も程々にして俺は眠りに付いた。
翌日の朝食後、いよいよ特訓の初日である。
アイリさんは出会った時に「友人が鍛える」と言っていたが、マーテルさんは友人ではなく使用人だ。紹介されていないだけで、他にも誰か居るのだろうか。
俺とアンバーさんは、アイリさんに案内されて転送陣のある部屋の隣の部屋、その扉の前に案内された。
「ここがあたしの友人、バランが居る部屋よ。後に付いてらっしゃい」
アイリさんに続き、俺とアンバーさんも部屋に入る。
そこは住居としての部屋ではなく、魔王城の20層までにあった石壁の部屋に似ていた。違うのは扉で仕切られている事。そして。
「…アイリッシュよ、何用だ?」
言葉を発し、漆黒の鱗を軋ませる巨躯。其処には竜が鎮座していた。
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